ドラコが僕の身体を後ろから抱き締めている.
 カジュアルなベージュのジャケットの中にある、細い腕は、僕の胸の辺りに回っている。
 ドラコの頬が、僕の背中に当たっている感覚がする。
 僕の目は背中についていないから、彼がどんな顔をしているのかはわからない。笑ってくれていればいいと思う。
 その見えないい瞳を開いて、僕が今見ている世界を思い描いていてくれれば良いと思う。そうであって欲しい。
 服を通してでもぴったりと僕たちの間には隙間がないので、体温がしっとりと伝わってきた。
 僕は、前を見ていないといけないけれど、僕にはこんなこと、生き物が息をするのと同じくらい、簡単で大切なことだから、集中なんてしなくても大丈夫だったから。
 だから、今僕の意識は、全身全霊で背中にあった。


 背中の体温がひどく愛しい。








 僕は予定通り、ドラコを無理やり箒の後ろに乗せて空を散策している。
 空の青と雲の白が綺麗なコントラストだった。
 試合中はそんなに周りを見ている余裕なんかはないけど、こうやって何にも無いところで空を飛ぶのは、本当に気持ちがいい。僕は、学生のころ成績は悪かったけれど、箒に乗るのだけは誰にも負けなかったと自負している。
 ドラコも英才教育の賜物か、箒の扱いは上手だったけど。

 ドラコがこの突き抜けるような青を見えないのは少し寂しいけど、風を感じるだけでもきっと気持ちがいいと思うんだ。

「やっぱり、空を飛ぶのは気持ち良いな!」
「本当?! 誘って良かった!」
「ありがとう。ニコラス!」

 風が強いから、小さい声じゃ聞こえなくて僕たちは怒鳴りあうように喋っているけれど。

 僕は舞い上がってしまいそうな気分だ。
 気分はすごい勢いで上昇を続けている。
 実際はこれ以上、上空に行くと寒いから行かないけれど。
 風が気持いい。
 雲がつかめそうな距離にある。


 何度か二人乗りはしたことあるけど、ドラコが軽いせいか、元々スリザリンのシーカーを勤められるぐらいには箒の扱いが上手いせいか、一本の箒に二人が乗っているとは思えないくらいに、簡単に空を飛ぶことが出来た。
 軽いのは、僕が浮かれているせいもあるかもしれないけれど。

 少しだけ後ろを振り返ってドラコを見ると、すごく気持ちが良さそうに目を細めていた。
 
 連れてきてよかった。
 僕が、君に何かをしてあげたかった。喜んで欲しかった。喜んでいる顔が見たかったし、僕が君を喜ばせたと思うと、きっと君以上に僕が嬉しい。
 僕が、君の事を喜ばせてあげられたことが、誇らしい。
 だから僕の後ろで、僕にしがみついていてくれるドラコが本当に嬉しかった。

 嬉しいっていうのと、心臓が壊れそうなほど緊張しているのと。


 僕は、ドラコが大好きで、僕はドラコを一番大事にしたいと思っている。
 喜んでもらいたいし、できれば僕が彼を幸せにしたいけれど。今は僕が彼に与える幸せよりも、彼から僕が受け取る喜びの方が何倍も大きい。
 僕の背中に彼の体温を感じることが嬉しくて。僕のそばにいてくれることが嬉しくて。
 僕は、こんなにドラコを好きになっていることに、一人で苦笑した。
 
 僕はもっとドラコに抱き付いて欲しくて、スピードを上げたり急カーブしてみたり。
 そうする度にドラコは、僕に気付かれない程度に僕の胴に回した腕に力を入れていた。

 好きだよ、ドラコ。

 大好き。








 僕は森の中の、一面に花畑が広がる場所に降りた。
 遠くに大きな屋敷が見えるから、どこかの私有地なのかもしれないが、ここが気持ち良さそうだった。
 降りると僕は腰を下ろして、その隣りにドラコも案内した。


 風が気持ちがいい。
 鳥が鳴いている。
 ゆっくり時間が流れている。
 隣りに、大切にしたい人がいる。

「ドラコって箒乗るの上手だったでしょ」
「お前は下手だな」

 ドラコは少し怒っているようだった。
 二人乗りにしては無茶な飛び方をしたから、少し怖がらせてしまったかもしれない。
 わざとなんだけどね。

「少しはハリーを見習った方がいいぞ」
「………」
「あいつは本当に箒に乗るのがうまかったぞ」

 きっと、ドラコは今記憶の中の僕を見ているんだろう。すごい綺麗な顔で笑ったから。
 目の前に、僕がいるのに。
 僕は、ニコラスだから。

「善処します」
 不貞腐れた声で言うとドラコはくすくすと綺麗な顔で笑った。
 だから、つられて僕も笑った。

 さらさらと、光の色をした髪の毛が揺れた。肩に届くほどの髪の毛は細くて、軽そうだった。
 だから、思わず手を伸ばして触れてしまった。
 さらさらと、指を滑る。シルクで出来た糸のように心地よい肌触り。

 ずっと触っていたくて、それでも不審に思われる前に口を開いた。

「髪の毛、長いね」
「そういえば、伸びたな。子供の頃は身嗜みが気になったし、目に入って鬱陶しいのが嫌だったが、見えないと気にならなくなってしまったから、だいぶ切っていないな。邪魔そうか?」
「ううん。もっと、伸ばした方が似合うと思うよ」

 きっと、綺麗だろう。プラチナブロンドが肩を流れるのは。
 僕は、さらさらとしたその手触りを楽しんだ。

 そして、気付かれないように、掴んだ一房にそっと口付けを落とした。


 僕が、彼から色んな物を奪ってしまったから、僕は今度は彼を守りたい。守るだけじゃなくて、僕が彼に幸せを与えたい。
 ドラコがここにいることで、僕が幸せになれるように、僕が彼を幸せにでいたらいいのに。







「好きだよ、ドラコ」








「え?」
「あ……」

 しまった。
 僕は知らずうちに心の呟きを口に出してしまっていたようだ。

「あ、あの」
「………ニコラス?」
「いや、今の聞こえた?」
「ああ。冗談だったか?」

 僕だけが赤くなる。君の顔が見れません。ドラコの声は、僕のようにどもっても震えてもいなかったから、きっといつも通りの綺麗な顔をしているのだろう。僕は彼と再会してから、彼の激情を見たことがないから、きっといつも通りなんだろう。
 いつもは、ドラコの目が見えないのを良いことに、穴が開いてしまいそうなほどじろじろ見ているのに。
 ドラコが僕の顔なんか見えていないのは分かっていたけど。それでも、耳たぶまで熱い表情はきっととてもかっこ悪いから下を向いてしまう。見られる心配はないのに、少しの後ろめたさとかもあり、僕は彼の顔が見れない。


 もちろん、冗談だって笑い飛ばせる程軽い気持ちじゃないから。

「……本心です」
「それは、友人として? 恋愛感情で?」
「……後者です」

 僕は、本当に君のことが好きなんだよ。誰にも渡したくないくらい。

 告白なんてするつもりもなかったけど。
 でも、このままの生温い関係を続けていられる程僕は大人でもないから、いつか同じことをしたんだと思う。いつかが今になっただけだ。

「ありがとう。でも……」

 彼の言葉が詰まった。

 顔を上げると寂しそうな色をした顔とぶつかった。

「でも?」
「ニコラスの気持ちには応えられないよ」
「……」

 言うつもりなんてなかったから、僕は君からの答えを考えたことなんてなかった。
 この関係は何時までも続くと勝手に信じていた。
 何もしなくて良いから、せめて近くにいてくれるだけでよかった。
 だから、君がどう答えるとか考えていなかったから。
 ただ、君の近くにいたいんだ。



 僕は凍り付いた。


 さっきまで、すごく舞い上がっていたのが、重力に逆らわずに上空からおっこちるみたいに、僕は落ち込んだ。落ち込んだ、というよりも墜落した。
 試合中に事故で箒から落ちた時と同じか、それ以上の衝撃があった。まるで、空と地面が衝突したみたいだ。

「………そっか」
「すまない」
「男同士だし」
 男同士だから。気持ち悪いよね。
 僕だって、ずっと女の子しか好きじゃなかったし。



「そういうわけではないんだが………ずっと、好きな人がいるんだ」





「そう」





 僕は、それ以上何も言えなかった。
 口を開いたら、泣いてしまいそうだったから。



 ドラコを後ろに乗せている間、何度か、すまない、というドラコの呟きを聞いた気がした。




 その度に涙が滲んだ。




















映画を見る限り、青空とは言いがたいグレーの空が日常の世界っぽいんですけど……独逸とか、晴れてる日もだいたい曇りっぽいって聞くし……蝉が鳴くようなカンカン照りの夏とかなさそうな世界ですよね。どうなんだろう、空の描写とかどうしたら良いんだろう。
まあいいか。










「趣味が自殺のような奴を護りきる自信は僕にはないね」
 僕は、いつもは大きな腕時計で隠されている彼の腕の何本にもわたる傷跡を舐めた。
「趣味は自殺じゃない。自殺未遂さ」

時々、台詞だけが浮かぶ。それにあわせて話を書く。事が多い。

0610