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 布団の中で、ドラコが動く気配がした。
 うっすらと目を開いて外を確かめたが、まだ暗いから朝まで時間がある。
 ドラコはしばらく身体を動かしているから、目が覚めたようだ。

 腕を伸ばしてドラコを抱き寄せると、ドラコはすんなりと僕の腕の中に収まった。
 昨日の夜は身体を重ねてからそのまま寝てしまったので、くっつくと直接に彼の体温や滑らかさを感じることができる。暖かくて。
 幸せだと思う。
 色々と思う所はあるけれど、僕の腕の中に彼がいることが僕は何物にも変えがたいと思っている。何よりも一番幸せな瞬間だ。

「ニコラス……?」

 ドラコが声をかけてきたが、口を動かすのも億劫なほど僕は眠かったから、そのまま寝たふりをした。このまま本当にすぐに眠れる。

 隣りに大事な人がいると思うと、眠り方が幸福になる。最近は、僕はほとんどドラコの家に泊まりに来るようになっている。本当はドラコを僕のうちに呼びたいけれど。彼はこの家と公園以外の場所を極端に嫌がるから。
 隣りに彼がいないと寂しくて眠れないから。彼を僕の家に呼びたかったのだけれど、それを言ったら軽く笑われた。

 最近も、相変わらずドラコはハリーが好きで、試合の後は必ずハリーのことについて彼は色々と話す。何が良かったか、何がまずかったか。どれだけかっこ良かったのかとか。僕、なんだけどね。
 ドラコは相変わらずハリーが好きで、彼は最近はどうかとか、彼女とはうまくいっているのかとか色々聞いて来るから、彼が満足行きそうな嘘を選ぶ。僕と彼女は結婚秒読みで一緒に暮らしている所までの仲だ。ドラコと一緒に暮らしているわけではないのだが、ほとんどの時間を彼と過ごしているわけだから、あながち嘘でもない。
 ハリーと僕が仲が良いのかと訊かれた事がある。僕の事なのだから仲が良い訳でもないのだが、実際には僕はニコラスと仲が良いわけだから……。とりあえず僕は、恋敵だからね、と笑っておいた。彼はそれで納得したようだったけれど、少し複雑そうな顔をしていた。


 僕には、こうやって頻繁に抱かれても、ドラコは僕に興味を示さない。
 選手としてのニコラスもだけど、ここにいる僕もだ。ニコラスのチームの試合は、あっても知っている程度。その結果もあまり知らないらしい。ニコラス本人に興味をもたれても困るのだけれど、やはり何か寂しい。
 それ以上に、ここにいる、ドラコの目の前にいる僕に対しても、彼は友情以上の興味を持っていないように思う。

 僕を、求めない。
 ドラコから抱きしめられたことはないし、それ以上にドラコが僕に触れようとしたことすらない。身体を重ねている時も、僕が彼を抱きしめている時も……彼は僕に触れようとしない。
 接触が嫌いなのかと訊いたら、昔はね、と言っていた。今はそうではないのだろうか。僕が彼に触れていることで、彼が少しでも気持ちよいと感じていてくれれば、僕は嬉しいのだが。
 ドラコが僕を好きなのは友情以上ではないし、僕が彼の前からいなくなったとしたら彼はきっと寂しいと思ってくれるだろうけれど、僕を想って泣いたり、追いかけてきたりとかは決してしないだろう。ドラコの想いが僕には軽すぎて。

 ドラコは僕を求めない。
 

 これが、もしハリーだったらどうなんだろう。
 彼を抱きしめているのが、ニコラスとしての僕ではなく、僕として僕に抱きしめられているのだとしたら、彼は僕の身体に腕を回してくれるのだろうか。
 ドラコは僕を抱きしめてくれるだろうか。僕の写真に触れるような優しい指付で僕を触ってくれるだろうか。
 ハリーへの彼のせめてもの操立てなのか、それともただ単にニコラスとしての僕に友情以上の興味が持てないだけなのか。前者である事を願いたいが、それでも今ここで彼に触れることの出来る僕を彼は求めてくれていない事には変わらない。

 そんなことを思いながら、僕は腕の力を入れていたが、本当に眠たくなってきて、力を緩めた。緩めたというよりも、力が抜けていく。
 僕の腕から、ドラコが抜け出している気配。


 このまま起きるのかなと思い、そのまま。
 僕は、夢の中に入っていく。


 ふと、頬に指先が当たる感触があった。

 ドラコの細くてひんやりとした指先が僕の頬に触れたので、僕は驚いてドラコを見てしまった。暗がりの中、ドラコが……きっと目が見えているのなら、僕を見つめてくれているのだろうと思うほど近い距離で、僕の顔に顔を近づけていた。

 僕が起きているのをドラコは気付かずに、少しずつ白んできた夜の中、ようやく判別が付くくらいの明かりの中、うっとりとしてしまうような優しい顔でドラコが、

 彼の指先が、僕の顔に触れる。


 鼻や唇や目蓋とか眉毛とか……ドラコが僕に触れていた。


 初めてだった。




 嬉しい。

 ドラコが僕に興味を持ったのは初めてだったから。

 ふと、ドラコの指が止まって離れた。


「起きているのか、ニコラス」
「………わかった?」
「すまない、起こしたか?」
「ううん、起きてた。何してるの?」

 何をしていたのだろう。
 ドラコが触れてくることなんて、本当になかったから。
 僕のこと、好きになった?

「ニコラスが、どんな顔をしてるのかなと思って。嫌だったか」
「ううん、嬉しい」

 嬉しい。

 少しでも僕に興味を持ってくれたことが、嬉しい。

「もっと僕に触って」
「我が儘だな」

 ドラコに甘えられることが嬉しい。

 柔らかい笑顔を作って、ドラコの細い指は僕の髪の毛の中に潜り込んだ。
 僕の髪の毛を触っている。
 気持ちがいい。

 頭を撫でてくれるのは、なんでこんなに甘えたい気分になるのだろうが、僕にはわからなかった。

 僕の髪の毛を撫ぜて。


「ニコラスは髪の毛の手入れとかはあまりしないのか?」
「うん。嫌い?」
「いや。ハリーもぼさぼさだから」

 本当だったら、こんな時に違う男の話なんかはされたくはないけど、それが僕と君の関係だから、そうなっている。彼の話すハリーについて、僕は決して口を挟まない。何も言わない。言うことが出来ない。僕はドラコの機嫌を損ねたくないし、ドラコが僕の話をすることですごく綺麗な顔をして笑う事をドラコは知っているのだろうか。僕はその顔が好きだ。

 それに僕のことを覚えていてくれたことが嬉しい。

「本当にハリーが好きなんだね」
「ああ。昔はあのぼさぼさの髪型が、だらしないとか思っていたけど、今の僕も手入れなんかは何もしていないから変わりない」

 ドラコはくすくすと笑う。
 すっと、ドラコの指先が僕の額に伸びた。



 僕は、ついドラコの手を弾いてしまった。
 僕の額に触れようとした、彼の手を……。


 そこは、僕の僕である証しの傷があるから。
 さわったら、僕がニコラスでないことが、僕が誰なのかわかってしまうから。

「……ニコラス?」

 突然の事にドラコは不思議そうな顔をした。

「あ……ごめん、ドラコ。この前練習中に怪我しちゃって……」
「まだ、痛むのか?」
「……うん」

 変に思われなかっただろうか。

 僕は、ドラコを引き寄せて腕の中に閉じ込めた。

 せっかく僕に触ってくれたのに、僕は彼の手を払いのけてしまった。
 どう思われただろうか。
 もう、触ってくれなくなるのだろうか。

 ドラコはおとなしく僕の腕の中に収まっている。
 せっかく、触ってくれたのに、僕に興味を持ってくれたのに。

 彼の手を拒んだのはこれが二回目だ。
 一度拒んだ時は、一生繋がらないと思っていたけれど。

「早く治るといいな」

 ドラコが僕を気遣ってくれる。

 重ねた嘘が、僕には痛かった。

















「ごめんね」

0611