「ごめん」 初めての時はよく覚えていない。 気が付くと、ポッターの膝の上に頭を乗せて、彼がずっと僕の髪を梳いていた。覚えているのは、そこから。 僕は、終ったのかと、そう思ったところからしか覚えていない。 終ったと、思った。全てが終わり僕の心を曝してしまったのかと、そう思った。 僕は抵抗すらしなかった。できなかった。僕が望んでいた。僕が彼を欲求した。抵抗なんかできるわけない。 好きだと……、僕が彼に向ける気持ちが、彼と同じ質量を持つモノだと、僕が同じように彼を求めているのだと、それに気付かれてしまったのかと、そう、思った。 それは、終わりの始まりだから。彼が僕に飽きるのをただ待つだけ、それだけになってしまう。 だったら何も始まらない方がいい。僕と彼との間に執着だけがあればいい。それが僕たちの一番妥当な関係であり、僕達を正常に機能させるためにはそれ以外ないと思っていた。 暴かれてしまったから。 お前を求めていたことに気が付かれてしまったのかと……。 いつ僕は彼に捨てられるのだろうかと………。 「ごめんね、マルフォイ」 気が付いた僕が聞いたのは、僕の髪を梳きながら、優しい手付きで僕に触れながら、そんな台詞だった。 「……」 何を、謝るんだろう。 僕は、ほとんど抵抗すらしなかった。出来なかった。 彼に溶かされて、理性さえなくした。 混濁した意識の中で覚えているのは、彼に抱き締められて、それが嬉しかったこと。 彼と繋がっていた事実。 繋がっていた場所の感覚。 僕が彼を抱き締めていたこと。 波に拐われて僕がどこかに行ってしまいそうで、僕は助けて欲しくて必死に彼にしがみついていた。 痛みより、それよりも、何度も耳元に囁いてくれた彼の言葉に溺れた僕は、彼に全てを曝してしまった。 「…………」 僕は何かを言おうとした。 言葉なんか見つからなかった。だって、気付かれてしまったのだろう? 僕はもうお前の物になってしまった。あとは、ただ終わるのを待つだけ。 ポッターの心を僕にとどめておくなんて僕にはできないだろう。 僕は彼が欲しがるものを本当は何も持っていない。 本当は僕は何も持って居ないんだ。 僕には何もない。心の中にはただ乾いた空間が広がって、それがお前で満たされたいと願っていた。僕は今まで自分の心の存在すらに気付いていなかった。何かを強く思うことがなかった。 ポッターに視線を向けられて、僕が彼を見た時に僕の心が震えるのを感じた。その時僕は自分の心を自覚した。他の誰でも、誰の視線でも僕の心までは到達しない。浮わついた表層の意識で認識するだけだ。僕が自分を自覚できた。僕が僕として存立するためにはポッターの存在が必要なんだ。 だから、僕にはお前が必要なんだ。 僕はそれを伝えたくて。 それでも僕は……少しでも僕に彼を留めておきたくて。 ぽたり、と僕の頬に水滴が落ちてきた。 ………涙? 僕は頬に落ちてきた濡れた感触に、ようやく彼の顔を見ることができた。 泣いていた。 涙は筋となって頬を伝いまた僕に落ちた。 みっともないくらいに。もう子供じゃないんだ、そんなに泣くなんて………。 可哀想に。 何を泣いているんだ? 「僕のこと嫌いになった?」 そう………言って彼は泣いていた。 その涙が僕に向けられていたことだけはわかった。 気付かれたわけではないのか? お前に服従したことにすら悦楽した僕に気付いたわけではないのか? わからなかった。 もし気が付いているのであれば、こんな台詞ではないはずだから……。 「今までと、同じだ」 今までと同じ。何があっても、僕はお前の価値を変えない。変わることもない。 「そっか。まだ、僕を嫌いなんだ」 お前がそう認識していればいい。嫌いだと、そうお前が僕の気持ちをそう認識している限り、彼は僕を諦めないだろうと、そう確信している。 気付かれていないのであれば……。 「……ああ」 好きだよ。 抱かれていた時に耳に囁かれていた彼の台詞を僕は彼に向けて反芻する。 心の中に甦る声は直に脳裏に響き、僕を恍惚とさせる効果はあった。思い出すだけでも脳が萎縮して身体が麻痺するような、波に飲まれそうになる。 「もっと嫌いになっちゃった?」 彼は僕の髪を梳く手を止めなかった。 それはとても心地が良い。僕に触れている皮膚が僕を安堵させる。 もっと、僕に触れて。 「……これ以上、なるはずがない」 今、僕はきっと彼以上の執着があるのだから。これ以上彼を好きになったら、僕がどうにかなってしまうよ。 僕の気持ちは何も変わっていない。 きっとこれからも変わることはないだろう。 僕が初めて自分から欲した。欲する前に僕は常に与えられた。何かを欲しいと思うことなんかなかった。 手を、伸ばしたかった。 ポッターの頬に触れたかった。涙で濡れている、その頬に。 悲しい顔を、僕に向けていた。僕も切なくなってしまう。心臓に針を突き刺されるような気分だ。とても、辛い。お前にそんな顔をされるのが、とても辛い。 それと同時に。 ポッターの感情が僕によって揺らされているのであれば……。 僕は彼が欲しかった。 ただ、失うことを前提とした幸福を描く恐怖に耐えきれず、僕は手の届く場所にあるこの幸せに、手を伸ばす事すら出来ない。 → 101101 |