「マルフォイってさ……変わったね」

 そう、素直な感想を述べると、マルフォイはにこりと音が聞こえそうなほど笑った。


「それは仕方ないだろう? 学生とは、もう違うんだ。ポッターだって、勝ち取る喜びぐらい理解できるだろう?」


 僕はそうやって今の地位を勝ち得た、そう得意げに言うマルフォイを見て、ちょっと惚れ直す。実際、本当に名実ともに地に落ちたマルフォイ家を復興からここまでの地位に確立したマルフォイの手腕は誰がどう見ても、天才的だったし、憧れる。
 学生の頃のマルフォイは、もともとあった自分の地位に鼻をかけてばかりでさ……まあ、これ以上ないくらいに、立派なお家柄でしたし。

 僕だって、学生の頃とはだいぶ変わった自覚あるけど。



 そりゃさ、スピードあげて、ぐんぐん上昇して、キラキラ光るスニッチを掴んだ瞬間の喜びは、それを知ってる奴じゃないと解らないと思うし、その快感が忘れられないから、今僕はクィディッチの選手なんかやってんだろうけど。





 今は、君の心を手に入れたい。掴み取りたい。

 君は、いつだって、僕の中でキラキラしていた。嫌いだって思う分、見てた。好きだって気付いてから、同じだけ見てた。

 けど………。




 君を、本当は手に入れたかったんだって………そんな事、今更。














「で? 片想いの相手は?」

「あー、うん。元気そう」

 今、目の前で楽しそうに笑ってるだなんて言えないよ。多分、元気。
 昔から、肌の色は青白いくらいに白かったから……たぶん、元気なんだと思う。昔から細いし……。



「他には? 何かないのか? つまらん」
 そんな事要求されたってね……。
「だってさ、こんな身分だよ? 何かあったら大変だよ。好きな相手にフラれて、記事にされたりしたら、街を歩いてても皆に後ろ指を指されるんだ」


 ……いや、その前に変態扱いされるのかな? だって、僕が、マルフォイの事好きだなんて……。
 そして僕がマルフォイに告白してフラれたら、同情票はマルフォイに流れて行くんだろう。


「だらしないな。幸いここは、マグルだ。お前の知ってる奴は僕しか居ない」

 少し大きな声で、マルフォイがぐるりと店内を見渡す。
 そりゃさ、だから僕はせっかくの連休をマグルに来たんだ。いつもだったら、こんな事こんな場所で話せないよ。


「でも、それだけだよ。噂で、元気そうだってくらいで、ずっと会ってないし」


「情けない奴だなあ……」

「煩いな。君だって片想いしてたんだろ?」


 僕は、ずっと君を見ていたのに。僕の視線の先の君は、僕以外に向けられていたんだ……君は、僕じゃない誰かを見ていたんだ?


 嫉妬、するけど、その相手に僕は憎しみすら覚えそうだけど、でも、きっと僕にはその資格すらない。
 告白する勇気すらなかった。

 告白して、それが許される状態でもなかった。



「片想いの相手な……」


「僕は話したよ。残念ながらこれ以上話せることはないしね」

 全部じゃないけど。
 ずっと、今だって、目の前で僕に笑いかけてる君が好きだなんて、やっぱり言えないけど。



「……改めて言うとなると、照れるな」


「じゃあ、もう一杯飲みなよ」

 勧めると、マルフォイは笑顔でグラスに半分残っていたウィスキーを煽った。さっきから、お酒も入ってるから、マルフォイの顔は少し赤くなっている。

 そして、グラスを置いて、少し深呼吸する様子を僕は見ていたんだ。こんなところでこんな事をしていても、見るからに王子様だった。





「……学生の頃の僕が、どうだったかお前は覚えて居るだろう?」


「……まあ、ね」


 プライドで塗り固めて、屁理屈って理論武装して……まあ、何で好きになったんだろうって、報われない僕の恋心に後悔の毎日だったよ。諦めたいって思いながら、結局今でも君に恋をしててさ。諦めると思う事すら苦痛になって、どうしようもなくなった。




「僕は、多分、両想いだったんだ……」

「……へえ」

 ……そう、なんだ。

「まあ、相手は態度にすぐ出てたから……」

「……そっか」

「たぶん、両想いだった」



 両想い……か。


 いいな。僕だってさ。

 好きになった女の子もいるし、お付き合いしていた時点では、それなりに夢中になっていたけど、それでもずっとマルフォイが心の何処かに居たんだ。



「でも、相手も僕も、あまり仲が良くなくて……」
「………まあ、マルフォイなら」

 何だかんだ言って、優等生然としていたけど、よく他寮の上級生と喧嘩してたもんな。問題になった回数は、僕の方が遥かに多いけど、喧嘩した回数は、きっと僕と同じくらいなんだ。
 まあ、僕と喧嘩していた回数が一番多いけどさ。

 女の子に対しては、一時は来るもの拒まずの、どこかの教祖みたいなスタンスだったけど、卒業あたりは、マルフォイの回りに誰も居なかった。


「で?」
「だ」
「は?」
「それっきりだ」
「え?」


「それで、終わりだ」

 終わりって……。


 だってマルフォイなら、何だかんだ言って、気ぐらい高くて付き合いにくそうだけど、美人だし、女の子には優しいし、それなりに……。

 でも、人の事、言えないか。
 僕だって、ずっと君の事が好きだったんだ。




「で、マルフォイはそろそろ結婚か」


 今、話題で持ちきりなのが、マルフォイの縁談。


 どこぞの深層のご令嬢。僕だって聞いたことのある名前の家の、純血のお嬢様。

 毎日毎日大見出しで……。

 実は、今回の連休のマグル旅行は、僕の傷心旅行もあったんだ。
 せっかくの連休だし、マルフォイの話題のない場所に行きたかったんだ。どうせ新聞なんて毎日届くし、マルフォイはそれについてノーコメントだから、真偽のほどは確かじゃないけど、でも今までと違って、今回は確かだっていう話だ。
 縁談の進め方とか、結婚の予定日とか、そういう具体的な話まで持ち上がっているし。

 マルフォイのお相手は、5つ年下の深窓のご令嬢。なかなか僕達下々の者達の前には姿を表さないけど、噂では、ブロンドが綺麗な小さな子らしい。






「馬鹿言っちゃいけない。僕があんなオカメを何故パートナーに選ばなければならないんだ」


「……え?」

「自分が記事にされて解らないのか? 七割はデマだ」
「……いや、だってさ」


 いや、だって……今回は、確かに、本当に結婚だって……かなり具体的なことまで書いてあったし。


「確かに、あの家からのプレッシャーには、なかなか苦労させられているが。マルフォイにもそれなりにメリットがある家柄だし」


 なんだ……。

 傷心旅行のつもりだったんだけど、片想い続行か。


 でも、僕はどこかで喜んでいる。


「そうなんだ……」
「ああ。でも、結婚だなんて、お前にそう思われていたのは、若干気に入らないな」

 僕がまだ君を好きでいて良いことに、喜んでいる。……いや、どう足掻いたって、男同士だし、実らないけどさ。マルフォイが、僕がどう足掻いても認めざるをえないような、完璧な美女と結婚しちゃったって、結局ひきずるんだろうけどさ。



「ごめんね」

 謝ってる割には、僕の顔はだらしなく緩んでいるはずだ。


「僕が好きな相手は、僕が認めた相手だ。パートナーに選ぶ基準は家柄だけじゃ足りない」
「……昔と変わったね」

「まあな。立場も時代も変わった」


 立場も変わった。
 僕は、英雄なんかじゃなくなった。僕は僕になれた。
 時代も変わった。
 君も変わった。
 僕も変わった。

 それでも、僕が君に対しての気持ちだけ、ずっと同じなんだ。


「少し、歩かないか?」


 マルフォイが、伝票を持って立ち上がった。












090722