綺麗だなと思った。



 
 綺麗な青い薔薇の温室があると聞いて、それは最近引っ越した家の近くだったから、今日はめずらしく休日だし町並を見るためにも少し散歩することにした。


 卒業してから、僕は念願のクィディッチのチームに契約できて、シーカーとして活躍できてそこそこの知名度を得てきている。
 今までチームの寮に入っていたが、先日郊外に念願の家を買った。
 生憎そこの住民は僕一人だが。
 幼少の頃の体験からか、広い家と家族にはかなり強い執着があったから、家族の方はまだ未定だが、夢の一つである家は手に入れた。
 チームの練習場までは少し遠いが暖炉を結べばすぐだ。
 購入は、つい先日。ほとんど同時に引っ越した。



 それからようやくの休みだ。

 近くの喫茶店の店長にこの街の見所を聞いたらこの公園だというので、来てみた。
 歩くと十分近くかかるが、すぐわかった。


 大して広くも無いが、綺麗な手入れの施された公園だった。
 ここは、いい気分転換になるだろう。綺麗な、落ち着いた町でよかった。
 今日はぽかぽかと暖かく、本当に散歩日和だ。

 公園にはさまざまな花が咲いて色が入り乱れていて、規模は大きくはないけれども、ここは本当にいい公園だ。

 青い薔薇といった。
 温室はすぐに見つかった。
 その公園の中で建物は一つだけだったから。僕は其処を目指して歩いた。

 円錐の形をした、ガラス張りの温室。
 まるで、鳥かごのような形をしていた。
 
 中には、目の覚めるような綺麗な青の色。
 マグルには青い薔薇は存在しないけれど、ここには確かに咲いていた。

 入り口を探して、僕は周囲を回った。それ程広くはないけれど。





 僕は足を止めた。




 正確には、僕の足は止められた。





 そこに光があった。


 綺麗だなと思った。

 僕が目を奪われたのは温室近くにあるベンチに座る、一人の誰かだった。


 ここからだと顔はよく見えないけれど、眩しい日差しを浴びると光に溶けてしまいそうなプラチナブロンドが風にさらさらと揺れていた。

 そこに光が座っているようだった。

 僕は今までに誰かに見惚れたことがなかった。
 今まででかわいい顔の子とかもたくさん会ったけれど、その存在に対して圧倒されたことなんかはなかった。

 少し遠くて、俯きがちで、肩に付きそうなほどの長さの髪が風に舞い顔を隠していたが、きっと綺麗なのだろう。
 どこか頼りなさそうに折れてしまいそうな肢体を真っ白なシャツで包んで、動かない彼は光の置物のようだった。多分、男性だとは思うが、はかなげな雰囲気は遠目には中性的で、女性であったとしても驚かないような、そんな雰囲気を出していた。


 きっと綺麗な人なのだろうかと思ったから、通りすがるふりをして、顔を見ようと思った。


 さりげなく。


 その時、彼がこっちを見た。
 目が合った。




 知っていると思った。




 僕の記憶の中にある顔だけれども。

 僕が知っている同じ顔はこんなに綺麗な顔をしていただろうか。


 こちらを見る彼の顔は、確かに僕の記憶にあったが、こんな憂いを含んだ表情をしたことがあっただろうか。

 綺麗だと思った。

 さらさらと流れる光の色をした髪も、三日月形の眉も、アイスブルーの瞳も、筋の通った鼻梁も、うっすらと開かれた口元も。

 ずっと、嫌いだったから考えたこともなかったけれども。
 彼が、こんなに綺麗なことを僕は初めて知った。

 このままでは、まずいと思った。だが、彼と何を話せばよいのかなんて、何も思い付かない。
 目が合ってしまったのだから。
 僕だって彼の事を覚えているのだから、あっちだって僕の事を忘れるはずがない。



 僕は、僕の復讐を終えて今は誰のことも憎んでいないし、昔は嫌いだったけれど、今はさっきまでその存在すら忘れていたのだから。だから、僕は彼と話をする事は構わないけれど、彼は僕の事今どう思っているのだろう。
 このまま、無視できるような浅い仲ではなかったから。


 何かを話しかけた方が良いだろうが、久しぶり、髪伸びたね、でも、綺麗になったね、でもないだろう。

 僕がそんな事で思いあぐねいていると、彼は自然な動作でふいと僕から視線を外した。

「なんで、無視するの?」

 つい咎めるような声が出ていた。
 まあ、無視されてしまっても良かったのだが。話すことなんて思いつかないし。
 ただ、彼の表情には僕のように、偶然に再会したという驚きの表情は浮かんでなかった。
 僕を見た時に、気まずさも、憎しみも、何の感情も沸いていないようだったから。
 僕の事を見たのに。


「………ああ、すまない」

 歩み寄って彼の前まで来ると、彼は、静かな声で僕の方に顔を向けた。
 僕が覚えているよりも幾分低い声。喋り方はこんなに柔らかかっただろうか。
 けれども、その視線の焦点は結ばれていなかった。
 どこ見てるんだ。

 本当に僕の知っている彼なのだろうか。

「いい天気だな」
「………ああ、うん」

 何を言っているんだ、彼は。

「すまないな、足音がしたから見ただけなんだ。聞こえなくなったから気のせいかと思って」
「………?」
「もしかして、今僕に何か合図をしてくれていたのか? それとも君は僕の知り合いだったりするのか? 君の声を聞いたことがある気もする……」

 何を、言っているのだろう。
 僕もあまりよく覚えていなかったけれど、彼が僕を忘れているというのは、意外だった。意外と言うよりもむしろ心外だ。

 彼の父をアズカバンに送ったことも、彼から身分を取り上げたのも、直接的にではなくとも僕が関わっていることでもあるし、その顔を忘れたなんていったいどういう神経をしているのだろう。
 僕は彼を本当に嫌いだったから、彼が僕を憎んでいればいいと思っていた。僕は忘れたけど。
 なんだか、心外だ。
 あの頃の僕の憎しみが報われないような、そんな我が儘な気分だ。
 
 もう、今更どっちでもいいけれど。

 そんな気持ちで彼を睨み付けたが彼は涼しい顔で受け流した。
 僕に顔を向けているのに、彼は僕を見ていない。










「だとしたら、すまないな。僕は目が見えないんだよ」





0610