13 とにかく真っ直ぐドラコの家に向かった。 今日の予定としては、近くの待ちでドラコの好みそうなワインを見て、ドラコの好きそうなお菓子を見て、ドラコに似合いそうな服を見て似合いそうなアクセサリーを見てから、彼が辟易するぐらいのプレゼントを抱えて会いに行くつもりだったけれど、今の僕にはそんな予定は全部どうでも良くなってしまった。 ドラコが新聞を読んで僕に失恋したとか思っていないだろうか。 僕のこと、諦めて欲しくなかった。 僕がドラコを好きなようにドラコも僕を好きでいて欲しかった。 慌ててドラコの家に行くと、ドラコはいつも通りだった。いつも通りの笑顔と、柔らかく抑揚の薄い声で僕を迎えてくれた。 「ニコラス、お疲れ様」 僕が呼び鈴を鳴らすと、そう言ってドアを開けてくれた。僕が予定していたよりもよっぽど早い時間に僕は彼の家に着いたというのに、彼はそういって出迎えてくれた。 僕の事を待っていてくれたのだろうか。そう思うと、嬉しさがこみ上げてくる。 「会いたかった!」 玄関のドアを閉めるなり僕はドラコを抱き締めた。 僕の方に向かせてキスをすると、ドラコは少し困ったような顔をして笑った。 ドラコは何をしても嫌がらない。 キスをしても、嫌だとは言わないし、抱きしめても、笑ってくれる。 抱いたとしても彼は僕を嫌いだとは言わないし、態度を変えない。僕に笑いかけてくれて、僕がその償いのために彼に優しさを返すと、彼はとても嬉しそうに感謝を言う。だから、僕は付け上がる。 もう、何度か身体を重ねたけれど、ドラコは笑ってくれている。 嫌いになんかならないよって言ってくれた。 僕はドラコの事が大好きだから、それが、嬉しくて切ない。 嫌われたら僕はきっと死んでしまいたくなるだろうけれど、でも僕はハリーなんだから、僕は君を僕として抱きしめたいんだ。 教えてあげたい、今君を抱きしめているのは、ハリーなんだって。 君の好きなハリーなんだって。 「お疲れ様。試合は楽しかったか?」 「うん」 ドラコの部屋に上がってソファに座ろうとした時、新聞が目に入った。 今日の朝、僕が見たやつ。僕の三文記事。僕は、冷や汗を流したのに。もしドラコがいなくてもとても冷や汗を流したと思う記事なのに。 ドラコは、いつもと変わらなかった。 いつも通り。いつも通りの笑顔で、いつもどおりの口調で、いつも通りの柔らかな物腰。何かを焦っている感じでも、少しの悲しみが含まれている様でもなかった。 「もう少しで薬が作り終わるから、適当にくつろいでいてくれ」 ドラコは、僕の入っていった部屋に一度顔を出してそれを告げてから、ぱたりと扉が閉まった。 彼は薔薇の世話をしていない時は風邪薬とか、そういったものを作っているらしい。 頼めば副作用のない睡眠薬とか、時々は常用性のない軽いドラッグなんかも処方するらしいし、惚れ薬とか少し曰くありげな物も頼まれることもあるようだ。以前こんな薬を作ったことがある、と楽しそうに話してくれたことがあったのを思い出す。今は何を作っているのだろうか。彼は魔法薬学も、普通の薬学もハーマイオニーと同位の主席だった事を思い出す。 マルフォイ罰としては、財産の没収はお金の面ではなかったと聞くから、贅沢をしない限りは働かなくても生きて行かれるだろう。魔法省がただ彼の面倒を見ることのリスクなどを考慮した結果なのだろうけれど。マルフォイには分家はいくらでも在り、今でもその純血は根強い支持と崇拝を持つことがあると聞いている。だから彼の目を見えなくしたのだろう。 マルフォイがいる部屋の扉を眺めた。 沸騰する音が聞こえるから、まだもう少しは出て来ないだろうと思ったから。 僕は、ドラコに気付かれないように、机の上に無造作に広げられていた新聞を、自分のバッグにしまった。 ドラコの態度が、いつもと何も変わらなかったから、もしかしたら読んでなかったんじゃないかと思って。 読んでいなければ良い、こんな嘘。 嘘ではないのだけれど。 ドラコはハリーが好きだから。 こんな事で傷ついた彼を僕は見たくない。 僕は、もうだいぶ馴染んだドラコの家のどこに何があるのかまだしっかりと把握できていなくて、あまり触らないようにしているから、とりあえずソファの上でドラコがいる部屋に続く扉をじっと見つめた。 しばらくそうしていると、扉のノブが回って、ドラコが出てきた。 「待たせてしまったか? 紅茶でも飲むか?」 「いいよ。近くにきて」 ドラコは、僕の我侭に相変わらず苦笑をする。 それでも僕の我侭を彼は何も言わずに聞き入れてくれるのだ。 「……ハリーに会ったよ」 少しカマをかけてみた。 もし、あの記事を読んでいたとしたら、ハリーという固有名詞に何らかの反応を示してくれると思ったから。 それでもドラコはいつも通り優しい笑顔で。何にも変わらない。 「そうか。ハリーは元気だった?」 「うん」 ドラコは、何も変わらなかった。 読んでいなかったようだ。 「良かった。彼女ができたらしいな」 ドラコは、いつもの温和な口調で、何でもないことのように、そう言った。 「なんだ、新聞読んだんだ……」 何で、いつもと同じなんだろう。彼は、笑顔だった。 仮にも僕の事が好きなら、少しはショック受けてもいいんじゃないか? 僕がこんなに好きでもドラコは相変わらずハリーが好きだ。それくらい彼の気持は強いのに……なんでいつもと同じ笑顔でいられるのだろう。 嫉妬して欲いって言うのもあったんだけど。 「幸せそうだった?」 「……すごく」 さんざ惚気ましたとも。ドラコには申し訳ないくらい惚気ました。 知らない人にある事無い事言った気がする。酔っていてさっぱり記憶は無いけど。知らない人がきっと記者だったんだろう。 最低だ、僕は。 「そう。それなら良かった」 ドラコは笑った。 「良かったの?」 良かったの? 僕のことが好きなんじゃないの? 僕のこと好きなのに、その反応なの? 嫉妬してよ。 もっと僕を求めてよ。 逆の立場で、ドラコが好きな人と幸せになったって聞いたら、僕はきっとその場で号泣してしまうだろう。 ドラコが、僕以外の誰かを好きだとしたら……それでも想いが通じていないうちはまだいい。もし彼が僕以外の誰かをその手で触れていたら僕は……。 もし、そうなったら僕は喜ぼうと思ったのに。 彼の幸せを一番僕が望んであげるつもりだった。 彼を幸せにするなら、僕は何でもする。 ドラコが幸せになるためならどんな犠牲も厭わない。 そう、思っていた。今でもそう思っているのに。 僕以上にドラコを幸せにできる人間なんかいない。そう思ったから。 「ハリーが幸せなら嬉しい」 「………そう」 僕は、もうニコラスでいいよ。 ニコラスでいいから、呼ばれ方なんて音声的な記号にすぎないから、ドラコが僕と認識してくれる名前でいいから、僕がドラコを幸せにしたい。 僕のことが好きだって、今ドラコの近くにいる僕を好きだって言って欲しいから。だから、僕はニコラスでもハリーでもどっちでもいい。 君を抱きしめる僕を、好きだって言われたい。 「彼も好きな人と幸せになってるんだから、そろそろ僕のモノにならない?」 僕は、最低だ。 嫌な手だとは思うんだけど、ドラコが手に入るならどっちでもいい。別に何でも良い。 君が、僕を……ここにいる僕を好きだと言って欲しい。 「何度も言うようで悪いが、僕の好きな人はハリーだから、それは譲れないんだ」 「でもハリーは好きな人いるんだよ」 それは目の前の君のことなのだけれど。 もう、そんな事は言えない。 ドラコにとって、僕はニコラスで、ニコラスとハリーは職業以外での共通点なんか何もないんだ。 今更どんな顔してドラコに僕がハリーだって告げれば良いのだろう。 「もともと、僕はハリーに好きになって貰いたいなんて想ってないよ。ただ僕が勝手に彼を好きなんだ。それに……」 でも、大好きなんだ。君が好きなんだ。 「……ハリーはきっと僕なんかと、会いたくない…」 「そんなことないよ!」 彼のいつもの自虐的な言葉に僕は少しの怒りを覚えた。 遠征試合の間中、君に会いたいって想ってた。会えない時間はすごく寂しかった。彼は僕の気持を何もわかっていない。わかっているはずなんて、ないのはわかっているのだけれど。 彼は僕が好きで、僕は彼が好きなのに……決して両想いではないのだ。 「ニコラスは知らないことだけど、学生の頃、本当に僕とハリーは仲が悪かったんだよ」 「………」 知っている。 本当に、嫌いだった。 僕が本当にニコラスで、ドラコとハリーとは再会していなかったら、きっとハリーはドラコの話を聞いても会いたいって思えなかったかもしれない。もしドラコと会っていなかったら僕は会いたいとは思わなかったに違いない。 僕はドラコの事を何も知らなかったから。今でもよく知らないけれど、でも本当に、敵だという以外何も知らなかった。 「それに、ハリーは、美人な女性と結婚して子供を作って、家族を持って幸せになって欲しいんだ」 何かのインタビューで将来に付いて何度かそんな風に答えた事がある。家族に対しては強い憧れを持っていたから。僕は、家族が欲しかったんだ。本物の。 でも、今の僕を幸せにしてくれるのは、君なんだ。 君が………。 僕は、再びドラコを抱いた。 いつも、こんな感じだ。 耐え切れない衝動が形となっただけ。 いつも求めるのは僕だけで、ドラコは何も求めていない。 ただ、受け入れるだけ。 受け入れて、許すだけ。 誤変換 :魔法薬学 → 魔法や苦学 苦しそうだった。 0611 |