「君が僕の以外の誰かに触れているのを、見るのも嫌だ」





 す、と伸ばされた彼の手は、僕の頬に触れた。
 触れるか、触れないか、そんな距離でもその指先が僕に彼の体温を教えていた。

 この指先に、触れたい。もっと、この手を肌で感じてみたい。彼の手に頬を押し付けて、彼の手から彼の心を感じたいけれど……僕はそれをすることができない。僕の願望を少しでも恒常化させるためにできる手段は、僕が僕の心をポッターに見せないようにすることくらいだ。今までと同じように、だから、僕は振舞わなくてはならない。

 僕は自分に自信などない。僕が彼を自分に繋ぎ止めておけるモノなど何も持っていない。唯一の切り札は僕の彼への想いだけなのだから。ポッターはそれを欲しがってる。僕は僕が満足するまでそれを彼に与えるつもりはない。きっと僕は一生満足しない。だから僕は決して思いを伝える事はないだろう。


 もし。

 もし、と思う。

 僕がこの気持ちを伝えれば、彼は喜んでくれるのだろうか。喜んで僕を抱き締めてくれるのだろうか。
 彼が心からの笑顔を僕に向けてくれるのだろうか、その心を僕のものに、僕だけのものにできるのだろうか。

 僕はポッターを手に入れ、僕はポッターのものになる。僕達の気持ちはきっとその時は拮抗しているだろう。
 きっとその時だけは充足するんだ。

 均衡のとれた感情は、きっと安寧を得ることができるだろう。


 でも、その均衡が破られたら? もしポッターが僕以外に目を向けるようになってしまったら?

 ポッターを僕に繋ぎ止めておけるほど存在に力はない。きっとポッターはいつか僕に飽きてしまう。
 ポッターが、長く一緒にいた女の子なんか居なかった。きっと僕を手に入れたら、すぐに僕に飽きてしまうだろう。もともと、僕とポッターは、敵なんだから。


「君が、僕以外の誰かに触れるのが、許せないんだ」

 苦しそうな彼の顔に、思わずつられてしまいそうになる。彼が苦しいと僕も、苦しいだなんてはたしてポッターに想像できるだろうか。

「ただの友人でもか?」
「君の視界に入る僕以外の存在は気に入らない」


 なんて、心地が良いのだろう。
 ポッターが僕に嫉妬するなどと。

 ああ、可哀想に。慰めてあげたい。ポッターの心を軽くしてあげたい。お前が苦しむ姿を見ていると、辛いよ。

 でも、僕は僕のためにお前に僕を与えることができない。したら、それが終わりだ。


 僕ならば、どうする? 僕ならどういう態度に出るだろうと、少し考えた。きっと僕なら飽きれた顔をするか一笑に伏すか。

 どういう僕の態度が、より有効的に作用するのだろう。一瞬の戸惑いの隙に、ポッターは僕の両腕を掴んで、僕を正面に配置し、そして僕の大好きな視線を僕にぶつける。

「許せないって、思った」

 低い声だった。

「何をだ?」

「君が、僕のモノじゃないことが、だよ」











 身体が、熱い。おまえの執着が僕の身体を熱くして、おまえの言葉が僕の身体を溶かす。触れるだけで、おまえの指先が少しでも触れただけで僕は崩れてしまいそう。



 急に。

 急に、ポッターが僕を抱き締めた。



 あまりにも咄嗟の事で、僕は何が起きたのかよく分からなかった。

 今どうなっているのか、僕の理解は遅れた。


 温度と、耳に触れたその息づかいが。

 温かいと感じて、僕が今ポッターの腕の中に居る事を知った。


「……ポッター?」

「ごめん。もう無理だ」



 耳に直接吹き込まれる声を身体中で感じる。こんな小さな囁きを僕の耳が拾える距離に彼が在る。


 ああ。
 僕は今ポッターの雨での中にいる。ポッターの腕に包まれて彼の胸に顔を押し付けられて、そうやって、彼の温度を感じている。

 力が抜ける。

 身体中から僕を重力から支えていた気力が剥がれ落ちていく。


「ごめん……ごめん、マルフォイっ!」


 頬を掴まれ僕は無理矢理上を向かされた。


 ポッターの瞳の色がとても近くに見えた。

 綺麗なエメラルドが僕を映していた。


 僕を見ている…………彼の瞳に僕は囚われている。

 ポッターが僕を見ている……!



 ねえ、僕が溶けてしまうよ。






 視線が交錯したのはほんの一瞬の長い時間だった。


「……んっ」


 ポッターに口付けられた。
 熱い。唇の感触。

 それでもこの前と同じように、ふんわりとしたものではなく、僕の唇を彼の舌は無理に抉じ開けて侵入してきた。滑った生き物のように僕の口の中で暴れる。

 荒々しく、動物的なキス。

 僕は、今までこんなキスをしたことがなかった。僕を好きだと言ってくれた人はいた。女の子とも付き合ってみた。ポッターがそれで僕を気にすれば良いと思った。軽く触れるだけキスは何度かした。気持ち悪くて、鳥肌がたった。僕はすぐに彼女を要らないと思った。どの女の子も同じだった。体温を温もりとして心地良いと思えたことはなく、ただ嫌悪が先に立った。

 ポッターとのキスだけは違った。背骨がぶよぶよとした肉になってしまったように、僕の身体中が柔らかくなってしまう。僕の身体が空気中に緩慢に散布していくように、僕は溶けてしまう。



 ポッターが、僕の歯を舐める。
 歯列を割り開き僕の舌を引きずり出す。絡めて、僕と彼の唾液が一緒になって、混ざりあって、意識までもが混濁するように。

 飲み込み切れなかった唾液が僕の頬を濡らす。ポッターが僕の口に噛みつくようにして、顔中が濡れていく。唾液の味さえも愛しいと感じるほど……。
 呼吸することすら惜しいほど、僕は今彼を感じていたい。


 僕はついに立っていられなくなって、苦しくて、ポッターの背中にしがみついた。しがみついて、ポッターの舌の動きを追いかけた。





 どのくらい、か。

 僕達はどのくらいこうしていたのか。


 ポッターの視線に、長い時間が終わったのだと知った。


「ポッター……」

「ごめん」


 謝るなよ。きっとこれは僕が望んだことなんだ。お前はそれに追従しただけなんだ。僕の気持ちが本当は先行していた。お前はそれをなぞっただけなんだ。僕が、望んだ事なんだ。

 だから、そんなに苦しい顔をしないでくれないか?

 そう。
 この、想いは伝えない。


「ごめん、止まんない」



 その、台詞と下肢に押し付けられた熱に、ポッターの謝罪の意味を知った。



「……っ!」


 口付けられたのは、口ではなかった。



 耳のすぐ下。

 首筋に滑った感触に僕は身をすくませた。









100909