横をちらりと見ると、本当に綺麗な横顔が目に入り、僕の視線に気づいたマルフォイは、にこりと微笑む……から、僕は……俯いてしまう。もったいないから、見てたいんだけどさ。

 学生の頃とはまったく違うマルフォイに戸惑って、それでもやっぱりマルフォイらしいところに戸惑ったりもする。

 学生の頃と同じ、上品で高級そうなマルフォイは、ライトグレーのスーツに、シルバーラインの入った細身のネクタイなんかで、革靴だって、ピカピカで……マグルの服を着てても一目でお金持ちのお坊ちゃんだって解る。
 それに引き換え、僕はTシャツの上からチェックのネルシャツ着て、ヴィンテージのデニムとスニーカー……いや、デニムはそれなりに値の張るものだけど……それにしたってレベルが違うよ、僕とマルフォイとじゃ。

 こんな王子様とどこで食事をすれば良いんだろう。

 並んで歩いているだけで、新聞なんかの写真で見るよりも綺麗なマルフォイは、色んな人から見られて、女の人もだけど、男の人からも。柱で待ち合わせしているらしい、変な帽子被ってた人が、さっきから僕達をずっと見ていた。そりゃ、こんなに綺麗な人、見たくもなるよね。




「どこ行く?」
「すまないが、あまりマグルには詳しくない。どこか適当な場所知ってるか?」
「んー…、どうしよう。何か食べたいものある?」
「トカゲの尻尾をカリカリに焼いた奴」
「……ごめん、無理、それ」



 王子様を連れて行けるような場所は、解らないけど。



 駅近くのレストランに入った。しばらく話して、盛り上がって来たから、夕方から地下のバーに場所を移した。
 王子様を連れて来るような雰囲気じゃなかったけどさ。



 僕は本当は、ずっと君に会いたいって思ってたんだ。
 僕だってマルフォイとの再会は嬉しいから。嬉しいんだ。
 本当は、新聞なんかじゃなくて、こうやって現実のマルフォイともう一度会いたいってずっと思ってた。でも、会える機会も手段もなくて、だからずっと僕の片思いが続いてたんだ。


 君が、ずっと僕を嫌いだったから、本当に僕は嫌われていたから、告白なんか、夢のまた夢だった。告白以前に、笑顔を向けてくれることすら一生ないと思って居たんだよ。


 再会して、確信。やっぱり、好きなんだと思う。

 ……言える、かな。
 ふられるの解ってて、告白する勇気ないけど、でも永い僕のこの想いに終止符を打つのは今しかない! って思うけど……でも、やっぱりまだ一緒に居て、できたら笑いかけて欲しいから。

 だって、もしこれで僕とマルフォイの間に友情なんか芽生えたりしたら、帰ってからも会えたりするんじゃないかって、そんなことを考えたりする。どこまで女々しいんだ僕は。
 でも、久しぶりに再開して……やっぱり好きだった。

 学生の頃は、部屋に戻って布団被って、マルフォイに言われた嫌味を思い出して、腹が立って、何で好きなんだろうどこが好きなんだろうって、悩みに悩みぬいて、次の日顔合わせると、心臓どきどきしてた。
 そりゃ、好きにならなかった方が良かったけどさ。今だってそう思ってるけど。でも、仕方ない。好きになったものはどうしようもないんだ。
 さっきから、親しげに笑ってくれて、その度に心拍数上げてる。





 だから、もう少し、大丈夫? って引き留めたのは僕の方から。それに、マルフォイは、お前にしては良い提案だと、笑った。







「最近は、ポッターは何かあるか? 新聞での情報しか入って来ないから」

 マルフォイのグラスの氷がカラリと音を立てた。

 雑誌や新聞での話は七割の過大評価が含まれているから。マルフォイもよく記事にされていて、僕の動向がどこまで本当なのか真意を測りかねているのだろう。
 実際その通りだし。
 可愛いと思った娘と一度食事に行けば、結婚秒読みになるんだ。
 今の僕の相手は、キャシー? ジャクリーヌ? メリル? 顔も覚えて無いよ。

「別に、何もないよ。練習して、試合して、うちに帰って寝てるだけ」
「いつも浮いた噂だらけじゃないか?」
「君もでしょ?」

 言い返してやると、マルフォイは喉の奥を鳴らすように笑った。思い当たる節は、お互いいくらでもある。僕よりはマルフォイの方がそう言ったネタを提供するのは控えているようだけど。それでも噂好きな魔法使いたちが、あれこれとマルフォイについて詮索するから、僕の知ってる限りでもマルフォイは5回目の婚約をしている。




「マルフォイ……僕は本当は、学生の頃からずっと好きな人居るんだよ」



 僕は、初めて、そんな告白したんだ。親友にだって言った事ないし。
 楽しい思いをしたんだ。
 どうせなら、このままマルフォイと仲良くなって、帰っても時々は会えるような仲になりたいって思っても居るけど……。

 言ってしまって、すっきりしてこれを最後にマルフォイと会わないのも良いかもしれない、とか、そうも思ってる。


 どうせ、いつかは諦めなきゃいけないんだし。もうだいぶ永い事僕は想い続けたんだ。そろそろ終止符を打つ時が来ている……って、思うけど。
 僕に、そんな勇気があればの話。




 地下のバーは、少し薄暗くて、それなりに煩くて、二人きりの秘密の話には最適だった。
 アルコールは、古くから舌の潤滑剤として使われているし。



 本当は君だって言う気なんか無かったけどさ。誰にも言わないまま、すっかり忘れられるまで、秘密にして。死ぬまで秘密にして、そうしようって思ってたけど。

 好きだったんだ。
 僕にだって笑って欲しいって、ずっと思っていたんだ。

 無い物ねだりだったのかな。



 君の笑顔が欲しいって思ってた。絶対に手に入らないって思ってたから、よりいっそう欲しかったんだよ。
 ……なんて。



 一生抱えたまま、いつかマルフォイを忘れられる可愛い子に出会うまで、墓まで持って行く覚悟だった。
 だって、卒業すれば、もう会わなくなれば忘れられるって思ってたのに………どこかの国の王子様のように、記事には最適の華々しい経歴を邁進しているだなんて、卑怯じゃないか?


 僕だってそれなりに、記事にはされてるけどさ。




「へえ、それは興味深いな」
「そう? つまらない話だよ」
「それは僕が判断する。さあ、話せ」
「不公平じゃない? マルフォイにだって何かないの?」
「そうだな。学生の頃に僕が片想いしていた話を代価にしようか?」



「………へ?」

「なんだ、そのアホ面は?」

 言われて、僕はあわてて表情を戻した。
 アホ面って言われたなりの、表情を晒した自覚はある。

 いや、さ。
 僕だってマルフォイが好きな一方で、実らない恋と諦めて、切り替えた部分で女の子との恋愛を楽しんだりしてましたけど。だって、どう足掻いたって嫌われてるの解ってて玉砕するほどの勇気なんか無かったし。

 そんな僕に、負けず劣らず、マルフォイは、昔から王子様で、そりゃ綺麗な物が大好きな女の子はマルフォイに憧れて、一時期なんて、マルフォイの隣にいる女の子が一週間毎に変わってた時期だってあるのに。



「学生の頃、片想いって……」
「僕だって人並みに、好きな相手ぐらい居たんだよ」

「信じられない」
「……君が僕をどういう目で見ていたのか、心底気になるよ」

「いや、欲しい物は、何でも手に入れる我が儘お坊っちゃん」

 に惚れてた僕。は、たいそう頭が悪いって、自分でも自覚あった。


「………」
「あ、うん。時効だよ? 今は違うでしょ? 昔の話だよ」

 とりあえず、マルフォイの表情が強張ったから、言い過ぎたかなって慌てた。


「……まあ、お前にどう思われていたのかなんて解ってたけどな」
 好きだって事、知らないくせに。
「今は、そんな事思ってないよ。新聞で読む限り、君が努力してることなんか解ってるし」

「……まあ、別に僕の認識を改める必要はないか」

 マルフォイは、強張った表情を戻して、今度は挑戦的な笑顔を浮かべる。獲物を狙うような好戦的な視線に、惚れ惚れとしたけど。

「は?」
「欲しい物は、何でも手に入れるって事さ」

 好きだなんて思わなければ、マルフォイは、僕が欲しいものを何でも簡単に手に入れてしまう嫌味で我侭なお坊っちゃんでしかなかった。
 学力だって、家だって、君は何でも持っていた。
 嫉妬と憧れ。

「僕は欲しい物は、手に入れるって決めたんだ」

 そう言って、マルフォイは、僕がずっと欲しかった、笑顔を向けてくれた。
 その口調に、強い意思が含まれていた。


 僕はそんなマルフォイを眩しく感じた。


















090720