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「色っぽいね」



 気が付いた時には、マルフォイに話しかけていた。リズじゃなくてマルフォイなんだってわかってるけどさ。
 マルフォイは、まさか僕がここにいるだなんて、気が付かなかったようで、僕の方を見て、すごく驚いた顔をしていた。隠れていたし、夕焼けでちかちかして世界が見にくいし、マルフォイは何か考え事していたみたいだから、気が付かなかったのかもしれないけどさ。

「何だ? 英雄殿」


 口調は、僕の予想通りに、期待以上にマルフォイの声だった。

 気が付かれていなかったのなら、僕の存在に気が付くまで見ていればよかった。せっかくなら、マルフォイが飽きて帰るまで見ていれば良かった。
 勿体無い事をした。
 マルフォイは喋らせなきゃ、リズなんだ。

 見ていればよかったよ。声なんかかけるべきじゃなかった。


 って思ったけど。
 髪の毛を下ろして、僕の出現にまだ驚いて、いるのか、マルフォイの顔はいつもよりも刺がなくて。

 また、見惚れてた。

 リズとおんなじ顔。
 僕が大好きな人。

 一目惚れした僕は、間違いじゃなかった。
 今だってマルフォイだって思っても、すごくドキドキしてる。
 マルフォイじゃなかったら、男だって知っていても、マルフォイだって……綺麗だって、僕は思っている。


「………綺麗だね」

 だから、それを伝えた。

 好きなんだ。
 僕が、一目惚れした人なんだ。
 天使なんじゃないかって、大袈裟かもしれないけど、でもそう思ったんだ。



「そうだろう。ここはこの夕日を見るのに絶好のポイントなんだ」

 マルフォイは、少し、笑顔を作った。マルフォイが僕に向けるいつもの尊大で高圧的な、皮肉的な笑顔じゃなくて、もっと……。

 心臓が、跳ねた。

 リズの笑顔と、同じだった。リズが、僕に見せてくれた笑顔と同じだったんだ。
 本人なんだし。同じ表情をするだなんて当たり前なんだけど。でも……マルフォイが僕にそんな顔をしたの、一度だってない。


 すごく、ドキドキした。びっくりした。
 リズが、じゃなくて、マルフォイが僕に微笑んだのが、僕には衝撃的過ぎて……。マルフォイは僕には絶対に微笑まない生き物だって信じてた、僕の価値観が根底から覆された気分だ。

 いつも、ムカつく奴だと思ってたから。
 マルフォイだから、綺麗だなんて言葉を使いたくなかったけど。
 笑ってくれた。
 僕に笑ってくれたんだ!








「君がだよ、マルフォイ」





 君が、綺麗なんだよ。君は自分の事を鏡で見たことあるのかい?

「本当に、綺麗」


 さらさらに揺れる細い銀髪も、長い睫毛も、整った顔立ちも、本当に綺麗で……まるで、リズがそこにいるような、その時とまったくおんなじ心臓の早さで、僕はマルフォイを見つめていた。

 マルフォイに、気持ちが向かうのを、僕は押さえきれなくて……。



 さらさらと流れるマルフォイの髪に触れた。
 リズの髪の毛と同じ手触りだった。


 どうしよう。

 マルフォイだってわかってるのに……。
 だって、これはマルフォイなのに……。


 マルフォイの髪の毛はさらりとしていて、まるで水を掴むような感触だった。
 触れているだけで、指先が気持ちいい。


 何で、マルフォイだったんだろう。何でリズじゃなかったんだろう。
 せめて、リズが誰かの変装だったとしても、なんでマルフォイで、他の誰かじゃなかったんだろう。

 せめて、男だって、他の誰かだった方がまだ、良かった。
 だってマルフォイじゃ………。




「何で、君だったの?」

 せめて、君じゃなければ良かったのに。君じゃなければ、誰だって、抱き締めて、キスをして、どうやっても、僕のものにしたかったのに。

 だってマルフォイじゃ……。

 でもマルフォイでも……目が離せないよ。一目惚れだったんだ。一目見て、好きになったんだ。一目見て、綺麗だと思って、君が笑ってくれた時に、僕達の空間に満開の花畑が降ってきたように思った。
 気付かないの、当たり前だよ。僕はマルフォイの笑顔なんか見たことないんだから。


「では訊くが、何故お前は僕だったんだ?」

 君じゃなかった。少なくとも、僕が好きだと思った人は。

 君の事を知らなかったからさ。
 だってこれはマルフォイなんだ。って思ったけど。君を見つめるだけで、僕が溶けてしまいそうなんだ。

 マルフォイのはずなのに、いつも僕を見る、不敵な表情じゃなくて、棘が抜けて、本当に柔らかい笑顔を僕に向けてた。
 もし、マルフォイが初めっから僕にこの笑顔を向けてくれていたら、僕はもしかしたら最初からマルフォイが好きだったのかもしれない。

 綺麗な、顔。
 僕に向けて、少し、瞳が潤んで揺れていた。

 リズと、同じ人なんだって、今でも半信半疑の部分があるけど、それでも、リズとマルフォイが同一人物だって、わかってるけど。


「キス、してもいい?」

 確かめ、たいんだ。

 リズとキスをしたら、世界が溶けた。
 この世にこんなに気持ちいいことがあるだなんて、僕は知らなかったってくらい。
 僕だって、女の子とキスしたことぐらいあるけど、そんなんじゃなくて……もっと…もっと、このまま空も飛べるって思えちゃうぐらい。


 リズと、マルフォイが同じ人なら、同じくらい気持ちが良いのかな。
 僕はリズが好きだから、リズにキスをしたから、気持ち良かったんだ。マルフォイにキスをしたって気持ち良いはずなんかないんだ。マルフォイは大嫌いだから。

 だから、もしそうだったら、君がマルフォイだって信じるよ。リズじゃなくて君がマルフォイだってさ。


 マルフォイだってわかったら、もう、これで終わりなんだ。

 だって、それしかないでしょう?


 僕は、マルフォイの頬に手をかける。見た目は陶器みたいにひんやりしてそうなのに、実際は、やっぱり体温があって……僕の手よりは少し低い温度だけど。

 マルフォイが、僕を見てた。




 さっき、マルフォイが自分で触ってた唇。
 ここと僕はキスをした。
 身体中が溶けて行くような快感と、血液が沸騰するような興奮とが、いっしょくたになった。

 この唇にキスをして、もしまた同じだったら……?

 そんなはず、ないんだ。マルフォイを好きになれるはずがないんだ。だから、リズの時みたいな興奮はないはずだ。
 マルフォイが、カツラかぶってちょっと声を変えて、優しい声音使った喋り方で僕をからかって遊んでたのがマルフォイなんだって、さすがにわかった。
 その事実は理解してるんだけど。

 マルフォイを僕が好きになるわけがないんだ。だから、リズを好きになったのは、間違いだったって。







 だから僕は………確かめたくて。

 マルフォイの唇に親指で触れる。
 柔らかくて、しっとりとして、触れるだけで崩れちゃいそうなんだ。

 マルフォイの瞳が、潤んで、僕を見ていた。


「ねえ、マルフォイ……」

 もう一度……確かめ、たいんだ。













090213