「君に触れたい」 ポッターは僕のお気に入りの場所に度々現れるようになった。ずっと使われていない、人の気配が欠如した空き教室。 いつの間にか、僕だけの場所ではなく、僕と彼との場所になった。気が付いたら、そうなっていた。僕のお気に入りの空間は、僕達の空間になった。 僕はそれを望んでいたんじゃないか? 僕が、きっとそうなるように望んでいた。 僕が立てた筋道通りにポッターが僕へと歩いてきてくれている。僕が望んだままに彼が動く。とても心地好い。 「君が好きなんだ」 ポッターの苦しそうな表情は、僕の心をより縛り上げる。その表情には拘束力がある、お前しか見えなくなるんだ。だから、ポッターがもっと苦しめば、きっと僕はもう他に何も見えなくなってしまうだろう。 「この前みたいに、僕を抱き締めたいとでも? お望みならキスもしてやっていいが?」 吐き捨てるように。嘲笑うように、僕は、望んでいないと、そう言うように。僕はお前なんて好きじゃない。お前が勝手に僕に執着しているだけだ。と、それをポッターが感じてくれればいい。 ポッターが煽られて、もっと僕を望めばいい。 「君が欲しいんだよ、何もかも」 何もかも……。 僕の全てがポッターのモノになれば、どれほど幸せなのだろう。それを、僕が考えなかったといえば嘘になってしまう。考えた。何度も考えた。 もし、僕が僕の心を打ち明け、お前が欲しいと、そう伝えて……僕のすべてを彼に与えることはどれ程の至福か考えも及ばない。 それでも、ポッターは手に入れれば、僕に必要を見い出さなくなるに違いない。きっと、手に入れたら、それで終わる。 終わりなど、要らない。 「欲しいんだ」 蕩けそうな。 顔で。 彼の手が僕の頬に触れた。指先が僕の頬を掠めた。心臓が、跳ねた。体温が直に皮膚に伝わる。その温もりはじわりと身体中に広がっていく。 僕は、今どんな顔をしているのだろうか。 いつものように、ちゃんとした表情をしているだろうか。攻撃性のある眼差しをポッターに向けることができているだろうか。 つられて、しまう。溶け出してしまいそうなんだ、僕が。 気取られてはならない。勘づかれないようにしなくては。同じ顔をしてはならない。同じ心を表層に出してはならない。 僕は既にお前のモノなんだ。そんなことを悟られてはならない。 伝えられない。伝えてやらないのではない。伝えることができないんだ。 僕に飽きるだなんて、そんなのは許さないから。だから。 僕は僕の気持ちをお前に与えてやることができない。 さて。 僕とお前ではどちらの方が辛いのだろうな? 不幸自慢などはする気はないが、伝えることのできない苦しみも、伝えても受け取られないお前と同じように痛いんだよ。 きっと、そんな事気付きもしないポッターの瞳に、僕が写っていた。深い緑色の中に僕が溶ける。僕の身体中の熱が集まる。 ゆっくりと、ポッターの顔が近づいてきた。僕は顔の表情を意識したまま、陶酔に潤むその緑の瞳を見つめていた。 ……ふわりと キスは触れるだけのものだった。 それでも、それは、とても熱かった。 そこが、ポッターが重ねた唇が、僕の感覚の全てとなった。 身体中の感覚が唇に凝縮してしまったかのように……。 何だろう、この気分は。 こんなに軽いキスなのに。 キスは他人と何度かしたこともあったが、それでもこんな………。 ただ、唇が接触しただけだ。皮膚が薄くて感覚が鋭敏な場所ではあるが、それにしても。こんな………。 身体の芯から溶けて行く。とろりと、融解する。 夢見心地のまま。 「マルフォイ、僕はね、君を抱きたいんだよ」 ポッターの言葉に、そのキスが一瞬だったことを知った。 「………なに、を」 狼狽えたのは、演技ではなかった。 もし……。 今のキスで、こんなにも心地が良いのであれば……それは、どんなにか。 ポッターの指先が触れるだけで熱かった。 唇が触れたら、溶かされた。 もし、彼の素肌に触れ、皮膚同士を密着させて、想いと同じように抱き締めたら? 彼の気持ちの強さで僕が抱き締められたら? 胸に耳を宛がいその鼓動を聞くことができたら? そうすれば、どれほどの高揚した気分になるのだろうか。 想像だけでも、昇る。芯に火がついたような気がした。身体中が、熱くなったのを感じた。もし、僕が彼に抱かれたら? そう思って。 「僕は男だぞ」 期待を見透かされないように。それでも、僕には言葉が見つからない。 馬鹿にするなと? そう続ければ良いのだろうか。 僕達は、至近距離で見つめ合う。逸らす事を互いに許可しないような、強い眼差しの応酬。 真摯な緑の瞳に僕の存在が吸い込まれてしまう。 期待していることを悟られてはならない。僕が、彼を求めていることを悟られてはならない。 そうなれば、ポッターは僕を手に入れたと認識してしまうだろ。それは避けるべき事態だ。ポッターがずっと僕を追いかけていればいいのだ。 「君が男だなんて知っているよ、そんな事は」 知っている。そんな事。 そんな事だ、どうせ。ポッターがそのくらいを理解しているだなんて知っている。性別以前に僕達は相容れない関係だった。僕達の繋がりの前では性別という障害には些末になる程、僕達は僕達以前に、僕とポッターとに別れる。僕達は分離しているべきものであって、溶け合う固体ではない。 「………気色悪いな」 ポッターの顔が強張って、瞳の色が凍りつく。凍りついて、その色が冴える。 傷つけた。 それは、わかった。 いい気味だと、そういう表情を浮かべて僕は今笑う所ではあるのだけれど。笑おうとして、それでも顔が動かなかった。表情すら動かせなかった。 今、僕は怖いと。 そう思った。 僕が傷つくのは嫌だった。僕は悲しみに触れたくない。相手を傷つけてでも僕は自己保身のための体勢は万全だった。 けれど。 今ポッターを怒らせたのかもしれない。 それでも。怒らせてしまうだけなら良かった。ポッターの怒りであれ、例えそれがどんな感情であっても彼の心が僕へ向かってさえいればそれで良かった。 本当は僕はそれだけで満足する気でいたんだ。ポッターが僕を見ていればいい。彼が自分の気持ちにすら気付くこともなく、ポッターの片隅に僕の存在を僕が確認できさえすれば良かった。 本当にその感情は何でも良かった、例え憎しみでも侮蔑でも良かった。 ただ、お前の視界に入ってさえいれば、それで良かったのに。 自分の気持ちに気付いたのは、僕とポッターではどちらの方が先なのだろう。ポッターが僕を見る視線に、心地好さを覚えた。それで僕はポッターへの感情が恋と酷似していることを認識した。 嫌われてもいいから、お前の視界に入っていたいだなんて………。 嫌われることの可能性はいくらでもあった。傷つけることで向けられる視線ですら僕は望んでいたから。 傷つけて、嫌われて………それを拒否して僕を見なくなってしまったら? もしポッターが僕に飽きてしまったら………。 どうしようと、思った。 一秒でも長く僕は彼の視線を僕に向けておきたかっただけなんだ。 「ねえ、マルフォイ……」 「………」 「僕を嫌いにならないで」 ………ああ、ポッター。 それは本当は僕が言いたい言葉なんだよ。 → 091027 順番間違えたかと思ってたけど、たぶんあってる。 とおもう。きっとあってる。うん。書いた本人がわからないんだから、きっと間違えてても大丈夫。 |