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「え? どうしてドラコ? じいさんは?」

 僕が、狼狽えて挙動不審に、何時もの何倍もの速さで瞬きをしている間に、ドラコは、キャプテンを礼儀正しく追い出した後、ジャケットを脱ぎ捨てて、ソファにどかりと腰を下ろした。

 らしくない態度が、機嫌の悪さを物語っていた。


「で? 質問をきいてやろう。何が知りたい?」

 偉そうな態度も相変わらず。偉そうな態度を取りながら、シニカルな笑みを浮かべて……。

 何が知りたいって、何もかもだよ! 当事者じゃないけど、僕だって一応関係者なんだ。


「えっと……じいさんは?」

「隠居だ。ピンピンしてるよ。相変わらずの狸だよ。ただ足腰が弱くなったから、ほとんど車椅子の生活だけどな。毎日お気に入りのカフェに通うのも日課だ。もともと肝臓が弱かったのだけれど、無茶をしなければ、あと十年はピンピンしてるはずだって、医者のお墨付きだ」

「………そう、なんだ」

 じいさんに初めて会った時に言ってた、あのカフェなんだろうか………ブロンドの可愛い子がいるって……。

 じゃあ、じいさんはまだ健在なんだ……。

 良かった……。
 最後に会ったじいさんが、あんまりにも弱々しかったから……てっきり……怖い想像した。それだって、じいさんと僕と友情もあったし、オーナーと、そのチームに所属する選手なんだから、もし万が一の時はお葬式には僕だって呼ばれてるはずだったから……。

 でも、って思って………だから。

 脱力。して、しまって、僕はまた床に座り込んだままだ。良かった。じいさんはまだ元気なんだ。

 とりあえず、それが一番知りたかったことだし。


「座らないのか?」
「いや、いいよ」

 座ってるけど。床に。


「他に質問は?」
「代替わりしたって……」




「ああ。僕が、ノーフォート家の跡継ぎに治まった」

 ドラコは忌々しげに舌打ちした。







「え? じゃあ、マルフォイは?」

 ドラコの顔には、特大の不機嫌が張り付いている。
 けど……。

 ドラコはずっとマルフォイで生きてきて……それに執着することで生きてきたって思えるくらいだったし……。


「マルフォイは捨てた」

 きっぱりと、明瞭な口振りで、ドラコは、ドラコの口から一番あり得ない言葉が吐き出された。

「え………」

 だって……僕が、どれだけマルフォイ棄てて僕の所においでって言ったって、一笑するぐらいにあり得ない事だったのに……。
 ずっと、マルフォイだったから、僕との関係だって邪魔になるぐらいに、ドラコはマルフォイだったから……。



「仕方ないだろう、あの狸ジジイ! 遺言に『息子にノーフォークの全権を委ねる』って」


「息子?」

 息子……って……じいさん、子供なんか居なかったよね?

「ああ。僕がマルフォイを捨てない限り、そして僕がノーフォークの養子に入らない限りは、僕にノーフォークの何も遺されない。僕には多少はかつてのマルフォイの威光だけは残るけど、家も財産も地位も名誉も何もかも、マルフォイであれば、何にも遺さないってことさ」
「……お疲れ様です……」

 何を、僕は、どう言っていいのかなんかわからないから、果たして今の言葉が正しいのかだなんて分からなかったけど。

「しかもだ!」

 ドラコは、乱暴に足を組み直した。
 よっぽど怒ってる時じゃないと、ドラコはこんなに荒っぽい動作はしない。

 こんな時のドラコに、僕はどうしてたっけ?
 最近じゃ、あんまりないけど、最近あんまり感情を表に出すようなことは無かったから……でも学生の頃は、僕はこんな時のドラコにどうしてたっけ。
 いつもは上品な身のこなしなのに、怒るとわざと乱暴な動作をして、あからさまに僕は怒ってますって全身で表現していた。今と同じ。昔と変わらない。

 そんな時、機嫌悪いドラコには、僕は近くで話を聞いてあげてた……。
 ああ、じゃあ、あってるのか。


「えっと……どうしたの?」

 イライラと腕組みして……でも、続きを話したいようだったから、僕は促した。

「息子ってことは、別に僕じゃなくてもいいってことさ。まだ『息子』なんか居ないんだからな! 僕がマルフォイを捨ててノーフォークを名乗らない限りは、誰がお祖父様の養子に入ったって構わないって暗に意味する遺言を発表したんだ!」
「遺言ってまだ生きてるんでしょ?」
「当然だろう? 死んだら誰が書くんだ? 事故や病気で急死しない限り、まだ元気なうちに遺すのが普通だ」
「あ、そう」

 やっぱり、お貴族様の習わしは僕にはよく分からないや。



「………って事は、マルフォイを捨てたの?」

 え?

 ドラコが?


 ドラコはドラコより、むしろマルフォイだったじゃないか、ずっと。

 だから僕はずっとマルフォイに嫉妬してた。だから、喧嘩した。


 それで、だから、別れたんだ。

 僕にはマルフォイが目の上のたんこぶで、ドラコは僕達の仲に、ずっとを保証してくれたことなんて一度も無かった。ドラコの口からはっきり聞いたわけじゃないけど、卒業すれば二度と会わないって……そう言ってる気がしたんだ。でも、きっとそれは嘘じゃなかった。
 僕は執拗にドラコに言葉を求めて、ドラコはそれを拒絶した。態度にだってどうせ現してくれなかったし。

 あの頃の僕達じゃ、やっぱりどうせ別れたのかもしれないけど、でも今でも、こんなに好きなんだ。

 結局僕はドラコを忘れられないし、また再会して、また、僕にはマルフォイって名前が邪魔だった。


 僕がドラコを好きなのと同じくらいの強さで、ドラコはマルフォイが大事だって、知ってたから……だから。
 鉄よりも硬い意志で、ドラコはマルフォイに固執してたから。
 ドラコを存在させているのが、マルフォイしかないって、そのくらいの事はドラコは思っていたのを、僕は知っていた。

 だから。


 びっくりして、声も出ないというか。



「仕方ないじゃないか! 何処の馬の骨とも知れない奴にお祖父様が築き上げた家を渡せるわけがないだろうっ!」
「………」

 えっと………。

「じゃあ……」

 ドラコは、マルフォイじゃなくて?


 だから、ドラコはもう、マルフォイに固執することもなくて?






 ………………。



 …………。


 …。




「どうして! すぐに! 言ってくれなかったんだよ!」


 お貴族様の事情には疎い僕でもようやく頭の中の回線が接続されて、ようやく理解ができた。


 と、同時に頭に来た! 



 僕が、どんだけ心配したって思ってるんだよ!



「手紙だって出したじゃないか! 何通も!」
「仕方ないだろう! どれだけ忙しかったと思ってるんだ! 僕だってマルフォイを棄てるのに散々悩んでたんだし! ノーフォーク家の名前で養子になりたい息子候補の家を断ったり。僕が相続する事になったら、挨拶回りにも行かなきゃならないし! こっちにだって色々事情があったんだ!」
「それだって、じいさんに手紙だって何通も出したんだよ!」



「それは……」


 ドラコが、突然下を向いた。言葉を、詰まらせて……




「お祖父様が全部終わってからにしろって……」


 え?
 じいさんの?

「じいさんが?」


「僕だって、お前に相談しようと思ったさ。お祖父様が回復してご健在だと伝えようと思ったけど……全部終わってから報告しろって」
「何で?」
「………僕の決心が鈍るだろうって……」

「……えっと……」

 それって、どうゆう事なんだろう。


「僕だって、理由は最近教えて貰ったんだ。お祖父様の言いつけは絶対だから従っていたけど。……お前が居たら、僕が意地を張って、マルフォイに固執したり、自棄になって全部棄てて、僕がお前の所に行ったりしないようにって……」


「………」


 狸ジジイめ。
 そりゃさ、僕がドラコにそんな事を相談されたら、全部棄てて僕のところにおいでって、絶対言ってたけどさ。

 ドラコも僕には意地を張って、やっぱりマルフォイを復興させるとか言い張りそうだし。

 お見通しでしたか、じいさん。



「だから……お祖父様はもう隠居なさって、回復なさったけど、無茶はできないから、今までお祖父様が一手に引き受けてた仕事を僕が引き継がなくちゃならなくなって……忙しかったんだ」

 僕に連絡しなかった事を、やっぱりドラコは後ろめたいのか、ちょっと口ごもりながら、僕の目を見ないで言った。

 そりゃ、忙しかったのは本当だろうけどさ。


「……お祖父様が……。どうせ、自分の代で無くなると思ってたんだ。ノーフォークはお前の好きにすれば良いって仰った」

「……そう」




「……僕が、何が言いたいのかわからないのか、ハリー?」


「え?」




「だから、僕がどんな相手を伴侶に選ぼうと、構わないってことさ。どんな相手を選んで、例え跡継ぎが居なくたって構わないって」

「…………えっと」


 それってさ。

「それってもしかして、プロポーズ?」

 そう言うと、ドラコは自分の上着を僕目がけて投げつけた。


 僕は、ドラコのコートの下で、嬉しくてにやける頬の緩みを止められない。
 だって、ドラコが……。



 まだ、多少混乱して、今は夢を見ているのではないかって、どっかしらで思ってた僕の頭は、ドラコの強烈な拳で、戻ってきた。
「いつまで座ってる気だ?」

 呆れたようなドラコの声に、僕はドラコの顔を見た。声と同じように、呆れた顔をしてたけど……、それでも僕の顔を見て、笑った。

「手」
「は?」
「立てない」
「……まったく」

 ドラコが差し出した手を、僕は握った。

 握って……力をこめて引っ張る。



 当然、ドラコはよろけて僕の胸にやって来た。ごめん、立ち上がる気なんてまだ無いんだ。立ち上がっても、まだどこか夢の中に居るようで、さ。

「ハリー! 危ないだろ!?」

 僕の胸の中でわめき散らすドラコを、僕の腕で胸にぎゅうぎゅうに押し付ける。本当のドラコ? これは夢じゃなくて、本当に、今現実なのか、解らなくなってたから。

「ハリー?」

「ドラコ……ドラコ!」


 僕は、ずっと君を手に入れたかったんだ。


「ドラコ!」

 マルフォイじゃなくて、ドラコ、君自身をずっと手に入れたかった。

「………ドラコ」


 何て言って良いのか解らなくて、ただ僕はドラコの名前を呼び続けた。
 でも、きっと、伝わってる。ドラコの手が、僕の背中に回ったから。






「さっさと着替えてこい、お祖父様がお前に会いたがっている」




「うん」







 また、丘の上のあの屋敷は、花が咲いているんだろう。























090503
この話を要約すると『キューピッド@じいさん』

書いて手一番辛かったこと。
じいさんのお名前を適当に付けていた為に、途中違うかもしれない……。