17

















 あの日、以降。






 何にもなかった。



 僕は忙しさに忙殺されて、連絡ないけど、嫌な連絡なら聞きたくなかった。突然の訪問も考えたけど、時間も勇気もなかった。

 いや、一度だけ……。


 僕が屋敷に行ったことがあった。重厚な屋敷は、じいさんに呼ばれて来ていた頃は華やいでいたのに、しんと静まり返っていて、鳥の囀ずりすら聞こえてこないような、重く冷えた空気が屋敷を包んでいた。
 呼鈴を鳴らしたけど、誰も出てこなかった。



 僕がどれだけ、ドラコに会いたいって思っても、念じても、祈っても、手紙にしても、ドラコには届かなかった。

 僕は、取り残されたような気分だった。
















「ハリー。お前に客だ」

 いつも通りの練習中。キャプテンが、僕だけを呼び止めたから、僕は中断して、キャプテンに着いていく。

「誰?」

 練習場付属の応接室だって。応接室って言うのだから、いつもの新聞記者とかだろうか。人気集めのために、このチームの顔は僕なんだし、たまには写真くらいって事だろうか。本気で御免被りたい。写真、嫌いなんだよ。別に自分の顔をそんなに嫌ってるわけじゃないし、そこそこいい男だって自負はあるけどさ。

「お前のファンだとよ」

 ファンが、応接室?

「なにそれ?」

 いや、練習中なんだから、門前払いだろう、普通。そのまま暖炉で帰っちゃうし。こんな所まで来るファンって、一体何様?
 よっぽどのやんごとなき御身分で邪険にできなかった、とか?


「オーナー様だよ」

「え?」


 オーナーって事は………じいさん?

 じいさん、だよね。



 良かった、ずっと連絡なかったから、手紙出しても、返って来ないし、ずっと心配してたんだ。
 良かった、ここまで来れるなら元気になったんだ、良かった! とにかく僕は心配していたんだ。会ったら少しぐらい怒っても良いよね。



 僕は、走り出したい気分で、ギリギリ走り出す寸前で、歩調が早くなり、キャプテンの少し前を歩いた。


 良かった!
 じいさん、元気になったんだ!


 キャプテンが、ドアをノックして、扉を開ける。

「失礼します。お待たせしました」



 キャプテンが、一礼して。


 あ……れ?


 扉を開けて………。


 でも、そこにいたのはじいさんじゃなくて。

 黒の柔らかな質感のスーツに身を包んで、細身の身体が余計に強調されていて。



「わざわざ、練習中にご足労すみません」


 落ち着いた……凛と響くアルト。



「………ドラコ……」


 ドラコが、ここにいた。


「ドラコ、何で? じいさんは?」


「ハリーっ! バカ!」

 キャプテンが、肘で僕の脇腹をつついた……と言うか、あばら骨を刺した。痛かったから、だいぶ渾身の力でやられたみたいで、僕はその場に呻き声と共に踞る。

 オーナーに向かって何て口の聞き方だって、そう怒られたのはわかったけど、僕はそれどころじゃなかった。

 痛い……けど。


 だって何で、ドラコ?


 髪が、短くなってる。
 昔みたいに、ぴっちり撫で付けてあるわけじゃないけど、軽く後ろに流した髪型が、大人びて見えたけど。


 見てる方が背筋を正したくなるような美貌は、相変わらずで。
 僕には滅多に微笑まないけど、社交辞令に使うための、柔らかな笑顔だって相変わらずで……。



「紹介が遅れました。僕は、ドラコ・ノーフォート。先代が隠居したので、実質の当主は今は僕です」


 ドラコは、脇腹を抱えて蹲る僕に、華麗な動作で少し屈んで、細く綺麗な手を僕に差し出した。














090425
次で終わりー