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「ハリー・ポッターじゃないか!」





 呼び止められたのは僕が堅苦しいローブを着て丘の上の邸宅へ足を運んでる最中だった。

 少し早くついてしまったので、その辺をふらふらと散歩する。本日のデートプランはあちらのおうちでランチを一緒にとって、楽しくお喋りだ。気が重い。
 目指す場所は迷うほどもなく明白。丘の上にあるあの大豪邸のことだろう。ここからだって見えるんだ、どんだけ大きな家なのだろう。行きたくない気持ちがより僕がこの町を徘徊させる原因となる。

 まあ、いい町だったし。天気も良いし。知らない町を見るのは、なかなか楽しい。まあ、こんなことが無ければわざわざ趣味になるほどの事でもないけれど。

 そんなつまらない理由でふらふらとしていたら、見ず知らずのご老人から大きな声をかけられた。
 僕の顔が世間に知れ渡っていることは、有名税として魔法界に来た頃から徴収されているので、道を歩いていて声をかけられる事はしばしばだから今更気にしない。

 なので、別に驚かない。

「コンニチハ」

 ファンサービスのための笑顔だって慣れたものだ。

「ハリー・ポッターともあろう者がこんな所で何をやっているんだね」

 頭を真っ白にしたご老人が人好きのする顔で、両手を大袈裟に広げながら僕に近づいてきた。

「ちょっとご飯を食べに来たんだよ」

 さりげなくジイサンは僕に手を差し出したので、僕はじいさんのしわしわの手をがっちり握ったら、じいさんは思った以上の力で僕の手を握り返してきた。しわしわ手は思ったよりも干からびてなくて暖かかった。


「いやあ、こんな所でハリー・ポッターと会うなんて、今日はついてる!」

 気分が良さそうにじいさんが僕の手を両手で握り締めてぶんぶん振るから、ちょっと痛いんだけど、でも好意を向けられるのは、まあ悪い気がしない。

「私は君の大ファンなんだよ! いつも活躍を楽しみにしている!」
「ありがとう。おじいさんは何してたの?」
「私はこの先の喫茶店でお茶をするのが日課でね。可愛らしいウエイトレスがいるんだよ」
「へえ。楽しそうだね。どんな子?」

 暇だったし。急いでいたわけじゃないし、別にお昼頃に行けばいいわけだし、じいさんは僕の手を握ったまま離そうとしないし、行きたくないし、面倒だし、怖そうな人がオーナー様だったら嫌だし、機嫌を損ねないように気を使うのも面倒だし、貴族ってどうにもプライドばっかで気難しい気がするし、考えるだけで胃が重たいし、なんかこのままじいさんと暫くは立ち話なんかに興じてやろうかという気分。

「綺麗なプラチナの髪で、淡い色の瞳の愛想のいい娘でなあ。つい通ってしまうんだよ」

 じいさんは照れもせずに、爽快な笑顔でのろけて下さった。
 お盛んなことで。


 それにしても、プラチナブロンドで淡い色の瞳………今日の夢の昔お付き合いをしていた人もそんな綺麗な色合いだったなあと。愛想はよくないどころか、そんな文字は存在していないような人だったけど。でも好きだったんだよな。

 じいさんの瞳も透明度が高くて、昔の恋人と瞳の色は似ていた。
「へえ、いいね。今度紹介してよ」

 もう本当、可愛い子を誰でもいいから紹介してください。嫌になるよ、本当に。どう頑張ってもよりを戻す手段すらないから、諦めるしかないし、まあそれが妥当なんだけどね。

「おや、ハリー・ポッターともなると女性はいくらでもいるんじゃないか?」
「その辺は普通だよ。好きな人はいたって想いが通じるとは限らないもんだよ」


 ……好きだった。
 まだ、思い出す。
 だからきっとまだ好きなんだと思う。胸が締め付けられるような激しい思いではないけど、でもなんとなく。切ない気持ちにはなる。どうにもできないんだけど。

「なんだ、好きな人がいるのか」
「まあね」


「最近は浮いた噂が聞こえないと思ったら恋煩い中だったとは」


 浮いた噂とは、三文記事に書かれる僕の醜聞のあれやこれやの事だろう。あんなのを信じるなんて…真実を針小棒大に言ってるだけだ…三割は嘘なのに……三割ぐらいは。


「そんなんじゃないよ。なんか初めて付き合った人のこと思い出しちゃってさ」

 本当ならこんな話を見ず知らずのじいさんにお話しするようなことじゃないのはわかってるんだけど、なんか話したい気分。どこで噂が広まるかわかったもんじゃないから、プライベートなんか最近は話したことなんかなかったから。

「そうか。それは良い事だな」
「よくないよ、悲恋なんだよ」
「恋は素晴らしいだろう?」
「まあね」

 確かに恋をすると薔薇色になる世界を知ってるから、恋は素晴らしいよまったく。今はちょっと疲れてるけどさ。

「おじいさんは、そのウエイトレスの子が好きなんだ?」

「いいや。私は目下求愛中の人がいてな。なかなか手強い」
「へえ。やるじゃん」

 可愛い特定の女の子を愛でつつ、好きな人がいるとは、なかなかの好色家のようだ。

「私もな、若い頃は中々の美丈夫で、色々と噂を立てたものでな」
「現役なんでしょ?」

 まあ、じいさんって年齢だけど、腰も曲がってないし、頭は白いけど、ハゲじゃないし、顔には深いシワが刻まれているけど、若いころは美形だったんだろうと想像に安い。

「まあな。あの手強い美人をなんとかモノにしたいと頑張っているところだ」

 気持ち良くなるほどに爽快な笑い方だった。

 今だってなかなか格好良いじいさんだった。

「ハリー、どうかな、この後一緒に食事でも」
「あー、うん。そうしたいのは山々なんだけどさ。監督命令でご飯を食べに行かなきゃいけなくてさあ……」

 ああ、気が重い。
 このじいさんは面白いから、じいさんと一緒に食事をする方が何倍も楽しそうだ。


「そうか。まあ気負わずにいればいい!」
「そう簡単な話じゃないんだよね…」

 お貴族様か。どんな気難しい人なんでしょうか。やだなあ。



「ああ、こんな時間だ。そろそろ行かなくちゃ」
「この町は不案内だろう? 途中まで案内をしてやろうか?」
「いや、場所はわかるから大丈夫だよ」

 わかるっていうか、見えているし。あの丘の上にあるでっかい豪邸だ。

 楽しいお喋りも出来たし、僕を好きだと言ってくれる人は好きだし、うん、機嫌が良くなった!

「ではまたの機会があればな」


 僕はじいさんと機嫌よく別れた。


















 通された部屋のコーディネートは華美というよりも重厚だった。毛足の長い絨毯に足が埋まる。ドッシリとしたアンティーク調のローテーブルの上に、スノーホワイトのティーセット、赤い紅茶が湯気を立てていた。

 居心地が悪い。

 屋敷は豪邸だった。
 見えていたというのに、丘の上に辿り着くまでに、予想以上の時間を費やした。
 着いたら着いたで、でっかい門構えにびびる。僕の頭上遥か上までが門だ。どうやって開けるんだろう。飾りのついた鉄格子の門は、僕みたいな平民を拒んでいた。
 どうしようかと戸惑っていたら、門がひとりでに開いたので、お客様として認識された事がわかったから、敷地内にようやく足を踏み入れた。

 手入れの施された庭……というか庭園を通って遥か先の屋敷にようやく辿り着いたほど、オーナー様はお金持ちのようです。
 玄関も開いていて、黒い服を着て白いエプロンを身につけたいかにもメイド然とした人が僕をこの部屋まで案内してくれた。

 この部屋に通されてから、どのくらい経ったんだろう。もう何十分も待った気がするけど、時計を見ると五分しか針は動いていない。

 あー、このまま帰りたい。こういう雰囲気は嫌いなんだ。手がじっとりと汗ばんできていた。
 待たされるならもうちょいさっきのじいさんとお喋りしてたかったよ。

 不思議なじいさんだったな。

 飄々とした感じ。
 すぐに打ち解けて、つい何でも話したくなっちゃうような、相談とかしたら色々助けてくれそうな包容力とか力強さも感じた。
 きっと立派な人なんだろうな。
 そう言えば、着ていた服もグレーのツイードのジャケットにウールのベージュのスラックスでアーガイルのベストとかラフな格好だったけど、なかなか身なりの良さそうな服を着ていた。

 さっきの人みたいに気さくな人がオーナー様だといいんだけど。







「やあ、待たせたね」

 突然、背後で声が聞こえたので、僕は慌て立ち上がった。



「お招きに預かりまして………あ…」

 扉を開けて立っていたのは、間違いなくさっきのじいさんだった。


「さっきの……」


 じいさんは、悪戯が成功したときのような無邪気な笑顔で僕に手を差し出した。

「セルシオ・ノーフォークだ。ようこそ、我が家に、ハリー・ポッター」


















090306



あぶねーっ!
このファイルは「19−02」なんですが、9と0打ち間違えて「10−02」で保存してた。
暗黙に上書き寸前だった。
しかも間違ったままアップロードしてた。
暗黙の2話目が「10−2」になってたから、上書きされずに済んだ。暗黙の2話目がこの世から消失するところだった……ドキドキだ。
あぶねー。