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「僕は、ニコラスのことも好きになったみたいだなんだ」

 ドラコの口調はいつもとまったく変わらなかった。いつも通りの落ち着いて、柔らかな口調。
 僕が彼に気持を伝えた時、僕はもっと声は裏返っていたような気がする。

 彼は今まで僕に嘘を言った事はない。僕に嘘をつく必要が何もないからだ。
 
 彼の台詞は、どこか空々しい物があったのも事実だが。

「……ドラコ?」
「ハリーの次にね」

 悪戯っぽく、ドラコは笑った。


 ドラコは、僕に気持ちをくれた。
 それなのに、ドラコの口調にも、表情にも何の変化も無くて。いつも通りの穏やかで優しい顔。
 それにひきかえ僕の顔は真っ赤になっていると思う。


 好きだって。
 僕のことが好きだって。
 ドラコが僕に気持ちを伝えてくれたのは初めてだ。
 友達として好きだと言われた事はあるけれど。僕がそれを強要した時に限るけれど、友情を感じてくれた事はあったけれど……。

 本当に?


 ハリーの次でもいいよ。
 それってつまり僕が君の一番と二番を独占している事になるから。

「ドラコ……」
「何だ?」
「大好き」

 僕は君の気持ちを手に入れたんだ。
 それは舞い上がってしまうくらい嬉しい。
 記憶の中の僕じゃなくて、今ここにいる僕を好きになってくれたって事だから。
 ここにいる僕を好きになってくれたって事だから。
 君の中にいるハリーじゃなくて、今ここで君に触れることが出来る僕を好きだということだから。


「ドラコ、大好き」
「ありがとう、ニコラス」

 ………。

 だけど、僕はニコラスじゃない。

 何で僕は君の事が好きになってしまったんだろう。
 見た時には僕はもう君の事が好きだったから。

 僕のこと、好きになって。
 僕を見て。
 ニコラスじゃなくて、僕の名前を呼んで、僕に触って、僕を抱き締めて。ハリーって、呼んで僕を見て。

 一つの大きな願いが叶ったばかりなのに、僕は大それた事を考えている。
 
「ねえ、僕のことハリーだと思ってよ」
「……ニコラス?」

 僕は、ドラコを抱き締めてドラコの顔中にキスを落とした。
「ドラコ、僕のこと、ハリーって呼んでみて。声は似ているんでしょ。僕は君の一番がいい」
「……ニコラス」

 ドラコがニコラスである僕が好きなのは、一番の理由が声なのだろう。
 髪型も、きっとハリーと同じだと思って、そんな理由で好きなのだろう。
 眼鏡とか。僕とハリーとの共通点は数えればいくつあるのかわからないけれど、僕とハリーが似ているからきっとドラコは僕を好きになってくれたんだ。
 似てて当たり前だ、同一人物なのだから。

「目の前にドラコが一番好きなハリーがいると思ってさ」

 僕は君にハリーって呼ばれたい。
 僕に向けては一度も呼んでもらった事が無い、僕のファーストネーム。
 今では「ハリー」は僕の名前ではなく、ドラコの好きな人、クィディッチの選手としてしか扱われていない。具体的なものではなく、抽象名詞に近い。

「………」
「ドラコ」

 時々気持ち良さそうな声を上げて、僕のキスを受けていたドラコは、僕の首にするりと腕を回した。ドラコの細くてしなやかな腕が僕の首に絡みついた。

 ドラコから、こうやって腕を回された事は初めてだ。

 ぎゅっと回された腕。僕の肩に埋まったドラコの髪が頬をなでて少しくすぐったかった。


 僕は、名前を呼んで貰いたくて。
 キスで催促した。

「いいのか? その……」
「うん。ドラコも、僕をハリーだと思ってよ。僕は君の一番になりたい」

 君の一番は、どれほど気分が良いのだろう。
 こんな綺麗な君が、一番好きになった僕には、どうやって微笑むのだろうか。


「………ハリー……」


 小さな声。
 囁くような小さな声。
 でも、確かに僕は聞いたんだ。









 僕は、泣いていた。

 嬉しくて。








「ニコラス?」

 僕は、声が出せなかった。
 返事をする変わりに、僕はドラコを力一杯抱き締めた。

「その……すまない」

 普通に考えれば、謝るのは当たり前だ。
 目の前にいる自分の事が好きな人間を前に、他人の名前を呼ぶだなんて。

 それでも。

 大好き。
 ドラコが大好き。

 僕がおかしくなってしまうくらい君が愛しい。













「僕を、ハリーだと思って」
「……ニコラス?」

「君の一番好きな人だと思って。君を今抱いているのは、ハリーだと」
「………」

 僕は、ドラコの耳元に、息と一緒に小さな声を一緒に吹き込む。
 ドラコの力が抜けていく。僕にしがみつく腕に、力が込められる。

「ねえ、ドラコ。僕は、ハリーだよ」

 君は、僕の嘘だと思っているけど……。

 僕が、ハリーなんだ。
 君が好きなハリーなんだよ。

 君が、耳が弱いのを知っている。僕は、ドラコの耳に唇を触れさせながら喋る。
 ああ、もしかしたら、僕の声が好きなのかもしれない。ハリーに似ているから。だから、僕の声に弱いのかもしれない。

 ドラコが、欲情しているのがわかった。
 ドラコの身体中が熱くなってきている。密着した腰に、硬度を感じてきた。




「……ハリー……」

 暗示にかかったように、熱に浮かされたように、でも確かにドラコが僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 君は僕を見ることが出来ないから。
 だから、僕の声で、君が僕に抱かれている錯覚になればいい。


 君は、信じられないかもしれないけど、僕がハリーなんだよ。
 


 僕は、ドラコの細い体を抱き締めた。
 ドラコの僕の首に回された腕にも力が込められた。
 僕を求めてくれている。
 僕は君を手に入れた。





 僕達は唾液を混ぜ合うような深いキスをした。
 舌がぬめっていて、いつも僕にただ委ねるだけだったキスも、ドラコの舌先が僕の唇を小さくなめてくれて。
 こんなに気持ちがいいキスを僕はしたことがない。ドラコが僕を求めてくれている。
 頭の芯がジンと痺れる。
 思考能力が低下する。

 ただ、ここにいる君が、ここにドラコがいることだけしかわからなくなるような、そんなキス。

 舌を絡めたまま、僕はドラコの服を脱がせた。
 優しくしたいのに、僕の指先は焦っていて、ボタンがうまく外せない。それに気付いたドラコが、自分のシャツのボタンを外していた。彼の手つきも急いていて、まごついてしまう。
 早く、一秒でも早く、彼の身体に触れたい。

 いつも、君を抱く時は、君は人形のようで、何もしなかったのに。
 何もしないで、僕に全てを委ねてくれて、僕は君を犯して、君はそれを赦してくれていたけど。


 ドラコが自分から。
 僕に抱かれてもいい、じゃなくて、僕に抱かれたい、そう言ってることと同じだよね。


 下半身に熱が集中していく。
 早く君の中に入りたい。

 シャツを脱いで、その間に僕はドラコのズボンと下着を脱がせると、ドラコの白い裸身が現れる。

「……綺麗」
 溜息が出るほど、真っ白で。

「………」
 ドラコは、頬を赤らめて、ぎゅっと僕の身体に回した腕に力を込めた。
 その顔を見ていたかったのだけれど、触れ合った体温が嬉しくて。


 項にキスを落とすと、ドラコは声を上げてのけ反った。綺麗な首筋に、錦糸の髪が纏い付いていた。

 ちゅっと音を立てて吸うと、鬱血してドラコの真っ白な肌に赤い痕が残る。
 僕のだよ、って印。
 僕は嬉しくて、色んな所に僕の印を残した。何箇所も。君の肌に僕の印を付ける。

 僕はドラコの足から力が抜けて床に座り込んでしまうまで、体をくまなく触って、余すところなく舐めて、たくさんキスをした。
 床に座り込んでしまった彼を、僕は抱き上げて隣りの寝室まで運んだ。



 ベッドの中で、僕は自分の気持ちをドラコの身体を穿つことでぶつける。
 薄く開いた唾液で濡れた唇からは絶え間なく嬌声が漏れて、その端からはキスをした時に飲み込み切れなかった唾液が頬を伝っていた。


 君は僕のだ。
 他の誰のものでもない、僕だけのものだ。


 ドラコも、とろんとした目で、宙を見ていて……。

 決して僕を見る事が無い瞳は、それでも綺麗な色をしていた。


 この瞳で、僕を見て欲しい。

 僕にはそうする力があって、そしてそれが一番怖くてできないことでもある。
 君を失うことが、僕には一番怖い。



 ドラコの中はすごく熱くて、ひどく気持ちよくて。

 僕はドラコが気を失ってしまうまで、何度も彼の中に入った。






































 ベッドの中で、ドラコが僕に触れていた。

 嬉しい。

 そっと頬を撫でてくれて。
 前に僕の写真に触れていた時と同じような柔らかい指先で、僕に触れていた。

 声が似ているのなら、彼は少しは僕の事をハリーだと思ってくれたのだろうか。


 僕は、まどろみの中でドラコの手を追った。

 僕を好きになってくれた事が嬉しくて、ドラコに少し無理をさせてしまった。愛しい気持が溢れて。それを表現しきるにはまだ時間が足りない。
 僕も、疲れた。

 僕の唇をなぞるドラコの指先の感覚が気持ちよくて。


 覚えていたのは、そこまで。







 ドラコ……

 僕がハリーなんだよ。







0611