14












「人の部屋に勝手に入るなと言ったつもりだったが……その耳はただの飾りだったようだな」

 扉を開けて僕の存在を確認するなり、ドラコが大仰な溜め息をわざとらしくついた。

 勝手に入ったのは、謝るけどさ。
 でも、どうしても君に会いたかったんだ。
 巻かれていたスカーフはだらしなく首にかけられていて、シャツのボタンは四つ目まで開かれていた。見たくもない痕があったら嫌だから………




 不機嫌なドラコの声。

 を、無視して僕は部屋に入ってきたドラコを抱き締めた。




 ねえ、ドラコ。僕は泣いてしまいそうなんだよ。


 だって………本当に終わりなの?
 あの時…本当に喧嘩したまま、そのままだったから。学生の頃の恋は、終わりなんかなかった。僕としても、終わったつもりだったけど、細く、細くそれでも長く続いていたんだ。ずっと、僕の中ではまだ続いていたんだ。僕の中ではまだ終わりがなかったんだ。
 ようやく今終わりの恐怖に直面したんだ。

 僕からの気持ち、重い?



 僕が要らない?

 僕はまだ君を好きでいていい?
 君はもう僕の事要らないの?

 君に必要とされていない僕は何て寂しいのだろうか。





 だって……。



 気が付いた時は、僕は夢中でドラコにキスをしていた。


 あんな女が触れていいドラコじゃないんだ。
 内臓がぐちゃぐちゃになりそうだったんだ。
 僕のじゃないなら、せめて誰のものにもならないでよ。
 そんな我が儘聞き入れたくないなら、僕をもっと冷たく突き放してよ。

 いつだって……今だって曖昧で。

 冷たい態度で。
 でも、拒絶はしない。


 それでもいいって思っていた。僕はそれでもドラコの近くにいることができるなら、いいって……。
 だって僕達の関係は男女間での結婚とかと違って、お役所にお伺いを立てるわけでも、誰に認められるわけでもないんだ。
 終わりなんかは僕達の気分次第で、そして僕は終わりなんかを望んではいなかった。

 ドラコが僕を要らないって、顔を見たくないって、そう本心から望まない限りは僕はドラコの近くにいたかった。


 だけど……こんなのは、切ないよ。


 なんであんな女にドラコが……。
 僕以外に、笑顔を向けられたくなかったし、僕以外がドラコを触ってほしくもなかった。

 抱き締める腕に力を込めて……君を放せないよ……。




 どのくらいか……。


 ドラコが僕の肩に顔を埋めて、僕はドラコの髪に鼻先を埋めていた。いいにおい。
 ドラコの匂い。
 ドラコはこの香りが好きで、この香りはずっと変わっていない。ほんのりと、甘くて涼しい香り。ドラコによく似合う。

 その香りの中に……。


 バニラのように甘ったるい化粧品の匂いがした。

 さっきの女のものだろうか……。



 ドラコとこのままくっついちゃえばいいのに。全部君は僕の物に……僕の一部になっちゃえばいいのに。



「ハリー………」

「ん?」


 僕は君が好きなんだよ? 知ってるでしょ? やり直そうよ。また喧嘩もしようよ。君とだったらそれすら楽しい。


「もう………やめてくれ」

「………」

 嫌だったら、抵抗してよ。

 僕が邪魔なら僕を殴ってでも僕の腕を振りほどけば良いじゃないか。君には学生の頃何度となく殴られてるんだし。僕だってそうだけどさ。


「お前がいない方がいい」

「僕の事顔をみたくないくらい嫌いになった? 僕の存在は君には鬱陶しい?」

「そうじゃない」
「なら、何で!」

 良いじゃないか。僕がこうやって抱き締めたって。

 君の気持ちがまだ僕に少しでも向いてるなら、こうしていても良いだろう?


 思い切り振られたら、諦めがつくよ、多分。
 もしかしたら立ち直れないかもしれないけどさ。


「やめなよ、あんな女」


 だって、僕の方が君を愛してあげられる自信あるよ? 君を幸せにしてあげられる自信あるよ?

 彼女より、僕の方が君と一瞬にいて幸せになる自信あるよ?


「酷い言い様だな。お前には関係の無いことだろう?」


 関係あるよ。僕が君を好きなんだよ。

「だって彼女は………」



 僕はあの女を知っていた。名前は知らないけど……。


 僕のライバルチームのオーナーのお嬢様。
 派手さと色気を全面的に押し出した外見に伴う噂と事実が有ることを知ってる?
 そのチームの複数の選手と仲が良い。
 その数を着実に増やしている。
 よく言えば遊び人なんだろう。
 そんな人がドラコとなんて……釣り合わないよ。

 彼女とだったら、僕は諦めない。ドラコが幸せになれないよ。


「彼女の噂ぐらいは知っている」

「じゃあ……!」



「ハリー………僕の悲願は告げたはずだ」


「…………」


 知っている。マルフォイの復興でしょ? ドラコがどれほどマルフォイに執着してるかだなんて、僕はわかっている。
 君は僕と付き合っていたって、ドラコである以前にマルフォイであり続けようとしていた。僕はそれが嫌だった。僕はドラコが好きだったんだ。


「マルフォイの復興には、莫大な金と強力なコネが必要なんだ」



 そんなの………。僕にはわからないよ。



「彼女の家柄は、僕が望む相手の中で理想的なんだ」



「やめちゃいなよ」



 僕は、マルフォイが嫌いだった。



 僕のドラコを取り上げようとするから。だから僕はマルフォイが嫌いだったけど………。



 マルフォイは、大嫌いだ。


 無くなったんだ。もう、それは何の役にも立たないんだ!
 やめなよ、やめちゃいなよ! 僕がついていてあげるから!
 マルフォイが有る限り、ドラコは僕のものじゃない、マルフォイのドラコなら、マルフォイなんか大嫌いだ。


「ハリー……お前がいると、僕の決意がぐらつくんだよ」




 僕は……。


 どうしたら、ドラコのためになるのか考えた。
 何をすればドラコが一番喜んでくれるのか考えた。

 僕は、僕と一緒に生きていくことが出来たら、絶対に君を二度と泣かせないって、そう思う。僕が君を世界中で一番幸せにしてあげるから。

 でも、無機質のように硬くて折れないドラコの視線は、僕を見てなかった。



 君の、願いは折れないの?












090413