6 ドラコの家は、暗かった。 そして、外側から見てもそれ程大きくもなかったが、中もそれ程大きくはなかった。 まあ、目が見えていないのなら光は必要ないだろうし、狭い方が暮らしやすいのかもしれないが、彼からは、なんとなく想像できなかった。 お城に住んでいるお坊ちゃんのイメージが強いから。 今も、彼は繊細で高級で透明な置物のような雰囲気が強く、彼から生活臭が漂ってくることがなかったから。 「先にシャワーを使ってくれ」 彼はタオルを頭に乗せて、濡れたジャケットを脱ぎ捨てて洗濯のかごに突っ込んでいた。僕もそれに習う。 「ドラコが先に入ってよ。君の方が風邪をひきやすそうだ」 ドラコの方が、細くて、体温が低そうで、体力が無さそうだ。僕なんかは一応スポーツ選手なのだから、身体を鍛えているのだし。 だが、言った途端、僕がくしゃみをしてしまった。 「ほら、やっぱりニコラスが先に入れ」 「じゃあ、一緒に入ろうか」 冗談のつもりで言ったのに。 「じゃあそうしよう」 ドラコは、別にそんなこと何でもない事のように言う。 僕だって練習の後シャワールームを男同士ですし詰めで使うから、別にとりわけ恥ずかしいことでもないんだけど。 僕は慣れているし。 君がそれでいいなら……。 僕は軽い気持ちだった。 浴室には窓がついていたから、薄暗い中、ドラコの肢体はぼんやりと白く浮かんで見えた。 白い、本当に真っ白な身体。体温を感じさせない陶器のような。 濡れて、 細長い手足。 繊細で、上等な身体。 僕は何度も悟られないように唾液を飲み込んだ。 君のことを綺麗だと思ったのは今までで何回あるのだろう。 僕は、君の肢体に息を飲んだ。 完成されていた。 男らしいと言うには程遠いが、しなやかに付いた筋肉が滑らかに体を覆う。 さっき自分の気持ちに気付いたせいもあるし、しばらく女の子と付き合ってなかったって言うのもあるけど。 ドラコのからだはまるで、作り物のように完成度が高く。 触ったらきっと壊れてしまいそうで。 さっき抱き締めた感触や、君の肌の温もりなんかを僕は勝手に想像して。 何度も背中を流そうかと声を掛けようとしたが、声がうわずってしまいそうで。 僕は、勃起していた。 「すまないな、早く言ってくれれば良かったのに」 そう言ってドラコは蝋燭を探してきてそれに明かりを灯した。 部屋の中が柔らかな光に包まれる。 ドラコはいつもの顔をしていた。いつもの白いシャツにブルージーンズを履いていた。 どんな服でもよく似合ったけれど、彼があまりカジュアルな装いをしているのが珍しかったから、僕は彼に見入ってしまった。 僕は彼の服が入りそうもなかったのでパジャマを借りてしまった。身長も少し僕の方が今は高いし、身幅は一回り細そうだから。 今まで僕が着ていた服は、洗濯の最中だ。終ったらすぐに乾かしてくれるという。 よく見ればドラコの住むこの部屋は、手狭で物がたくさんあって至る所が魔法で動いていたが、隠れ穴のような雑多な感じは無かった。どれも歯車のキチッと合った何かの規律のように動いていた。 家はとても小さかった。 壁一面は全部本棚で、他の棚には食器やら日用雑貨。きちんと整理はされていたが、それ以上に押しつぶされそうなくらい、空間は狭かった。 ドラコのイメージはもっと大きなお屋敷だと思ったから、意外だった。 ここの部屋で大体の生活をしているようで、さっき覗いた隣りの部屋には学校の薬学の授業を思わせるような薬品棚があったから、きっとそっちは仕事のことだろう。 この部屋にクローゼットとベッドがないから寝室はまた別になっているようだ。 実は膨らんだ股間はそのままになっている。今でもまだ、さっき見た彼の体が目蓋にこびりついて、僕は興奮している。 こういう時に見つからないと便利かもしれない。 ドラコ。 僕は君が好きなんだ。 僕はそれをどうやって伝えれば良いんだろう。 「明かり、気付かなくて済まなかったな」 「僕、夜目は効く方なんだ」 「でも、言ってくれれば良いだろう?」 「ごめんね」 ドラコが作ったらしいシチューを僕は温めて二人でつついた。 本当においしくて。 勿論ドラコが包丁を握ったり、洗濯物を干したりするわけではなく、全部魔法でやっている事はわかっているのだが、それでも彼が作った、という事がとても意外だった。 「美味しいね」 「そうか?」 「やっぱり、薬品の調合とか上手いと料理も美味しいのかなあ」 「薬はほんの少しでも間違えると大変なことになるが、料理はその点、塩気が強かったらミルクを入れたり、甘かったらソースを足したり、色々出来て楽しいぞ。作り始めのころは逆にそれが難しかったけどな」 「コショウ・少々とか?」 「ああ。少々って、何ミリグラムなんだろうって」 ドラコが、くすくすと笑った。 僕も、つられて笑い出す。ドラコが薬ではなくて、スープを作る鍋をかき混ぜていたりする姿が、ちっとも想像できないから、僕も声を上げて笑ってしまった。 今なら何でも訊けるかもしれない。なんだか、知り合いの距離を縮めて友達のすごく近い場所に行けたような気がするから。 少し礼儀を欠いているとしても。 「目が見えないってどんな感じ?」 「不便ではあるが、不自由はしていないさ。僕が育てている薔薇とか見て見たい気はするが、見なくても触ればわかるし。君の顔も見て見たかったけどな。きっとかっこいいんだろう」 「見たらきっと驚くよ」 ふふっとドラコは軽く笑った。 君の笑顔に僕はとけてしまいそうだ。 なんで、こんなに綺麗なんだろう。 温度や安心感を一切与えない冷たい作り物のような完成された容姿。 きっとだから、僕は学生の頃君を見る事ができなかった。あの頃は僕も焦燥感でいっぱいだったから、僕を受け入れないものを最初から受け入れようという気はさっぱりなかった。 けれども、僕は再会した時から君の笑顔を見たんだ。 他人に伝える安堵感が欠落していた君は、それを補った事で完成された。 本当にドラコの笑顔は僕を暖かくさせるんだ。 「ねえ、僕になにかして欲しいことなんかはないの?」 「特に無いな」 本当に、即答だった。 僕が、がっくりと項垂れてしまうほど、本当に即答だった。 何も僕に求められていないということだ。 きっと、もう一度世界を見たいと言えば僕は叶えることは出来ただろう。そのくらいの力はある。難しい呪いもそれ以上の力で破壊してしまえば良いだけだ。 僕には、できる。 君の願いを全て叶えてあげられる力がある。 今すぐにだって、彼の視力を取り戻すことぐらいできるけど、もしドラコが僕の顔を見て僕ともう会わなくなったら……そう思うと何も出来ないけど。 それにもし、君が大ファンだという僕に会いたいのなら、今すぐに僕だと伝える。 それはどちらかと言えば僕に都合の良い望みなんだけど。 「ただ、目が見えなくなったら空を飛べなくなったのは少し勿体ないな。さすがにぶつかると怖いからな」 「……空、飛びたいの?」 「空を飛ぶのは気持ち良いからな。風が僕の中を通り過ぎていくような感じが好きだ」 「一緒に飛ぼうか?」 ドラコは、少し首を傾いだ。 「晴れてる日にさ。僕が後ろに乗せてあげるよ」 「いや、でもな……」 「次の休みが晴れてたら、どこか箒に乗って散歩にいこうよ」 「どこに行っても見えないんだから同じさ」 「大丈夫だよ。じゃあ次の休みの日ね」 少々、強引かと思ったけれど。 0610 |