05 二階の端の部屋は、すぐにわかった。 二階は殆んどが客間だったので、使われていないようで扉が固まっていたけど、その部屋の扉だけは、今も使われているようだったから。感覚的なことだけど、すぐにわかった。きっとここにいる。 扉を数度ノックしてみたが、中から反応はなかった。 でも、中から人のいる気配がしたんだ。 怒られるのを承知で、僕は扉を開いた。 「……ドラコ」 「何の用だ?」 低く、冷たい声だった。いるなら返事くらいしてくれてもいいのに。 「その………」 追いかけたはいいけど、僕はドラコに何て言って良いのかとか、まったく考えていなかった。 何を言えば良いのかとか、何がしたいのかとか。 「他人の家の他人の部屋に断りもなく入るだなんで、お前はどれだけ不躾なんだ」 不機嫌そうな声。 やっぱり言われると思ったんだよ……。けっこう僕は彼の性格を把握しているんだ。どういう行動をすればどんな反応が返ってくるか、けっこう詳しくわかっているつもりだ。 部屋はそれほど広くはなかった。 ソファーとテーブルと。 チェストと机と椅子と。 ベッドと、その上に膝を抱えてドラコがいた。 やっぱり……美人だった。 しばらく会わないうちに美貌が増したんじゃないか? 僕達が付き合っていた頃は、僕達はまだ幼くて、彼の表情にもまだ幼さが残っていたけれど。 すっきりとした顎のシャープなラインが、ドラコの冷たそうな美貌を際立たせているようだった。 もともと痩せていたけど、なんか、でもちょっと成人男性にしては痩せすぎだと思う。 「……ドラコ」 何て言えば良いんだろう。 「その………久しぶり」 「ああ、久しぶりだな。それで何の用だ? まさか再会を喜びに来たわけでもないだろう?」 「喜んじゃ駄目かな」 僕は君に会えたことを喜びたいんだけど、駄目かな。本当は、ずっと会いたかっただなんて言うのは、今更かな。会いたかったんだ、僕は。 「何を今更」 ……確かに、今更だよな。 あれから何年経ったんだろう。 あんな別れ方してから僕達には何もなかった。表面上はずっと今まで通りで何にも変わらなかったけど、でも僕達が視線を会わすことはなくなってしまった。 あれから、………今更だけどさ。 「でも、僕はやっぱり君が……」 「ふざけるのも大概にしろ! お前の話なんか聞きたくもない」 強い一喝だった。 「………ごめん」 「さっさと僕の前から失せろ。お前なんか見たくもない」 ………。 今まで色んな女の子とお付き合いをして、こんな風に言われたことは何度かあった。 でもまあ、言われても仕方ないことを僕がしたんだし、そこまで言われて言われてヘラヘラ笑っていられるほど僕は大人じゃなかったし。そのまま終わったけど。 ドラコには、何度も言われた。喧嘩する度に言われた気がする。もっと酷いセリフだってドラコは普通に言ってたし。いや、言われた時は僕が悪かった時ばっかだけど。 でもドラコには食い下がったことはなかった。 ドラコには何て罵られようと、僕はちゃんと謝ったし……顔を見たくないって言われたって離れたいと思った事なんて一度だってなかった。 だって最後の喧嘩は、ドラコが悪いんだ。 「今更昔の話を蒸し返す気じゃないだろうな?」 「……しちゃ、駄目?」 「鬱陶しい」 ………もう、ドラコの中には僕はいないんだろうか。 「だってさ………」 「お前と話すことなんか何もない。さっさと帰ってくれ」 こんな風に言われた時に、僕はどうしてたっけ。 喧嘩すると、ドラコがこうやって僕を遠ざけようとして、それに僕は腹が立って……。 そんなに綺麗になったのに、もしかしてドラコは変わってないのかな。 素直になれない所って、もしかして変わってないのかな。 これが僕の自意識過剰じゃなければいいんだけど。 僕は冷たい態度と冷たい言葉をぶつけるドラコに近づいた。 嫌だったら逃げたっていいんだけど……。 ドラコは僕の方をちらりとも見ようとしないけど、視界の端で僕の動きを確認してるんでしょう、どうせ。 僕はベッドに座るドラコの隣に腰を降ろした。 ドラコは、唇を噛み締めて………僕を見ようともしなかったけど。下を向いて、カーペットの模様を観察しているふりをしているけど、ちゃんと僕を認識しているんだよね。 「……ドラコ」 綺麗。 近くに寄るとますますその存在感に圧倒されるようだよ。 下を向いて……伸びた髪が頬にかかっている。 綺麗な肌。 僕が今までお付き合いした誰よりも一番綺麗。僕はどうやら面食いだったらしくて、みんなにはそう言われてたけど……。だってドラコの方が美人だったよ。って何度も反論したかったんだ。 誰にも言ったことないけどさ。僕達の関係は、誰にも秘密だったんだ。言ったって、どうせ誰も信じてくれない。そんなカンケイだったんだ。 細い肩。 こうやって、こんなに近くにいるのに、逃げないこととか…… 少しは自惚れていい? 僕はドラコを抱き寄せた。 それでもドラコは抵抗すらしなかったんだ。 → 090308 |