「もう、来ないかと思った」 放課後。 僕は相変わらず、その部屋に行く。 そして彼も、その僕を追ってこの部屋にやって来る。それを知っていて、だからこそ僕は都合のつく限りその部屋に居る。 僕はこの部屋の温度と湿度と凍りついたような透明な色が肌に合っているから、もしポッターが来なかったとしても僕はきっとこの部屋を諦めるような事はないだろう。 たいていは僕が先に来ていて、僕は本を広げたりしている。読むわけではなくて、文字の羅列をただ絵のように眺めている事が多い。その場合の本は、僕が何も考えずに居るための道具のようなものだ。 僕がぼんやりしていると、ほどなく彼がやってきて、僕を後ろから抱き締める。 僕は彼の気配に気付いたふりもしない。触れられても、気付かないふりを継続する。 僕は抵抗しない。 ただ、僕はポッターに気付いていないふりをしている。だから、抵抗しない。 できない、ということをポッターは知らないから、気付かせないようにしている。気付かなくて良い。その方がいい。 「もう、来てくれないかと思った」 抱き締められて、彼の体温に包まれて、耳にその声を入れてもらう、それだけで僕の頭の回転はより緩慢になる。泣きたいくらいに心地好くて、身体を、体重を彼に預けてしまいたくて、僕はそれを悟られないように、身体を強張らせる。 先日、僕はまたポッターの視線を気にしながら、友人と話をしていた。心を開いている振りをしながら、普通の学生が会話をするように、僕は友人と話していた。 ポッターにとっては日常的に見られるその行為も、僕が実行するのは稀だった。友など、いなくて良い。使えるか、使えないかでしか人間を判断しないような性格は、僕の育ちを考えれば妥当性があり、それを厭うわけではない。そう言うものだと思っているだけだ。自分の性格を好きか嫌いかで判断などしない。有益かそうでないかだけでいい。 だから、僕は友人と無駄な話をしている事などあまりなかった。 ポッターが、見ていたから。視線に気付いたから、僕は友人とふざけて笑いあって、肩を抱き合って、顔を近づけた。背後からでも、視線には質量が伴われていたので、僕は気付いていた。 『ねえ、それは僕の気持ちがわかっていて、わざとやってるの?』 この部屋に来たポッターは、初めて僕を抱いた時以上に苛立ちを表していた。 緑の色をしているのに、燃えるようだとその瞳の色を見て思ったことを覚えている。 最近、ポッターが僕に優しいから。強く触れたら壊れてしまうような存在だとでも思っているのだろうか……僕を、まるで空気を閉じ込めるかのように、そっと、抱きしめる。 僕が何も言わなければ、何も言わない。 僕が邪魔だと言えば、僕には触れない。 手を伸ばせば触れるような距離で、たぶん僕をずっと、ただ見ている。 僕は怖かった。 そんな穏やかな感情ではなく、もっと僕を欲しがって欲しかった。 もっと強い感情を僕に向けて、その衝動のまま僕を求めて欲しかった。 足りない。そんなものじゃ、足りない。 好きだと、僕の耳に何度も暗示のように吹き込み、僕に優しくした。その台詞の何倍も、彼の行動が僕を喜ばせ、言葉以上にその感情を裏付けた。 優しく、僕の嫌がることを決してしないと誓った。 優しくするだけ。最近では僕に触れようとすらしなかった。 僕が欲しいのはそんな温い制限などではない。 『大した買い被りだな』 僕は確かに彼の気持ちを理解して、彼の気持ちを把握しているから、彼の視線が在ることを知った上でポッター以外に視線を向けた。向けただけで見ていたわけではないけれど。良く見れば僕の視線に重さなどない事に気付いただろうけれど、ポッターには気付かれなかったようで、僕が意図したままに苛立ちを僕にぶつけた。 彼が、苛立っていたことはわかった。 嫉妬を向ける彼の視線が、僕を快感に誘った。 床に押し付けられ、激しいキスで呼吸を奪われ、服を剥ぎ取られ、ボタンが飛んで、身体中に噛み痕が残った。 僕は、無理矢理犯された。僕が壊れてしまうかと、そう思うくらい。突き上げられて、僕はそのまま彼に刺し殺されてしまうのかと、このままポッターに殺されたい、と。 そんな。 僕が望んだ。 そのレールの上を彼はちゃんと歩いている。僕を捕まえるために。ポッターは優しいから、僕の望んだ通りの事しかしない。僕の望んだものを、欲しいものをくれる。 僕は与えてやらない。 お前はずっと僕を欲しがっていればいいんだ……ずっと僕を。 彼は、僕が指先すら動かせなくなるまで、僕を拘束した。僕を穿ちながら、彼は泣いていた。汗と涙が僕の頬に降ってきた。僕以外見ないで、と、その台詞はどれだけ馬鹿げた内容なのか気付きもしないで、僕に熱くて重くて壊れそうな気持ちを押し付けるようにして、僕と繋がった。 僕はそれが何よりも嬉しかったことを、ともすれば感情が溢れて微笑んでしまいそうになるほど、僕も一緒に泣き出してしまいそうになるほど……僕は嬉しかった。 僕は身体の中にいる彼の存在と圧力に何度も達した。 その後に、彼は泣きながら僕にすがり付いて謝った。どれほど無駄な事なのかも気付かずに、初めて僕を犯した時の様に、ポッターは、僕に許しを得ようとしていた。 僕は、許してなんかやらなかった。初めから、一度だって拒絶など出来た事もない。許す為にはまず、否定しなくてはいけない事を、ポッターは知らない。 知らないままにさせておきたいから、僕は僕は許すふりはしなかった。 「もう、僕と二人きりで会ってくれないかと思った」 後ろから僕を腕の中に包んだ彼の溜め息が、僕の首筋にかかり、僕は熱くなる鼓動を抑える方法を探さなくてはならなくなった。 「この場所を譲る気は無いからな」 その言い訳は、僕にとってとても穏当な言い訳だと思えた。この部屋はとても僕の肌に馴染んでいた。 それ以上に、ポッターの暖かさに包まれる、この位置を僕は誰にも譲る気なんかない。 誰にも渡さない。 この腕は僕のものだ。 「来るなって言わないの?」 「言えば、お前は来なくなるのか?」 そう言ってみて、この場所に彼が来なくなることを想像した。 冷たく硬い部屋は、とても重力が重い。 この部屋を誰も訪れない理由を知っている。空き教室など、このホグワーツにはいくらでもある? 生活圏と遠いから? 知らないから? それらの全ての言い訳めいた評価を凌駕するほどの、価値が存在している。 この部屋は、硬い空気に押し潰されるような錯覚にすらなるだろう。ただ、部屋に独りで居るという事実だけで、孤独に潰されそうになってしまうだろう。そういう、部屋だ、ここは。 僕には耐えられる。 僕が育った家の空気とよく似ていた。 僕は、家を愛しているわけではない。僕はただ、あの家の後継者として生まれた、それだけで、それ以上ではないが。 ただ、この部屋の空気は、僕によく馴染んだ。 ここで僕は彼に抱かれた。 彼の熱い温度を知った。 僕は彼がいなくなったらそれに耐えられるのだろうか。温かさを僕は知ってしまった。この部屋に、彼が居る、その温度を僕は覚えてしまった。 「無理だよ、君がここにいることがわかってるのに」 彼の言葉に、本当はとても安心したことを、僕は緩みそうになる口元を押さえ、下を向く事で隠した。それはどんな僕であっても、僕を諦めないと言うことだろう? 「なら、ここに来るな」 軽く、確認の為に僕はその言葉を選んだ。 「………無理だって」 一瞬だけ、彼の言葉に躊躇いが生じた。息を詰めた音が聞こえた気がしたんだ。 ………また傷つけてしまった。 そのたびに、罪悪感が僕の心に負荷れる。 すまない、お前が苦しいのは辛くて嬉しい。 それでも僕を諦めないで。 彼は後ろから僕を抱き締める腕に力を込めた。肩に感じる彼の頭の重さに頬を寄せたくなった。少し固めの髪は、頬に当たるとくすぐったい。 ポッターが傷つくのも泣くのも、笑うのも喜ぶのも、それは全て僕がいい。 → 101112 |