16 僕はとうとう僕の胸で声を上げて、泣き出し始めたドラコを引っ張って、屋敷まで戻ってきた。 あの場所にドラコを置いておけるわけがなかった。まだ練習中だったけど、別にミーティングの予定もなかったし……だからそのまま今日は切り上げて……。 僕がドラコを送っている最中、ドラコは泣き通しだったし、疲れたのか、泣きながら眠ってしまった。 久しぶりの屋敷だった。 最近じいさんと連絡が取れなくなったから、ずっと来てなかった。ちょっと前までは月に一度ぐらいのペースでお邪魔してたのに……半年ぐらいご無沙汰してただけなのに、それなのに、なんか久しぶり。 だったし。 なんか、様子が変わった。気がする。 何だろう。 立派で重厚なお屋敷にも関わらず、ここは明るくてバイオリンの音色が聞こえてきそうな柔らかく軽快な空気が流れていたのに。何か、変だ。何か違う。 空気が、重たい。重たくて止まっているような気がした。 真っ直ぐにドラコが向かった部屋、じいさんの寝室で……じいさんは、ベッドに横になっていた。 「お祖父様、起きたのですか?」 「ああ、戻ったのか。ドラコ」 「申し訳ありません、無断で外出など」 じいさんは、優しくドラコに笑いかけた。 本当に優しい笑顔だった。 本当に、愛しい人に向ける笑顔だった。 でも、弱々しくて。 ドラコは、じいさんのシワシワの骨ばった手をぎゅっと握り締めた。 じいさんの枕元に膝をついて、目線を合わせる。 誰の前にも膝をつかなかったドラコが。学生の頃なんて、ロンに陰で、マルフォイが一番偉いだなんて勘違いしてる、とか陰口叩かれてたのに。僕も否定はしなかったし。そんなドラコが、枕元に膝を突いて、じいさんの手を両手で握り締めてる。 ドラコが、じいさんを大切にしているのを、知ってる。 じいさんも、ドラコが大事なのを知っている。 じいさんの顔が弱々しくこっちを向いて、じいさんの目が僕を見付けた。笑顔は優しいのに、何でこんなに辛くなるんだろう。 「ハリー、そう言えば、サインを貰うのを忘れていたな」 「そんなの……次に試合見に来てくれたら、いくらでもあげるよ」 だから、また僕の試合見に来てよ。じいさんが見に来てくれるなら、絶対勝つよ。知ってる、じいさんが見に来てくれた試合は、僕、負けたことないんだ。少しでもじいさんにカッコいい所、見せたいんだ。 「そうだな……楽しみだ」 また、見に来てくれるんでしょ? 「お祖父様、休まれて下さい。お身体に障ります」 「ドラコ……愛しい子」 じいさんの手がドラコの頬を撫でた。柔らかく。指先から、愛情が溢れていたのが、僕はちゃんと見えた。 「お祖父様」 「お前は、幸せになりなさい」 「お祖父様がいれば、僕は幸せです」 じいさんの手をドラコは上から握って、力を込めた。ドラコの白い細い指がシワシワのじいさんの手を包んでいた。 「お前まで、マルフォイに縛られることはないよ」 「お祖父様……」 「お前は、私にとって、マルフォイであるまえに、ドラコであることを忘れちゃいけない」 「………」 「私も、子供が居ないんだよ」 じいさんが、ドラコに何を言いたいのか、僕には解った。 僕もドラコに何度も伝えたけど、そんな事、ドラコが一番理解しているんだ。だから固執している。 マルフォイなんか、やめちゃいなよ。 「お祖父様……それでも、僕は……」 でも、それが出来ないから、ドラコなんだ。 じいさんが、寝入るまで、ずっとそのままで。 僕は半歩下がった場所で、ドラコとじいさんを、ただ、見てた。ドラコの後姿を見ているだけで、胸が苦しくて動けなかった。 見てることしかできなかった。 じいさんは、いつからこんな風に具合が悪くなってしまったんだろう。僕が最後にあった時は、元気そうだったのに。じいさんは、僕が知っているじいさんじゃなかった。本当に、おじいさんって、雰囲気で、弱々しくて……。 ずっと、ドラコはこの華奢な身体で、じいさんと、じいさんがいなくなる恐怖と、孤独感と一緒にいたのかな。 僕は、何もできなかった。 「ハリー……」 「ドラコ」 気付かなかった。 だって、じいさんが、具合悪いだなんて。 連絡があまり来なくなって、僕だって、ずっと寂しかったし、会いに来たかったし、それでも忙しかったし。飽きられちゃったのかなって、そんな事思ってた自分が情けない。具合悪いなら、言って欲しかった。時間を見つけてお見舞いにも来たかったし。 それで、どうなることでもないけれど。 「……マルフォイの血統は、もともと短命な者が多いんだ」 「……そうなんだ?」 「僕は、また独りになってしまう」 僕がいるよ。 「なあ、ハリー。今日は泊まっていくよな?」 ドラコの華奢な背中が、いっそう小さく見えた。 言葉は違ったけど、それでもちゃんと聞こえた。 『独りにしないで………』 僕が、そばに居てあげる。 → 090419 |