『ドラコ……好きだよ』



 僕も、好き。ハリーが好き。僕はそう言うのが恥ずかしくて、でも伝えきれない想いを抱きしめることで、伝わればいいなって思う。僕が好きだって、僕も好きだって知ってくれたら、もしかしたら喜んでくれるんじゃないかって。
 もし、僕も好きだって言って笑ってくれたら、嬉しい。でも言えないから、代わりに僕もハリーと同じように抱きしめた。

『ドラコ……ドラコ、大好き』

 ポッターの甘い声。
 優しい声。
 だから、僕は……嬉しくなってしまって、もっと、その声を聞いていたいと思っているのに、その声がとても甘いから僕は、ポッターの唇にキスをしてしまった。これでは声が聞こえなくなってしまうのに。

『ドラコ……』

 何度もキスを繰り返して、柔らかくて暖かくて、苦しくなるようなキスを繰り返して……僕はその心地に夢中になって……

「……ドラコ」






「マルフォイ……ねえ、」
「あ……」

「よく寝てたね。疲れているの?」

 ………誰のせいだと思っているんだ。
 そう、言いたい気持ちを押さえつけながら、僕は目を開いた。

 どうやら、また寝入ってしまっていたようだ。
 あれから、本格的に眠りが訪れなくなってしまった。ただ、この部屋はよく眠れる。

 この部屋で寝ると、ポッターの夢を見ることができる。
 ポッターが僕を好きだと言って、僕もそれを素直に喜んでいる、そういう夢を見ることができる。

「何だ、また来たのか?」
 本当は、また、ではなく、まだ、なのに。まだ、来たのか? まだ、僕のところに来てくれたのか?
 久しぶりにこの部屋に現れたポッターに、僕は安堵と恐怖が混じる。いつ、終が来てもおかしくない関係だ。これが最後になるかもしれない。毎回その恐怖に怯えていて、そして、前回が最後でなかったことを喜ぶ。

 まだ、来てくれたんだ。また、来てくれる? まだ、僕を……

 これで、最後。きっと、今回が最後、そう、思うことにしている。待っているだけしかできないんだ、僕は。もう、僕を諦めるんじゃないかと、そう言われてしまうのかと……。

「……マルフォイ、あのさ」

 もし、僕がお前を好きだと言ったら?
 そうしたら、いつでもそばにいてくれる? ずっと僕のそばにいてくれるのか?

 僕の望みは厚顔無恥にも浅ましい。
 言えるはずがない。
 今更、お前が愛しいだなんて……どんな顔をして言えばいいんだ。きっと呆れられる。彼よりも強い想いをずっと向けていたことにきっと呆れられる。

 ああ……それでも、僕が飽きられたのなら同じか。
 でも、きっとこうすることで少しでも長く僕の元に止めて置けたと、そう思う事で満足するしかない。


「マルフォイは、僕が好きじゃないんだよね」

 ポッターは、そう、僕に確認をした。

 念を押すように。


 そう。
 お前が、僕から離れたいのであれば、僕の気持ちなんかを伝えない方がいいんだ。
 もし、もう僕に飽きたのならば、僕の気持ちはただの重荷でしかない。言わないほうがいい。最初から、言っちゃいけなかった。

 それとも、もし今僕が好きだって伝えることで、少しでも僕の気持ちを重荷に感じてくれれば、ポッターは僕から重くて動けなくなるのだろうか。
 そうすれば、あと少しでも、一秒でも長く彼は僕に拘っていてくれるのだろうか。

 離れたくなんか、ないんだ。お前を手放したくない。

「……嫌いだ」

 嫌いだ。
 もう、嫌だ。

 どうすれば良いかなんて、もう考えたくない。

 いつか、そう遠くないうちにポッターは僕からいなくなる。今、これが、だって僕を好きでいてくれるポッターに会えるのが最後かもしれない。

 本当に、嫌いだったら良かった。本当に好きじゃなくて、嫌いでもなくて、何も感じない相手なら良かった。


 お前なんか、いなければ良かったのに。


「マルフォイは、さ」

 ゆっくりと僕の身体を服の上から撫でる……ぞくりと、した。

「でも、こうするのは好きなんだ?」
 抱き締められて、陶酔する。口付けられて溶ける、首筋を撫で上げられて、反応する。
「っ……ん」

 好きなわけない。
 こんな、浅ましい自分を好きになれるはず、ない。好きだって、本当は、好きなのに。僕をずっと見ていて欲しいから、僕をお前になんかあげない。僕が手に入ったらきっとまた別のものを欲しがるんだろう? だったら、僕は絶対にお前のものになんかなりたくない。

「もし、君は僕がいなかったら、誰にこういうことさせるの?」
「……ぁ」
 お前でなければ、服の上から肩に触れられるのすら煩わしい。人は、好きじゃない。
 誰も好きじゃない。

 でも……お前は、ポッターは、特別なんだ。

 僕は今まで望めば何でも手に入ったし、でも欲しいものなんて一つもなかった。
 初めて欲しいと思ったのは、ポッターで……手に入らなかったから、だから、きっと僕の執着はそこから始まったんだ。

 でも、ポッターは僕にくれないって。

 僕の差し出した手を、払われた。

 僕だって、だったら、お前になんて上げない。ずっと、そのまま僕を見ていればいいんだ。僕が、そうであったように……。


 でも、そんな事、言えない。言えるはずがなくて、ポッターがいなくなったらだなんて……そんな仮定を肯定する言葉、彼自身の口から聞きたくない。

 もう、終わるのだろうか。終わってしまうのだろうか。僕が夢の中にいると……覚めてしまうのだろうか。


 いなくならないで。
 僕のそばにいて。

 僕は、それを言えないまま、いつものように、これが最後だと思いながら、ポッターに抱かれる。












 最近、あの女の子とポッターが一緒にいるところをよく見かける。確か、ジルと呼ばれていた。
 柔らかな色の長いストレートで、肌の色の白い子だった。
 僕は彼女を知っていた。
 レイブンクローの、首席。
 グレンジャーが学年首位を譲ることはないが、その下で僕とあと何人かが次位争いをしている。僕もあまり次席を譲らないが、時々、教科によっては負ける。そのうちの一人。

 誰と一緒に居たって、僕が口出しをすることなどできない。
 仲が良さそうに話をしていて、きっと誰の目からも付き合っているように見えるんだろう。僕の目からもそう見える。

 最後だと覚悟して、それでもまだポッターはあの部屋に時々現れる。僕達があの部屋にいる時は、あの場所で触れ合っている時だけは、僕達として存在できるが、他人の目がある場所では、僕と彼になる。

 全くの他人。
 ただの他人である方がまだいい。

 水と油のように、混ざることなどできない、溶け合って同じものになるはずなんかないのだから。
 だから、僕は彼に干渉なんかできない。



 僕は何も言えない。気づかないふりをするので限界だ。何も言えない。









20130903