08


















「笑わない子になってしまっていたんだ、私が引き取った時には」

 じいさんが言った。

「笑わないどころか、あまり感情すら出さなくなってしまっていた。私はマルフォイの家が嫌いでな。実際、私には兄がいてマルフォイはマルフォイとして私が居なくても機能していた。私はこのノーフォーク家の一人娘さんとかなり熱烈な恋愛関係にあってな。当時は、ノーフォーク家は生粋の純血の一族で無いことや、領地も狭く、マルフォイとは釣り合わない等の反対もあったけれど、私はマルフォイから逃げ出したかったんだ」

 年寄りの身の上話は長くなるから嫌いなんだけど。


「昔は、よく笑ったんだ。可愛い子でな」


 僕は何だか、僕を透かして思い出を眺めるじいさんの口許ばかりを見ていた。


「マルフォイに縛られることなどないのにな……」


 じいさんは、きっと本当にドラコを大切に思っているんだろう。
 じいさんはマルフォイが嫌いだったらしい。
 逃げ出すことだってできるんだって。
 逃げ出す事だって、一つの英断なんだって。


「マルフォイが無くなって……それから彼がここに来た時は、感情を出さない子になっていてな。笑うどころか、慌てたり怒ったりすることもなかった。一日のうちで喋ることもなかった日が殆どだ」

 学生の頃、僕はドラコが好きだった。ドラコが誰よりも好きで、大事だった。
 でもドラコは、ほとんどがプライドでできていた。僕はマルフォイじゃなくてドラコとお付き合いしているんだって……。
 僕達の喧嘩はほとんどがそれだった。
 あとは僕の浮気……です、ごめんなさい。



 僕達の関係なのに。おうちのこととか、僕は持ち出してほしくなかったし。ドラコはそうやって育ってきちゃったから、対等な関係に慣れてなくて、戸惑ってただけなんだ。
 好きだなんて、ドラコが僕にその口で言ってくれたことなんか、なかった。
 恥ずかしかっただけなんだろうけど、僕ばっかりがドラコを好きみたいで、あんまり気分がよくなかったんだ。
 それで喧嘩ばっか。
 ドラコがちゃんと僕を想ってくれていたことはわかってたんだけどさ。それでも………。

 僕は、マルフォイじゃなくて、ドラコ、君と恋人なんだよ? そう、何度言ったって、どうせあの堅物にわかって貰えなかったんだろうけど。
 でも、だから、僕達は喧嘩した。


「マルフォイとして育って来たんだからな、いきなりそれがなくなったんだ。まだ、ドラコは諦めていないようだが……私がドラコを迎え入れたときは、ただ、ぼんやりとしていた。一年くらいして、私の仕事の管理を手伝ってもらうようになって、ようやく口数が増えてきたんだ」


 ショックだったんだろうな。

 昔からドラコは、僕といる時以外はマルフォイとしての部分しかあまり表に出さないようにしていたから。
 ドラコはドラコとしてよりもマルフォイであるように、いつもしていたから。
 僕はドラコが大好きだったけど。ドラコも僕を好きでいてくれたようだけど。

 それが、あんな別れかたしなくったって、いつか終わるなんか……そんなこと僕だって解っていたよ。






「君の名を出した時だよ」


 急にじいさんの目が僕を映した。

「何が?」


「クィディッチのチームの出資者ではあるけど、私はあまり興味がなかったんだ」

「そうなの?」

「あまり興味がなく、試合などもあまり気にしていなかったが、私の出資しているチームの有名人、君の名を出した時に、ドラコが明らかに動揺してな」

 へえ。

 としか、言えなかった。


 ドラコの中にまだ僕がいるならいいな。彼の心の中の一分の割合でも、僕が占めているならそれは嬉しい事だと思う。

 全部捨てて僕の所においで。なんて軽々しく約束出来ないほどには彼が背負っているものの重さを知っているからね。



「調べさせたら、君とドラコは同じホグワーツで、同じ学年で、クィディッチでもシーカーをしてライバルだったそうじゃないか」

「うん。ドラコはけっこう手強かったよ」

 早かったからね。でもほうきの扱いは負けなかったから。ドラコ相手だって、クィディッチでは負けないし容赦だってしない。


「それで君の事を調べているうちに興味を持ってな……今ではすっかり私が君の大ファンさ」

「ありがとう」

 どんな経緯でも僕のプレイを気に入ってくれるなら嬉しいし。

「ドラコとは、仲が良かったのか?」


「………おじいさんとは、ライバルになるかなあ」




 じいさんは大笑いした。






 次の試合は時間ができたら見に来てくれるって。
















090317