03















「さっきは、知らないこととはいえ、失礼致しました」

 あああ、初っぱなからしでかした!
 
 僕はとにかく、慌てて繕うことに専念した。
 やっちまった、て気分だ!失礼の無いようにとキツく厳重に監督から申しつかっていたと言うのに……。

 さっきの対応じゃ、フレンドリー通り越して馴れ馴れしすぎたか? だって知らなかったんだから仕方ないじゃん。

 実は怖い人だったらどうしようか。僕の人となりを試すためにあんな風に……とかだったらどうしよう! マズイ、監督にめちゃくちゃ怒られる!


「おや? 私のことをもう忘れてしまったのかい」
「………いや、そう言いましても……」

 馴れない敬語は舌を噛みそうで嫌だ。


「私はさっきのハリー・ポッターの方が好きだがな」
「………えっと……」
「あんまり気負わずにしていてくれればいい。そう固くなられては、こっちも緊張してしまう」


 笑顔は、本当に人懐っこいものだったから。


「……じゃあ」

 僕も緊張を解いて、だらりと顔から力を抜くと笑顔になる。


「酷いよ、寿命縮んじゃったよ」
「驚かせたかったんだよ。素の君も見てみたかったしな」
「それだってさ……」

 じいさんの悪戯が成功した時のような子供っぽい笑顔が、本当に人懐っこくて印象的だったんだ。

 寿命が縮んだ、本当。冷や汗が大量に背中に流れた。
 まあ、さっきの僕を見られたんだったら、もういいやって気分でもあったから、これで監督に怒られたら怒られたで。


「監督には言わないでくれる?」
「何をだ? 礼儀の正しい好青年だということか?」

 私も堅苦しいのは嫌いなんだ。そう言って、じいさんは豪快に笑っていた。

「それに君の訪問は、私の単なる我が儘で非公式のものだよ」
「それはそうだけどさ。それだって……」
「なに、気にしないででいい。さあお腹が空いただろう。さっきの続きでも話しながらランチを食べよう」











 ……良かった。
 僕はテーブルマナーなんて高尚なものは、一切わからない。
 こんなお屋敷なんだ、何だか分からないような長いテーブルの端と端で、作法を気にしながら音をならさないように慎重に味覚以外の感覚で食事をしなければならないと思っていた。


 じいさんに案内された場所は庭が見えるテラスで、食事は手で食べられるサンドイッチ。

 天気が良い日はここで食べるんだそうだ。




「私の秘書がうるさいのだけどね」
「行儀悪いって?」

 じいさんは笑う。
 ああ、良かった。
 じいさんで良かった。


 じいさんとのお喋りは本当に楽しかった。

 僕のファンだと言っていたのも嘘じゃないようで、僕のしでかした誰も気付かなかったような試合中のミスを指摘されたりした。チームのスポンサーなんだ、勝ち負けは直接の利益にも繋がるよね。ごめんなさい、精進致します。このじいさんの為にも頑張らなきゃって気分だよ。
 頭も良いみたいで、戦術、戦略、なんか色々勉強になります。ファンってよかすでにマニアの域だ。金持ちの道楽を越えていた。

 クィディッチの事じゃなくても、面白かった。何を話しても引き出しが多いのか、僕がどんな話をしても、じいさんは楽しそうに返してくれた。


「今日は何時頃に帰るのか?」
「明日が試合だから、早めに帰らないと」
「なんだ、残念。このままディナーでも御馳走したかったのだがな。今日は仕事をしたい気分ではないから、客人がいれば私の秘書も怒鳴り込んでは来ないだろう」


 さっきから会話の端々に秘書が矢鱈と出てくる。
 マネージャーみたいなものかな。僕もウエイト管理や体調維持にうるさいマネージャーがチームにいるけど。

「秘書って?」
「ああ、私の体調管理から仕事面でのサポートまで、全て世話になっている」
「……その人怖いの?」
「いや。今私の求愛中の人だよ。機嫌を損ねたくない」

 じいさんは朗らかな顔つきで、さらりと言ってくれた。

「なんだ。のろけ?」

 じいさんは嬉しそうに笑った。顔がくしゃっと崩れて、何だか優しい顔つきになる。
 ああ、その人のこと思い出してるんだろうなと思うような顔だった。いいな。


「どんな人なの」

 秘書……のイメージは、女性だったら美人。キツメの性格と顔で、眼鏡のイメージだ。なんか、ちゃんと仕事が出来そうな雰囲気を持った人なのだろう。

「とにかく綺麗な子でなあ。お人形さんみたいなんだよ」

 どんな感じなんだろう。
 イメージが沸かないな。お人形さんみたいって、可愛いのか……。

「へえ。可愛い?」
「可愛いさ、そりゃ」
「いいね。何歳なの?」
「君と同じだよ」

 えっと……。

 ………愛に年齢やら時間やらは必要ありませんが、それにしたって……離れすぎじゃない? じいさんはどう見たって僕の親世代の親世代にしか見えない。おじいさんの年だ。僕と同じぐらいの年齢の孫がいたって不思議じゃないぐらい。

 いや、愛には年齢は……とは思うけどなかなか難しいんじゃないだろうか。
 だって、僕が爺さんと同じ年齢のご婦人をそういう対象で見られるかと訊かれたら、イエスだなんて絶対に答えられない。まあ、男女の差はあるけどさ。でも、それにしたって……。













「……私には子供がいないんだよ」







 突然。



「そうなんだ」


 ちょっと、空気が沈んだ。


「本当は、親戚の家の子で、家をなくしてしまってな。今は私の秘書と言うことにしてあるが、本当は私の跡目を継いで欲しいんだ」



「………そうなんだ」


 へえ、そういう求愛中なんだ。びっくりした。さすがに僕の年の子に恋愛中だったら、じいさんの趣味が少しアブノーマルなのかと思ってしまうところだった。



「幼い頃はよく笑ったのに、家がなくなってしまってからは、感情を出さなくなってしまった」


 うん。
 何て言えば良いのかな。慰める場面なんだろうか、それにしたって僕の語彙力じゃなんて言っていいのか片鱗すら思い浮かばない。


「本当にいい子なんだよ」
「そうなんだ?」
「昔はクィディッチをしていたそうだ。君と仲良くしてくれると良いんだが……」



「………」



 そうなんだ、本題はそれなんですか?

 僕と話したりして、秘書さん兼跡継ぎ候補の機嫌をとって欲しいってことですか。


「可愛いならいいよ」

 他ならぬじいさんの頼みだ。
 何でもしてやろう。
 可愛いならもっと最高だよ。
 じいさんは、好きだ。今日始めて会ったばっかりだけど、それでも今までの時間に何度、お腹の底から笑ったことだろう。信頼を寄せるのに足る人間だと素直に思った。


「それは折り紙つきだ。とにかく綺麗な子でなあ。まあ性格はちょっとキツい所もあるが」
「へえ」


 だったら問題ないよ。キツい性格なら、最高にキツい人とお付き合いしたこともありますから大丈夫です。あの人以上にキツい人なんかいないだろう。恋人だろうが何だろうが、正しいと思ったことはずけずけ言ってくる。実際、ただの嫌味を言われるよりも、はるかに正しい事の方が堪えた。


 っていうか、……いや、ちょっとなんか違和感。


 跡継ぎとして、子供として求愛中っていうと、僕の求める大切なある一点の境界線をウヤムヤにしている。

「あのさ、その人ってさ……」


 僕が今後オーナー様の命令としてお仕事として仲良くなる人か、それとも今後僕が個人的に仲良くなりたい人かはその一点に大きく関わってくる。


 言っとくけど、僕はいちいち野郎と仲良くする気なんかないんだからね! 僕が求めているのは可愛い女の子! 学生時代の恋愛の想い出すら吹っ飛ばしてくれるような可愛い女の子! なんだからね。

 まあ、野郎だって、じいさんが好きな人だったらそれなりにいい奴なんだろうけど、でもせっかくだったら女の子の方が……




 その時、ノックがした。





「御来客中に申し訳ありません、取り急ぎの用がございましたので……」










 声は凛と澄んだアルト。






 記憶しているより、少し低くなった。





 ああ………。







「………ハリー!」



 そこには、僕が忘れたくても忘れられず夢にまで登場してくれる、僕が学生時代にとても大好きだった、もう想い出の中でしか会えないと思っていた、あの時の僕の恋人だった人がいた。



「ドラコ!」

















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