「……………っ……」




 声が……聞こえた。話し声、というよりも、誰かのすすり泣く声。
 廊下を曲がった場所から。
 このあたりの教室は、あまり使われていないから、誰かがいる方が珍しい。

 こんな場所で話をしている、それだけで、誰かに聞かれたくない内密な話なのだと分かるし、あまり楽しそうな状況でもなさそうだ。

 僕が通行経路を変えなければ、そこにいる誰かに僕を見付けられてしまう場所にいた。
 あちらも僕の存在は気まずいだろうし、僕も一人でこんな場所にいることを詮索されたくはない。
 他人の話に耳を側立てるほどに、僕は他人に対しての興味はない。本当に僕はポッター以外の人間はどうだっていいんだ。世界に彼だけしか居ないとしたら、僕はさぞかし幸福だろう。

 まだ遠いけれど、話し声がする。話し声と、誰かが泣く音……面倒だ。
 僕の存在を気付かれたくはないので、僕は足音を控えるために立ち止まる。

 すすり泣く声が聞こえた。ああ、どうやら修羅場らしい。厄介事はごめんだ。

 多少遠回りになるが………回り道をしようと………。


「だから、ね、ジル。泣かないで」

 ……ポッターの声が………。

 空耳かと、聞き違いだと、そう思った。思いたかった。
 聞き違うはずなんかないことは、僕が一番よくわかってる。僕がポッターの声と他人の声とを聞き違えるはずなんか無いんだ。僕を好きだと言ってくれた声だ。

 一緒にいるのは、誰?
 今の声は……だってポッターだったはず。

「お願いだから、泣かないでよ」
「でも、私は……!」

 ………ポッターの声。と、女の子の声だった。彼女の声には聞き覚えはないが……


 ………ああ、そう言うことか。
 最近、ポッターが来なくなった。

 最近、僕を見なくなった。

 ああ、そう言うことか。
 考えなくてもわかる。

 僕はポッターを僕に繋ぎ止めておく手段などわからない。僕にずっと気持ちを留めておけるほど彼にとって僕は興味や意義のある対象ではない。
 そんな事、わかっていた。

 ポッターと今話しているのが、何で僕じゃないんだ?
 僕は待っていたのに。ずっと待っていたのに、来なかった。
 来てくれなかった。

 なんだ、そういう事か。少し、考えればわかりそうなことじゃないか。なんで僕は今までこの可能性に当たらなかったんだ? もともと、ポッターは僕である必要もない。

 二人が何を話しているか、わからなかった。小さな声だったし、ほとんど女の子が泣いていて、彼がなぐさめるばかりで。

 彼が知らない女の子に優しい声音で話しかけているのが、癪に触った。
 何で、僕以外にそんな優しい声を使うんだ?

 そう言うことだった。

 やっぱり、僕じゃないんだ。僕は男だし、それ以上に………。


 僕とポッターが相容れない対照にある対象だと僕が誰よりも理解している。そんなこと知っている。
 それでも、だからこそ、かもしれないが、僕はポッターに執着しているんだ。他の誰も彼の代わりにはなれない。僕には彼が必要なんだ。


 胸が、苦しい。



 遠退く足音が聞こえなくなるまで、僕は動くこともできなかった。呼吸すら、忘れてしまっていたかもしれない。







20130903