スキマ2
どのくらいぼんやりしていたんだろう。 赤い世界が、徐々に墨色に染まりつつある。暗くなってきてるから。 立ち上がって、マルフォイを殴りつける気力もない。 あっちだって、どうせ同じだろうけど。 教室の方から、物音が聞こえた。 この資料室は教室の黒板の横の扉からもつながっているから、開けっ放しだったから、教室に誰かが入ってきた気配がすぐにわかった。 ……教授だったら、まずいな。そう思ったけど、ちっとも身体が動かない。仕方がない怒られるか。 ああ、めんどうだ。 さっきの喧嘩で、整理どころか、散らかし放題散らかしてしまったから、申し開きのしようがない。 ないからと言って、動けない。 ああ、面倒くさい。 何もかもその辺でごろごろしてるマルフォイのせいだ。 「ねえ、本当に誰も来ない?」 「大丈夫だって。今、みんな夕食の時間だし」 ……ああ、もう夕食の時間なんだ。 ………って、誰だよ。 声は、女の人と、男の人。 上級生だろう。 僕は、起き上がった。 起き上がると、マルフォイも気になるらしく少しだけ起き上がって教室の方を見ている。マルフォイと目が合ったから、慌てて逸らした。 上級生の二人がこっちにこられたら、別にどうにもならないけど、なんとなく気まずいから、僕は音を立てないようにそっと四つ足でドアまで行って、教室の様子を伺った。 影が、重なっていた。 二つの影が、一つになっていた。 抱きしめあっている。 きっと、二人は恋人同士なんだろう。 抱きしめあって、濃厚なキスをしていたのが、夕陽に照らされて……。 僕には彼女がいたことがないから、ダーズリーの家に居る時に居間でちょっとだけ見るテレビのシーンによくある。 いいなあ。 僕だって、彼女はほしいけど。 「……ポッター?」 いきなり耳元で声がした。 マルフォイも、気になって様子を見に来ていたらしい。 ものすごく見入っていたので、マルフォイが近くにきたことに気づかなかった。 「マルフォイ、しーっ!」 マルフォイの耳に口を近づけて息を吹き込むように、静かに耳打ちした。 こんな所、気づかれたら全員が気まずくなるじゃないか。 ふと目線を戻すと、女の人の方は服を脱いでいて………。 ………ああ、そういうことか。 この教室は、あまり使われていない。教室がというよりもこの辺一体がホグワーツでも奥地にあるため、あまり授業に使われていない。近くに空き教室なんかもあるだろうけれども、鍵がかかっていたり、ひどく埃にまみれていたり、ろくに使えたもんじゃないから、わざわざこの教室が選ばれたんだろう。 まあ、今日じゃなかったら誰も見ることはないと思うけど。 デートスッポットだったわけだ。 二人とも、見る間に服を脱いで、全裸になっていた。 女の人は、同級生の子たちとは全然違って、胸も大きくて、いかにも大人の女性的な柔らかそうな体型をしていた。 男の人の影は…… あまり、見たくないものを見てしまったような気がする。 別に僕だって付いてるけどね。 他人の股間が膨張しているところなんて見ても、萎える。 これから、何が起こるのかわかってしまった。 抱き合って……キスをして……それから 「ポッター? あの二人は何をしているんだ?」 「いいから、静かに!」 出歯亀だってわかっているけどね。 あんまり褒められた行為じゃないことはわかるけど、僕達がここに居ることを確認しないで僕達が出にくい雰囲気を作ったあっちが悪いんだし、僕だってそういうお年頃でとてつもなく興味があるわけだし、後学のためにも……。 言い訳。 「ポッター?」 尚もしつこくマルフォイが僕に何かを話しかけてきた。 「マルフォイ、黙ってて」 今、いい所なんだから。 今気づかれたりしてもどうしようもないし。まあ、あちらさん達はけっこう熱中しているようだから、僕達が近づいていってもきっと気づかないだろうけれど、それでももし気づかれたりしたら……想像もしたくない。 とりあえず、僕はマルフォイの口を手でふさいで、睨みつけると、困ったような顔をしたマルフォイと目が合った。マルフォイの息が、手に当たって熱かったけど、とりあえずこっちのことは無視をして、教室の方に視線を向けた。 ああ、はじめたよ。 女の人の喘ぎ声が、教室に響いていた。 男の人が腰を振って。 シルエットだけだと、滑稽にも見えるけど……下半身に響いてくるような、そんな。 濡れた音と、女の人の声とか、息遣いとか……。 そんなのがしばらく続いて、女の人が高い声を上げて、男の人も一瞬だけうめき声を上げて、ぐったりした。 イったんだ……。 生で見たのは初めてだ。 お年頃の友人達からの知識しかないから。 相手がいないと自分で自家発電するしか能がないから、女の人の中に入れると、どのくらい気持ちがいいのだろうかとか、あったかくて、ぬめぬめしているって聞いたことがあるから、そういう事とかを想像してしまって。 股間がむずがゆくなってくる。 しばらくした後、二人はそそくさと着替えて出て行ってしまった。 もうちょっと見ていたかったけれど、まあ出て行ってくれたから、安心して動ける。今まで、息を殺していたというよりも、息を呑んでいたという方が近かったけれど、それでも、もし気づかれたらと思うと気が気でなかった。 いつの間にか、部屋は真っ暗になって、月が出ていた。 なんとか判別は付くぐらいだけど、さっきよりもだいぶ真っ暗になった。 ……どうしよう。 勃っちゃったよ。 「……ポッター!」 「わあ!!」 僕の手から、僕を呼ぶ声が聞こえて、心臓が止まるかと思った。 マルフォイの口を押さえていたことをすっかり忘れてしまっていた。 というよりも、マルフォイを忘れていた。 「ごめん、何、マルフォイ?」 慌ててそっちを向くと、マルフォイはひどく困ったような表情で、目には涙が溜まっていた。 ちょうど、月の光がマルフォイに当たっていたから、彼の目の涙まで見れた。 撫で付けられていたのに、さっきの乱闘でほつれた髪の毛が顔にかかって金髪が、月明かりで銀髪にきらきら輝いて見えた。 大きな瞳。涙があふれると、そのまま瞳まで融けてしまいそうだ。 綺麗な顔。 授業中と、さっき僕がつけた痕で痣だらけにはなっていたけど、整った顔立ち。 いつも血の気の通っていないような肌が、薄暗い中、よりいっそう白く見えた。 涙が、こぼれ落ちた。 僕の、心臓が跳ねた。 しばらく、見惚れてしまっていたことに気づいて、自分の中で舌打ちをして慌てて目を逸らした。 今日は、マルフォイはよく泣くようだ。 「…………」 「どうしたの?」 「…………………」 変なやつ。 まあ、得したような気分だ。 明日、みんなに話してみようかとか、そんなことを考えてみたりしたけど。 とりあえず、トイレにでも行かなきゃ。 まだ、体中の骨がきしんでる感じがするけれど、今はそれどころじゃない。 「マルフォイ、ごめん、すぐ戻ってくるからちょっと待ってて」 「………」 マルフォイは、返事をしなくて、下を向いていた。 変なやつ。 今の一件で、僕は今日起きた全部の事柄は水に流してもいいと思うくらいだよ。 殴りあったのも滅多にないことだったけど、罰掃除とかはけっこう今でも頻繁だし、それよりもそんな年頃の彼女のいない僕にとってはもっと衝撃的なことが目の前で起きてしまったから。 まあ、いいや。 戻ったら、急いで片付けなくては。 0610 |