「僕は、目が見えないんだよ」





 それはさっきの、いい天気だな、と全く同じ口調だった。

「……え?」

「強力な呪いでね」

 綺麗な笑顔だった。
 彼が世界の誰も嫌った事がないと無条件に信じてしまいそうな、世界の誰もがそれを嫌う事ができないような、そんな笑顔だった。

「……そう、なんだ」
「そうなんだ」

 くすくすと、彼は声を上げて笑った。
 僕が知っている彼の笑顔は嘲笑か冷笑だけだったから。
 これは、誰だろう。

 聞いたことがあった。
 彼が闇の陣営の一人として罰を受けたことを。
 家の没収、断絶……呪いによって彼は子孫を残せないはずだ。財産の没収は聞いていないがだいぶ失われたのだろう。
 未成年ということもあり、アズカバン送りにならない変わりに他にも何か罰を受けたらしいが、それは聞いていなかったし、興味もなかった。もし、聞いたとしてもいい気味だと思うくらいだっただろうから、きっと忘れていた。


 僕は彼の顔をまじまじと観察してしまっていた。
 けれども、彼は僕の方を見返すこともなく、ただ僕との空間にぼんやりと視線を投げているようで……見えていないらしいから、それは仕方がないのだけれど……。
 僕の声がする方を見ているだけで、決して僕を見ていない。

「君は誰だ? もし僕の知人だとしたら不躾だとは思うが」
「あ……」

 口ごもるしかなかった。
 大嫌いだったのに。

 彼が今世界を見えないのは僕のせいだから。
 僕のことをとても彼は嫌っていたし、僕も彼を大嫌いだったのに……だからなのか、今僕は自分の名前を出すのが憚られた。

 嫌われたって、憎しみをぶつけられたとしても、それは元々なのだから今更どうと言うこともないはずだったのに。
 憎まれても僕は今勝ち誇った笑顔を見せられるだろうとも思ったのだが。きっと、彼の憎悪は勝者となった今の僕には心地よく感じることが出来るはずだったのに。

 何故か、今彼に嫌われるのがとても嫌だった。

「僕は、………」

 自分の名前は出したくなかった。出した時の反応は、わかっている。僕と彼との関係は、そんな浅いものではなかったから。
 今の彼からこの穏やかな笑顔を消すのがとても嫌だった。

「……ニコラス・レリック」
 ニコラスはクィディッチの選手で、チームは違うが気心の知れた飲み仲間だった。彼は三歳年下で、まだ公式の試合にはあまり出ていないが、これからの注目株だ。
 まあ、後で謝って置けばよいと軽い気持ちだった。

 今はにこにこと話を聞いて来る彼の存在がなんだか嬉しかったから。
「レリック、初めましてで良いんだよな。声は聞いたことがあるような気がしたのだけれど」
 座ったままだけれど、彼は僕に手を差し出した。

 僕は、昔、この手を拒絶した。
 その瞬間から二度と、繋がることはないと思っていた。
 僕は、その手をじっと見つめた。
 綺麗な手。
 色も白く血管が青く透けて見える。男のごつごつとした節張った感じはなく、滑らかな細く長い指の先にある卵型の綺麗な爪が、少し伸びていた。

 そんな観察をしていたから、彼の手を握ったのは、ワンテンポ遅れていた。
 彼の手はうっすらと冷たくて、僕の手は汗ばんでいた。握った手は細く小さかった。

「初めまして、ニコラス。僕はドラコ」

 やはり、彼だった。
 間違いない。
 
 彼は僕の方を向いて、僕に微笑んだけれど、でもそれは僕を映していなかった。

 ただのガラス玉のようだった。

 これは、僕のせいだ。

「あ、ああ、宜しく」

 なんだか不思議な気分だ。あんなに嫌いな相手だったのに僕のわだかまりが何もない。
 それどころか、彼と友情を始めようとしている。

 彼から光を僕が奪ってしまった罪悪感からだろうか。


「君は寡黙なんだな」
「そんなことないよ」

 そんなことはないけど、ただ、僕のことを思い出してしまわないか、心配だったから。

 彼とは、喧嘩は多かったが高学年になると、極力関わらないようにしていたし、あまり話さなくなった。声も一段低くなったし。彼は途中でホグワーツを去ったから、もう長いこと会っていない。声を聞くだけじゃ、僕は決して彼の事を思い出せなかったと思う。彼も変わったし、僕も変わったけれど。
 僕だってばれてしまいたくなかった。

「レリック?」
「ドラコって呼べば良いのかな?」
「ああ、悪いが姓は持っていないんだ」
「ああ、……」
 マルフォイは断絶になったから。もう名乗ることは許されないのだろう。名乗るとしても、今の魔法界では何の効力も無い。と言うよりもマイナス面しかない。

「どうかしたか?」

 少しだけ、彼の顔が曇った。

 みんな、全部を僕は知っているけれど。
 きっと、彼の顔は曇ってしまうだろうから。
「じゃあ、僕をニコラスって呼んで」
「OK、ニコラス」


 綺麗な顔だと思った。


 学生の頃はあんなに見たくなかったのに。
 目が離せない。



 それから僕は、最近この辺に引っ越したことや、他愛のない事を話した。
 目の見えない世界を聞いてみたいと思ったが、それはやはり躊躇われた。

 彼は何の話でも笑顔で聞いて来て、よく笑って、くるくると表情を動かした。


 僕が知っているマルフォイではなかった。

 色々な話をした。ただ彼については名前と目が見えないこと以外何一つ聞き出せなかった。。




「また、会えるかな」
「僕はいつもここにいるよ。薔薇の世話が僕の仕事なんだ」

























ニコラス……考えていた時、近くにトライガンがあったから。
ウルフウッドかっこいいなあ。





0610