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 じいさんは、すっかり僕と仲良しだ。そりゃ、ロンとかハーマイオニーとかの、気心知れた旧知の仲ってワケでもないし、それなりに敬意を払ってのお付き合いではありますけど。それでも、僕はじいさんと一緒にいるのが楽しかったし、じいさんも僕をとても気に入ってくれた。
 まあ僕だって伊達に人気選手やってるわけじゃないもんで、あんまり暇人ってなわけじゃないけど、それでもじいさんは僕の倍以上に多忙であんまり時間に都合はつかなかったけど、それでも時々試合を見に来てくれたり、時々僕を夕食に誘ってくれたりした。

 僕もなんとか予定をつけてじいさんの誘いに乗った。

 じいさんとは、クィディッチについての話も楽しかったけど、女の子について話をする方が多かった。
 それがけっこう面白くて勉強になります。




 ドラコは、いつもじいさんの後ろにいた。

 僕の試合を見に来てくれるときも、僕が屋敷に招待されるときも、いつもドラコはじいさんの後ろにいた。

 じいさんの全てにおいて、体調とかスケジュールとか、ドラコが管理してるんだってさ。とっても優秀だろうね。頭はいいんだし。そんなドラコの姿は、ホグワーツに居た時の横柄な姿とはまた違ってるけど、よく似合っていた。




 僕がじいさんと話していると、ドラコはあからさまに嫌な顔をした。じいさんは忙しいんだから、さっさと帰れって言って僕の顔を見るとさっさとどこかに行ってしまうんだ。

 なんか、昔に戻ったみたいだ。僕達が仲良くなるもっと前に、僕達がお互いを嫌いだと思っていた頃。笑顔なんか勿論無かったし、口を開けば棘ばっかだし。


 ぶっちゃけ、凹む。

 ドラコと二人きりになる機会はなかった。だから、僕の事をどう思っているのかとかわからなかったし。

 会う度に思うんだけど、やっぱり僕はドラコの事が好きみたいだ。だってやっぱり、誰よりも綺麗だったし。綺麗だからって言うのは勿論理由の一つでしかないけど、でも、僕はやっぱりドラコが好きなんだ。


 容姿はピカ一だけど、なんていうのかな、その存在感かな。
 すごく清浄な空気がドラコを包んでいる感じなんだ。





 僕はドラコのどこが好きだったんだろう。

 きっかけはあった。

 始めは敵意ばっかりむき出しで、本当に嫌われてると思ってたんだ。まあ実際ドラコは僕を嫌いだと信じていたんだけどね。僕がドラコを嫌いだからドラコは僕を嫌いだったんだ。僕は僕を嫌いな人を好きになれるようなお人好しじゃないから、すごく悪循環をしていただけ。

 顔とか外見はすごく綺麗で、綺麗なものに縁がなかった僕は、ドラコが喋らなければいいのにって、ずっと思っていたけど。



 いつだったかな。
 まだそんなに学年が上じゃなかった頃。




 中庭にドラコがお気に入りのベンチがあったみたいで、そう言えば時々ドラコがそのベンチで本を読んでいる姿を見掛けたことがあったから、まあ実際お気に入りの場所だったんだろう。

 ちょうど木陰になって暖かい陽気だととても気持ちの良い風が吹くんだ。その日は先に僕がそのベンチを陣取ってしまっていたから。




『ポッター、どけよ。そこは僕のお気に入りの場所だ』

 不機嫌を丸出しにした、いつもの上から見下した視線。それほど高くない身長を背筋を伸ばすことで威嚇して高く見せて、ふんぞり返るようにマルフォイは見下ろすように相手の顔を見るのがいつもだった。
 本を読もうと思っていたのか、分厚い薬学の本を小脇に抱えていた。

 僕はいつもながらにうんざりした。

 それはどんな王様の理屈だよ、マルフォイ様。
 だって僕が先に本を読んでいたんだ。別にマルフォイがここにいたなら僕は勿論別の場所を探したよ。
 でも僕が先にここにいたんだから、君がどこかに行くべきじゃないの?

『いやだね。マルフォイの方こそどこかに行けば?』

『そこはいつも僕が座っているんだ。お前こそどっかに行け』

『いつからマルフォイの場所になったんだよ。君のものなら名前をちゃんと書いておけばいいだろ?』

『今度からそうしておく。だからさっさとお前は僕に場所を譲るんだ』

 あんまりにも不条理な理屈を通そうとしていたから、僕は別にこの場所がお気に入りでも何でもなかったんだけど、勉強しようと思って行った図書室が満席で、近々提出のレポートがあったから早く読みたい本もあって、他の場所を探すのも面倒だったし、その時はとにかくマルフォイの言うことを聞いて他の場所に移るのが癪だった。だってなんか負けたみたいじゃん。

 だから僕は四十センチくらい右側にずれてやった。


 場所を譲れって言ったのはそっちだろう? 僕はずれたよ。譲ったよ、座りたければ座れば?
 僕の最大級の嫌味を混ぜた譲歩だった。

 マルフォイにもそれは通じたんだろうね。

 いつもの倍の力で睨まれたから。

 でも、マルフォイは僕の左側にどかっと腰を下ろした。

 すっごく不機嫌そうだった。マルフォイの方もそれが嫌味だったんだろう。だから、わざと僕の隣に腰を下ろしたんだろう。
 ……この空気に負けて、どっちが先に席を立つのかそんなんで、我慢比べだった。


 しばらく、無言だった。話すことなんかないし、口も聞きたくないし、今口を開けば大喧嘩になるくらい険悪な空気だったしさ。


 無言で僕達は隣にいる険悪な空気を理解しながら本を読んでいた。

 はじめはぴりぴりと肌が痛いくらいだったけど……そのうちに、本にも集中しなきゃいけなくて、風も気持ちいいし。


 僕はマルフォイの事なんか忘れて本を読みふけった。マルフォイもきっとそうだったんだろう。いつの間にか僕が感じていた空気に重さがなくなっていたから。


 しばらくして、僕が同じ姿勢で疲れたから本から視線を外して量腕を空に突き上げて血液の循環を促した時にも、じっと本に視線を送っていたから。


 なんか、僕が先に体制を変えようとしたことにいちいち集中力がないとか、何かしらの嫌味を言われるんだろうとかちょっと身構えたんだけど、何もなかった。

 ただじっと本を読んでいた。



 風が吹く度に、淡い色をした少し長い前髪が頬にかかることとか……、ページを捲る細く長い卵形の爪をした指先とか………。


 綺麗なのに。

 何度か思ったけど、マルフォイに美辞麗句を向けるのが悔しかったから考えないようにしていたけど……実際、マルフォイって綺麗だって……。どうせ本に集中して僕の視線なんて気にしてないようだったから、僕は思う存分彼の横顔を見ていた。


 こういう高飛車な人間は、案外おだてれば乗せられて、下手に出ていれば言うこと聞いてくれたりするんじゃないのかな、とか思ったんだ。

 だってマルフォイの周りにいた奴はみんなおべっかばっかで、それで付け上がって天狗になっていて。気分よくしてあげればどっかに行ってくれるんじゃないのだろうか。とか………






『マルフォイってさ、綺麗だよね』


 どうせ言われ慣れてるんだろうと思ったんだ。
 マルフォイに対して誉める場所なんかそのくらいしか思いつかなかったし。



 それでもマルフォイは、僕の声が聞こえていなかったようで、同じように本を読んでいた。













090319