スキマ1












(赤い……)

(今、何時だろう)

 夕日が、そろそろ落ちてしまう。
 影になる部分は、本当真っ暗で、目がちかちかするような、赤い世界。室内は夕日の色に染まっていた。
 日が暮れるとなると、そろそろみんな夕食に行く時間だろうか。

(お腹空いたなあ……)


 ずいぶん前から、床の上に大の字になっている。
 疲れた。指一本さえ動かすのが億劫になるほどには、本当に疲れているんだ。
 体中がぎしぎしする。唇の端っこがひりひりするから、きっと切れている。
 畜生。

 ああ、ため息。

 そろそろ動き出さないと、本気で怒られる。
 まだ、終わってないし。

 もう一度ため息をつこうとしたら、先手を取られた。
 ふう、と短めながら、嫌な気分にさせるような重たい息が室内に吐き出された。

(ため息をつきたいのはこっちだよ!)

 僕は忌々しくて舌打ちをしたい気分になった。
 ああ、まったくもって忌々しい。
 何なんだ、本当に。


 僕は頭を左に動かせば確実に目に入るだろう、プラチナブロンドを、今は敢えて見たくない。
 さっき、ついうっかり見てしまったら、僕に背中を向けて壁を向いていたから。
 うっかり、嫌なものを見たような気がした。さっさとどっか行ってくれ。僕は今動きたくないんだ。そっちだって僕なんかと同じ場所にいたくないだろう? 僕はお前のせいで動けないんだよ。どっか行けよ。
 そう思ったけれど、ウエイト的に見るからに僕なんかよりも軽いだろうから、ダメージはあっちのほうが大きいのかもしれない。
 悪いことをしたなんて、微塵も思わないけれど。


 少しだけ、視線だけ、ちらりと気付かれないように、ちょとだけ、ほんの一秒ぐらい、彼を見た。

 彼は、ぼんやりと、上を向いていた。
 いつも撫で付けてある色素の薄い金髪は、さっきの事で大幅に乱れて、埃っぽい床に頭後と落ちている。
 きつく閉じられるか、皮肉的に端だけ持ち上げる笑い方しか僕は見たことのない唇は、うっすらと開いて、そこから静かに息をしていて。
 筋の通った鼻梁とか、少し苦しそうに寄せられた三日月形の眉とか、今は夕陽によって色彩が見えない赤い空気だからよくわからないけれど、アイスグレーの瞳も宝石のようで……。

(いつも、黙ってればいいのに)

 口さえ開かなければ彼はただの美形として人気があることだろうけれど。頭だっていいから。
 外見だけは認める。
 それに純血の女の子達には、女の子が重い荷物を持っていたらその荷物を持ったり、授業での少しの質問に対して懇切丁寧に説明をしていたり、それは見事に紳士に振舞っている姿を見たことがある。そりゃ僕が、少し可愛いなと思ってなんとなく気になっていた他の寮の女の子が、こっそりラブレターを彼に渡している姿なんかを見たって、やっぱりとか、仕方ないとか、つい思ってしまう程度には、人気があることぐらいは、腹が立つけれど認める。
 彼は女の子には優しい。ただ、優しく振舞っているというよりも、義務感からなのか、そういう性格なんだろうけど、いつものつんと取り澄ました態度が消えたことは見たことないけど。
 そりゃ、僕は女の子じゃないし、優しくされたいなんて思ったことはこれっぽっちもないし、外見はまあ見れることを知っていても、彼の性格がすべてを台無しにするぐらい悪いものなんて今更な事実だし、僕がこいつを嫌いなのはもう変えようのないことだし。
 その辺の女の子と比べても遜色ないくらいに華奢で、肌には透明感があって、整った顔立ちと、凛とした空気とで、黙ってさえ居れば、女性とばかりか、男子生徒にもきっと人気は出るのではないだろうか。
 黙ってさえ居ればの話だけど。
(本当に、大嫌いだし)

 僕は、わざとマルフォイに聞こえるように、大きくため息をついた。














 今日は、スリザリンとの合同授業があった。
 グループで実習中だったから少しざわついた教室で、いつも通り僕の本当に些細なミスに対して、マルフォイが腹の底からの笑い声を上げてくれたから、初めは無視しようと思ってあからさまに視線を逸らしていたけれど、隣にいる二人にニヤニヤとした耳打ちとかして、隣のでかい二人も僕の方を見て笑い声を上げて……。
 我慢、するつもりだった。

 我慢できないなんて、思わなかったから。
 いつものことだし。
 だけど、数日前と、その二、三日前に横を通り過ぎるマルフォイにぶつかられて荷物をぶちまけたりして、謝るどころか去り際に、口の端だけで笑われたりしたこととか、その前の……とか色々が思い出したりして……。


 気がついたら、殴っていた。


 殴ったら、思いのほかすっ飛んでくれたから、意外にすっきりした。

 慌てたロンが後ろから僕を羽交い絞めにして、マルフォイは巨漢がクッションになって数秒目を丸くしていたけれど、すぐさま僕に向かって来て、僕の脇腹に一発蹴りが入った。ロンが抑えていたからぎりぎり避け切れなかったけど、すごく痛かったけどクリティカルヒットはしなかった。もう一回マルフォイが体勢を立て直して僕に向かって来ようとして、ゴイルとクラッブに腕とか胴体とか押さえ込まれて、憎らしそうに僕に罵声を浴びせかけて。
 教室は一時騒然となった。

 ――教授がしばらく、金切り声を上げていたことに気づかないほど。

 
 ようやく収拾がついた時に教授から言い渡されたのが、減点と、教室から出て行くように言われたことと、あとは放課後に、今使っている教室に続く裏の資料室の整理を申し渡された。
 今日の授業を終えた僕とマルフォイがこの資料室にやってきたのが、昼過ぎ。まだ、教室は灯がなくとも明るかった。




 壁一面が、棚になっていて、ぎゅうぎゅうに押し込められている紙の束はそれなりの量がある。

 教授からの言伝は、これらを項目ごとアルファベット順に並べた上に年代順に並べろということだったけれど……量が半端じゃない。教室の裏手にある資料室は教室の五分の一以下の狭さだけれど、それでも壁が全部ただの紙の束だったりする。
 二人で手分けをして協力して作業をすれば、確かに希望が見えてくる量でもあったけれど、同じ空間にいるだけで苦痛な相手に口を開くことさえ嫌なのに、協力なんて反吐が出る。

 マルフォイが先に来ていて、来たら何かを言われると思ったけれど、僕の方を一瞥をしただけで一言もなかった。マルフォイが資料を窓側のほうから順に手をつけていったから、僕はドア側から手をつけた。
 これを、後々まとめないとならないと思うと、やっぱり一声かけて少しは協力した方がいいのかもしれない。
 そう思って、左にいるマルフォイを少し見ると、彼は一心不乱に作業に取り掛かっている。
 集中しているというよりも、目の前のことを一生懸命にやって、僕が近くに存在していることを忘れてしまうつもりの算段なんだと思う。
 マルフォイは僕が見ていることに気がついているから。
 一瞬だけ、忌々しげに眉根を寄せたのを、僕は気がついた。

「マルフォイ」
「………」
「マルフォイ」
「…………」
「…………」

 話す気はないらしい。
 僕から折れてやったというのに、何様のつもりなんだろう。
 
 マルフォイはわざと僕の方から、ふんと顔を逸らした。あまりにガキっぽい仕草で、僕は思わず笑いそうになったけど。でも、実際やられるとそこそこむかつく。
 彼の左頬が見えた。
 目じりがうっすらと紫色に腫れていた。
 僕が殴った痕だ。

 ざまあみろ、美形が台無しだ。

 別に無視されても悲しくなったりとかはちっともしないけれど、ものすごく腹が立つ。
 まあ、別にいいけどね。
 後で面倒なのは君だって同じだし、話したくないのはこっちだって同じだし。

 僕を一切無視して、高い棚にある資料を取ろうとして、マルフォイは脚立を引っ張ってきていたから、僕も諦めて自分の作業に戻った。
 もう、そっちのことなんか一切気にしないことにするよ。
 左なんて、一切見るもんか。

「わあっ!」

 ばさばさ……紙が落ちる音。
 突然あがった悲鳴に僕は思わず、左側を向いた。
 一番上の棚にある資料を取ろうとして、脚立と合わせても背が足りなかったらしく無理に引っ張ったから色々落ちてきたみたいだ。

 マルフォイは、見事に埃まみれで、まるで暖炉を抜けたときのように白っぽくなっていた。
 手を上に伸ばしたまま、驚いたらしく目を丸くして固まっていた。しばらくして、現状を確認したのか、ひどく咳き込んで、僕からの視線を少し気にしているようでそれを避けるために咳き込んでいるようにも見えたけれど。
 もう、僕はマルフォイのことなんて気にしないって思ったばかりなんだけど、あまりにも滑稽で、僕はつい笑ってしまった。

「マルフォイ、かっこいいよ、すごく」

 一言一言区切るように、彼がいつも僕にするようにわざとらしく笑ってあげると、ついにマルフォイは口を開いた。
「うるさい!」
 顔が、真っ赤になってる。
 目に、うっすら涙が滲んでるよ。
 本当に、頭に来たんだね。
 僕は、もう愉快な気持ちが抑えられない。
 いつもは、一切関わりたくないと思ってて、僕からマルフォイに絡んでいったことなんて数えるくらいだけど。
 今は、もう、すごくからかって遊びたい気分になってしまった。

「すごく似合ってるよ」
「うるさいって言ってるだろう! 一秒でも早く終わらせて帰りたいんだ!」
「鏡がないのが惜しいね。君にも見せてあげたいよ」
「お前なんかと一緒に居たくないんだ!」
「うん、ありがとう」

 ばさばさと、身体に付いた埃を払って袖口で顔をぬぐっていた。
 髪の毛についる埃を払うために、頭をぶんぶんと振った。まるで、猫とかそういう愛玩系の動物の仕草と似ていたから、また僕は笑ってしまった。

「何で僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ! 殴ってきたのはお前のほうが先だろう!」
 まあ、でもいつもの通り先に僕に絡んできたのはそっちなんだけどね。彼はそういったことは一切忘れているらしい、都合のよい頭をお持ちだ。
「災難だったね。いいよ、一発ぐらい殴れば? ここで殴ったら今度はどんな埃まみれの資料室の整理なんだろうね。僕は大人しくしてるから」
「………お前なんか大っ嫌いだ!」

 頭に大きな埃の塊を付けたマルフォイが、ふんと盛大に僕から顔を背けた。
 いい加減に、その仕草は子供っぽくて、腹が立つというよりもつい笑ってしまう。まあ、これが彼の本性なのかもしれない。いつもは気を張っているだけで、それが崩れると出てくる実際の人格はただの子供だ。時々見え隠れしていたけど。
 いつもは済ましていて、落ち着いている彼は頭の循環が早いから、僕の気に障ることを的確に選んでくれて腹が立つばかりなのだけれど、本当はマルフォイはただのガキなんだ、と思うと自然と今までの行為が可愛いものに見えてくる。まあ、今だけなんだろうし、相変わらずの嫌味を言われたら再び殴りかかる可能性だって大いにある。
 今は、マルフォイのミスでちょっと気持ちが大きくなっているだけなんだろうから。

「これ! そっちのだから!」

 マルフォイが分けた一抱えある資料を僕の方に持って来た。さっきまで、口さえ聞きたくない、って態度はだいぶ崩れたみたいだ。
 僕達の間に存在する相手を嫌いだと思う感情はよりいっそう大きくなったと思うけど、今の一件で口の滑りはよくなった。まあ、早く終わるならなんだっていい。今のは楽しかったけど、別に僕はマルフォイのことが好きになったなんてことは一切なく、相変わらず大嫌いだし、今すぐ帰っていいなら、本当に今すぐに帰る。

 僕の近くに来た時に、マルフォイの頭に、まだ大きな埃の塊が付いていた。

 と、思ったんだけど……虫?

 よく見れば、埃が付いていると思ったけれど、少し動いているようで……爪半分ぐらいの大きさだけど、彼の髪の毛が明るい色をしているからとても目立った。

 何気なしに、僕はマルフォイの頭の虫を取ろうと手を上げたら、
「……!?」
 マルフォイが、身を竦ませた。

 ……殴られるとでも、思ったんだろうか?
 殴れるものなら、殴りたいけれど、別に今マルフォイを殴ったところで僕にメリットがない。
「殴られると、思った?」
 僕が、いつもマルフォイがするように鼻で笑うと、かっとマルフォイの頬が赤くなった。
「別に」
「頭に虫が付いてるよ」

 別に、わざわざ僕が彼の頭から取ってあげる義理なんてどこにもないから、僕はそれだけ忠告してあげた。
 このまま、マルフォイが分けたものを受け取って、作業に戻って、さっさと終わらせて帰るはずだった。
 受け取ろうとしたんだけど……。

 マルフォイが、固まっていた。
 資料の授受はされなかった。
 今まで怒りで赤く染まっていた顔が、どんどん青くなっていく。

「……マルフォイ?」

 ……虫? 嫌いなんだ??
 青くなって、涙目になってきているよ。
 思いがけず、僕は彼の弱点を発見してしまった。
 ラッキーだって、思うべきなんだろう。それ以上に、愉快だ。

「……とってくれ」
「とって下さい?」
「……とってくれ」
「とって下さい」
「…………とってください
「聞こえない」
「いいから、早くとってくれ!」

 こんな状態願ったってそう簡単には手に入らないだろうから、もうちょっとこのままマルフォイを苛めて楽しんでいたかったんだけど、なんだか少しだけ、ほんの少しだけ可哀想になったのも事実。
 こんなことで、怯える彼を、少しだけ可愛いなんて思ったのも、ほんの少しだけあった。

 僕はマルフォイの髪の毛についている虫を手で払うと、すぐにどこかに飛んでいってしまった。
 
「とれたか?」
「ん? まだ」
「はやくしろ」
「……しろ?」
「……早く取ってください!」

 もう、僕はおかしくて、笑いを堪えるに必死だ。というよりも、何も堪えるつもりもない。虫はとっくにどこかに行ってしまったのに、まだ付いていると思っているのか、マルフォイは動けないまま少し目に涙をためて僕を上目遣いに見ている……。
 アイスブルーの瞳が、濡れて、長い金色のまつげが、濡れて……僕を見つめていて……。
 一瞬だけ、ドキッとした。
 女の子みたいだと思った。可愛いなんて、思ってしまった。
 実際、線の細さでいうと、男だか女だかわからないほどだ。制服を着ているから、わかるけど。

 ……見ているだけなら、害はないんだ。
 害はないなんていうレベルじゃなくて、はっきり言って可愛いと思う。可愛いというよりも、美人だ。だけど、性格は悪い上に子供っぽい。
 別に可愛い女の子じゃないんだから、マルフォイだし、あんまり見たくないけど、外見だけは群を抜いている。それだけは認めるよ。
 口さえ開かなければいいのに。

「まだ?」
 マルフォイの髪の毛を、一房つまんで引っ張っていると、催促の声が上がった。
 ああ、楽しい。
「取れたよ」
 ほっと、息をついたマルフォイは、そのまま僕を睨みつけた。
 全然、怖くない。というよりもむしろ、頭を撫でてあげたいような、上から見た態度になってしまう。

 僕は、笑い声が堪えられない。
 マルフォイが、虫が嫌いだなんて。
 しかも、涙目になるぐらい虫が嫌いだなんて!
 まあ、ロンだって蜘蛛が苦手なんだし、誰にだって苦手なもののひとつぐらいあるだろうから、別にいいんだろうけどね。
 それにしても……。
 僕は、面白くなって大声で笑ってしまう。

「さっさと受け取れ」
 マルフォイは、僕に資料を押し付けた。
「虫をとってくれて、ありがとうは?」
「アリガトウゴザイマシタ! さっさと受け取れ!」

 ああ、楽しい。
 腹が、捩れてしまうぐらい笑ったのは久しぶりだ。明日、きっと腹筋が筋肉痛になっているんじゃないだろうか。


「虫で怖がるなんて、女の子みたいだね」


 
 もちろん悪口なんだから、怒ってくれて僕は満足なんだけど。
 また、マルフォイが固まった。
 僕はざまあみろって思った以外に、別に彼に対しては何にも思わなかった。ただ、自分の気分がいい。

 僕は、気分がよくなって、いつも言われていた分、今日に限っては全部返してしまいたいような、そんな気分。
 人のことを苛めるのは、確かに楽しい。性格が悪かろうと、僕は別にマルフォイに嫌われたって痛くも痒くもない。

 マルフォイが、資料を抱えたまま下を向いた。

 怒っているんだと思うと、気分がいい。
 握った手が、微かに震えている。
 この言葉は有効なんだ。
 ああ、こうやっていたんだ、彼は。
 いつも僕はなるべく関わらないようにマルフォイの嫌味もなるべく無視していたけれど、無視をしていても僕の表情とかの些細な変化で、何が効果的に相手のツボを付くのか、こうやって見てたんだ。確かに腹が立つと、一瞬止まったりするから。
 ありがとう。これからはそうするよ。

 女の子みたいだって言う、嫌味はなかなか君が嫌がるところだったんだね。
 僕だって、栄養不良で体格に関してはかなりコンプレックスの塊なのだけれど、それ以上にマルフォイは華奢だったから。
 きっと、気にしてるって思ってた。


「さっき殴った時だいぶ吹っ飛んだけど、大丈夫だった? そんな細い軟弱な身体で男だって言うのも変だよね。実は女の子だったの、ドラコちゃん?」

 含み笑いをしながら、頭でも撫でてみようと思った時。
「わっ!」

 視界が、遮られた。白い。
 ……いや、資料が。

 ばさばさとかかる。

 マルフォイが、持っていた資料を僕に向かって投げつけたんだ。

 そのことを理解するのと、頬に強い痛みが走って、僕がよろめいて後ろにあった机にぶつかったのが、ほとんど同時。
 
 マルフォイに殴られたんだ。
「ったぁ……」

 その、理解ができた時にマルフォイが僕の襟元を掴んで、もう一発拳を振りかぶったのが見えたから、僕はマルフォイの腹を狙って蹴りを入れた。
 軽く飛んで、マルフォイが床に転がった。
「っくしょぉ……」

 マルフォイはすぐに身体を起こして、僕を睨みつける。目が、血走っている。もう一押しで、泣きそうだ。

 不意打ちだったから、すごい痛かった。
 嫌味の一つでも言い返さないと気がすまない。
 肉体的でも精神的でも、ボロボロになるまでマルフォイを傷つけてやりたいような、そんな感覚。
 だから、本気で腹が立ったんだ。授業中のことを考えるとまあ、どっちもどっちなんだけど、それでも、殴られると本気で腹が立つ。殴られた左頬がじんじんと痛む。

「本当に、軽いんだね、ドラコちゃん」

 僕がいつものマルフォイの真似をして唇の端だけ上げる笑い方を見せると、今度は殴りかかるでもなく、マルフォイ自体が僕に突っ込んできた。殴られるようだったら、もう一度蹴りを入れてみようと思ったのだけれど、いきなり突っ込んでこられたので、対処できなかった。
 机に、がんって頭を打ち付けた。一瞬、目から火花が飛び散ったような気がした。
 肘でぐいぐいと僕の喉を絞めてくるから、もう一度僕は、マルフォイの鳩尾を狙って膝で蹴った。

 マルフォイが、また転がった。
 ちゃんと鳩尾に決まったらしくて、呼吸ができないらしく胸を押さえている。

 怒りで視界が、真っ赤になる。
 このまま、殴り殺してしまうぐらいの勢いで。

 僕は、マルフォイに飛び掛り、胸倉を掴んだ。

 僕達は、そのまま力任せに床に転がって、何度も棚や壁にぶつかった。

 ぐるぐるまわる。

 ただ、ただ、僕は相手が憎らしくて……。


 あんまり正気じゃなくて。







 世界が赤く染まり始めた頃に、ようやく僕達は力尽きて床に転がった。

 体力が尽き果てた感じで、マルフォイを放すと転がった。

 マルフォイも僕が手を放すと、そのまま床に突っ伏して、死んだようにピクリとも動かなくなった。






 そのまま、今に至る。
 
 

 













 すごく久しぶりにパソコンでお話を書きました。
 いつもは携帯で休憩中に書いてます。
 一ページぐらいで何とかなると思ったのですが……文字数8000文字ぐらいに収まると思ったのですが、無駄に長くなりました。


0610