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 試合が終わって初めの休みに僕はドラコに会いに行った。
 優勝は逃したが総合三位。なかなかの好成績。僕自身も良い成績を残せたので、残念といえば残念だったが、満足のいく結果ではあった。

 久し振りに公園に行くと、花が模様替えをしていて、また違った色になっていた。
 もし、ドラコがいなかったとしても、ここに引っ越して来て良かったと思える。くらいには、手入れが施されていて、静かで落ち着いている街だった。
 二ヶ月ぶりに足を踏み入れる公園は様相が違っていたが、それでもガラス張りの薔薇の温室は相変わらずで、その前に座るドラコもいつも通りガラス細工のように繊細で綺麗だった。


 ただ、僕の足音でいつもはわかるのに、隣りに座ってからようやくドラコは僕に気付いたようだった。
 久しぶりだからだろうか。

「ニコラスか?」
「うん、ヒサシブリ。元気だった?」
「ああ……その、残念だったな」
「え?」
「アイスオックスは、その……」
「あ、ああ、うん」

 アイスオックスは惨敗していた。しかもニコラスはまだ補欠選手だから公式戦には出ない。あそこのキーパーはまだ若いし、ライバルとしてはひどく厄介な選手だから、なかなか交代はしないだろう。
 まあ、出られても困るけど。
 もし、僕がニコラスじゃないってドラコが気がついたら、どんな言い訳をしていいのかわからない。

「ドラコは、良かったね」
「うん、やっぱりハリーは強いな」
 ドラコは満面の笑みを僕に見せてくれて、それだけで頑張って良かったとか、次は優勝するよとか。活力になる。
 僕の手前、気を使っているのか、いつものような大絶賛は聞けなかったけど、それでも笑ってくれたので嬉しい。
「あれから考えたのだが、やっぱりハリーがかっこいいって思ったのは目が見えなくなってからかな」

 前に聞いた、いつからハリーのファンなのかと言う質問だろう。
 律義に考えてくれていたらしい。

「でも、目がみえなくなったのより、ハリーが選手になった方が後なんでしょ?」
 ……そういう風に聞いたはずだ。大丈夫。
 自分の言葉にいちいち確認を入れないと、墓穴を掘る可能性がある。
「うん、同じ学校だったんだよ。だから知ってる」
「へぇ………」

 僕のことを知ってるんだ、ちゃんと覚えているんだ?

 でも、何で?
 ドラコには僕を好きになる要素が一つも無い。

 彼は家族も家も視力も、これからの家族さえもほとんど僕のせいでなくなったのに。

 彼は、本当に僕のことをどう思っているんだろう。
 今度、ちゃんとハリーとして会いたい。

「今度、ハリーに会ったらドラコのことを伝えておこうか? 君みたいな綺麗な人ならきっと喜ぶよ」

「やめてくれ!」

 何気なく言った言葉に思いがけず強い口調で返されて、僕は驚いた。
 昔みたいな、命令することに慣れた口調でもなく、もっと切迫した響きが籠っていた。

「……ドラコ?」
「すまない、でもやめてくれ。学生のころはあまり仲が良くなかったから……」
 僕を見えていないのに、必死で僕を目で捕まえようとしている視線が、すこし痛々しかった。
「わかったよ」
「それに、きっとポッターは僕の事なんか忘れているさ」
「……そっか」

 忘れるはずなんかはないんだけど。
 そんなに、僕のことが好きだって言ったから、僕としてドラコと近付けるなんてすこし期待をしてみたのだけれど、少し甘かったようだ。

 仲良くなかった、どころではなく、僕達は憎み合っていたと言っても過言では無いから。
 僕のことを好きだと言って、やはり彼の中では僕はまだ憎むべき相手なのかもしれない。
 ドラコの真意がわからない。

 それから、ドラコはあまり喋らなくなった。

 何を喋っても、柔らかく微笑んで相づちを打つだけで。
 その横顔は少し寂しそうだった。

 次の休みにまた来るって言って、僕は立ち上がった。

 帰るって言っても、ドラコは静かに笑うだけだった。




























 次の休みは、あいにくの雨だった。

 ドラコがいつこの公園にいるのかを聞いた時に、彼は定休日は雨の日って言っていたから、きっと今日はいないかもしれない。
 温室を任されているだけで、別に薔薇の調子が良いのであれば、行かなくてもいいらしい。雨が降ると歩きにくいから、できる限り出歩かないとも言っていたから……今日は行ってもドラコに会えないかもしれない。

 あんな風に落ち込ませてしまって、どんな風に謝って良いのかわからないけど、またドラコと話したいし、一緒にいたいし、もうあんな寂しそうな顔をして欲しくない。
 彼から、全部を奪った僕が言うのもおかしいと思うけれども。
 でも、今は学生じゃないし、僕の復讐は終わったし、今はドラコが好きだから、なくしたくない。
 僕としてじゃなくて、ニコラスとしてなら、ドラコはきっと心を開いてくれるから。
 でも、雨だから、今日は会えない。



 それでも僕の足は自然と公園に向かう。

 居るはずがないって思っても、もしかしたらもうドラコは僕に会いたくないって思っていたとしても、僕は公園に行った。

 居れば良いなって思いながら、そんなはずないって期待しないようにして。



 いつものベンチの前に青い傘。



「ドラコ!」

 雨なのに。
 彼は傘をさしてぼんやりと立っていた。
 僕が声をかけるといつもの笑顔で微笑んでくれた。

「やあ、ニコラス」

 いつも通りの笑顔。
 よかったって思った。
 なんだか力が抜けた。

「……今日は、雨だからいないと思った」
「本当なら定休日なんだが、ニコラスがもしかしたら来るんじゃないかと思ったら、勿体ないから」

 ドラコも僕に会いたいって思っててくれたってことだよね。

 すごく、嬉しくなって。


 僕は傘を捨てて彼を抱き締めてしまった。
 急な行動だったから、ドラコは傘を落としてしまって。
 雨に濡れるとか、どうでもよかった。
 いつも通りだったことと、僕を待っていてくれた事と、その二つの嬉しさを抱き締める事でドラコに伝えた。

「……ニコラス?」

 いつもドラコは座っていたから気にしなかったけど、彼の頭は僕の視線の高さで、昔はちょうど目線の高さで喧嘩していたけど、僕の方が少し高かった。

 ドラコの体は、雨のせいか、とても冷たかった。



 好きなのだと思った。


 ドラコを、好きなのだと思った。

 喋ってみたら案外良い奴で、外見がとても綺麗だから友達でいたいって思っていただけだと思っていたけど、どうやら僕は彼の事が好きなのだ。
 一時は真剣に結婚まで考えた彼女よりも、ドラコと一緒にいたいって思うほどには僕はドラコが好きなんだ。

 笑ってくれるとあったかい。
 ドラコの将来を潰してしまった罪悪感からじゃなくて、僕はドラコが好きなんだって抱き締めながら思った。


「この前のこと、ドラコに謝りたくてさ」
「謝るなら僕の方だ。あんな対応をしてしまって、気を悪くしていないか不安だった」
「君に、寂しそうな顔をさせちゃったから、ごめんね」
「……いや」

 そう言ってドラコはくすくすと笑い出した。
 笑っているのが、振動で伝わってきた。

 僕もなんだかおかしくなってきて、嬉しいのと、彼への気持ちで、僕も。


 なんだか、雨は冷たいのに気持ちは暖かくなっていく。
 君が、好きなんだ。

 ドラコの身体は細くて、試合で勝った時とかチームメイトに抱き付いたりするけど、彼らとはまったく違った。これ以上の力を入れたら壊れてしまいそうな、ひどく華奢な身体をしていた。かといって女の子みたいな弾力もなかった。
 身体が冷たかったから、本当は僕は人間を抱き締めているのか不安にもなった。

「このままじゃ、風邪をひくな……」

 しばらくしてドラコがそう言った。
「ごめん」
 ずっと、こうしていたいって思ったから。忘れていたけれど、雨は冷たくてそれに打たれるドラコもひどく冷たかった。
 慌てて僕は身体を離したけど、変に思われてないか、きっと顔は赤くなっている。
 そう言うところがばれないのは嬉しいけど。

「僕のうちに行こう。ここから歩いてすぐだ」

 ドラコは僕みたいに赤くなっているわけではなく、いつも通りに優しい笑顔をしていた。

 僕は落とした傘を二つ拾って歩き出したドラコの後を追った。







0610