「僕に触れるな」

 鋭い口調と、手を弾かれる音に、僕は少したじろいだ。マルフォイだって解ってるのに……マルフォイだったら、あたりまえなのに……それでも、拒絶は強くて、痛かった。

「ブロンドのロングヘアの女の子が好きなら他を当たれ。悪いがお前と馴れ合うつもりなんてない」

 マルフォイなんだから、この反応は当たり前なんだ。
 ちょっと考えれば予想内の出来事だったし。マルフォイが、僕とキスするはずなんかは無いんだから。触る事だって無い相手なんだから。





 でも、さ。マルフォイ、キスは好きでしょ?

 リズは、僕とキスをした時、とろけた表情を浮かべていたんだ。あれが演技だなんて思えなかったから、僕は騙されたんだ。その顔を見ただけで、全身の熱が集中した。あんな表情、演技のはずない。本当に、気持ち良さそうな顔してたよね?

「マルフォイ……」


 顔を近づけても、マルフォイは逃げ出さなかった。嫌なら逃げたって良いんだし。

 僕は嫌がらせのつもりじゃなくて、ただ確かめたいだけなんだよ。
 あの、キス。リズとのキスは格別だった。世界が溶けて行くような、世界に自分とリズしか居なくなってしまったような、そんな至福。
 気持ちが良くて、くらくらしたんだ。リズ以外の人がいなくなっても良いって思ったんだ。そのくらい。


 顔を、近づけて……、そういえば眼鏡が邪魔だったことを思い出した。
 ふわふわと夢見心地で、顔をくっつけたくてもできなくて、その鬱陶しさが、現実感を伴わせて、何か、邪魔だった。





「僕、眼鏡あるのとないのでは、どっちが好き?」

 まあ僕と言えばこの眼鏡なんだし、眼鏡は顔の一部であるらしいので……でも君が、キスの時に邪魔だったかなあ、って思ったんだ。
 今からするなら、外した方がいい?


 マルフォイは、横を向いた。少し、頬が膨れていた。夕焼けで、よくわかんないけど、顔、赤くなってない?
 そんな表情がマルフォイのくせに、可愛かった。リズと同じ顔なんだから、可愛いのは当たり前なんだけどさ。


 その、頬にすらキスをしたい。
 君にその衝動を伝えたいんだけど、いい? 僕が、どれだけリズを好きだったか、伝えたいんだけど、いい?

 眼鏡を外して、僕はもう準備万端なんだけど。


 世界は霞むけど、この距離なら、君の顔ぐらいはしっかり見えるんだ。

 マルフォイが、僕を見た。
 視線に、甘い質量があった。





 マルフォイの腕を、掴んで、引き寄せる。

 逃がしたくなかった。

 マルフォイだって、リズじゃないって解ってるのに………今、僕の心臓は、激しく鼓動していた。





































「ハリー、まだ寝ないのかい?」
「あ、ごめん。すぐ明かり消すよ」

 今、何時なんだろう。

 僕は、何時間ここでこんなことやってんだろう。


 まだ、ドキドキしてる。
 なんかドキドキしすぎて眠れないから、明日の予習でもしようかと教科書広げたけど、まだ一ページも捲ってないし、一行も読んでないまま、僕は机に向かって頭を抱えている。







 リズと、キスをした。

 だって僕はリズがマルフォイだなんて知らなかったんだ。
 僕はリズが大好きだったから……今だって好きだし……だから、あんなに気持ち良かったんだって。

 そう、思ったんだ。

 マルフォイは大嫌いだから……。
 キスなんかしてもきっと何にもないはずだ。
 むしろ、嫌な気分になるだろうって。

 だってマルフォイなんだし。

 あんな風になるわけないって。

 思ってたんだ。


 だからマルフォイにキスしたって、ただの接触で、さっさと記憶から消却してしまおうって思うに違いなかったんだ。だから、あんな事した。





 マルフォイにキスをした。
 マルフォイとキスをした。


 あの、マルフォイにっ!


 マルフォイの腕を掴んで引き寄せて。

 唇を重ねた。
 リズにキスしたら、ちょっと触れただけで、全身の血液が熱くなったんだ。

 マルフォイには、キスじゃなくてよかった。転んだ拍子にぶつかったぐらいの接触で良かったんだ。マルフォイとは、キスするつもりじゃなくて、接触でしかないって……、きっとそんな事思うに違いないって。

 マルフォイとキスしたって別に気持ち良くなるはずなんかないんだから。




 それでも。マルフォイのくせに、唇は柔らかくて。

 触れたら、火がついた。身体の中のどこかに着火点があって、導火線について、脳味噌に到達して、爆発するんだろうな。

 わけわかんなくなった。
 気持ち良くて。

 リズと、同じだった。
 もしかしたら、それ以上。
 そんな事あるはずないんだ。マルフォイとのキスが気持ちいいだなんて、おかしい。僕はマルフォイが嫌いなんだから。


 でも、実際、僕がどの女の子としたキスより………。
 びっくりして、僕はマルフォイの顔を見た時に……心臓が、止まるかと思った。





 マルフォイは、泣いてた。
 マルフォイのわざとらしい涙を見たことはあったけど……、マルフォイに何度も泣かせたいって思うことはあったけど……泣いてくれたら、気分はすっきりするんだけど。


 マルフォイは、泣いてた。



 嫌がって座り込んでしまったマルフォイを追って、僕も膝をついていたけど。キスをしたのだって、無理矢理だったし。

 涙が、頬を伝ってた。

 いつの間にか、あんなに赤かった陽は沈んで、暗くなってたけど、こんな近い距離、マルフォイの顔はよく見えた。


 前に、リズにキスした時と同じ表情で、前と同じように恍惚とした顔で、ぼんやり僕を見ていたけど。

 マルフォイの頬に伝う幾筋もの涙は、前と同じじゃなかった。



 綺麗だなって。おもった。それと。


 痛かった。
 心臓のあたり。

 ズキズキとして。

 何だろう。

 マルフォイが泣けばいいって、悔しがれば良いって、思ってた。思ってるはずだったし。


 マルフォイの涙が……

 僕が、泣かせた。

 心臓のあたりが。痛くなった。
 どうしたら、泣き止んでくれるんだろう。笑ってよ。
 どうしたの?

 僕、が、泣かせたんだ。


 ざまあみろだなんて思わなかった。どうしようって思った。

 ……泣かせたんだ。

 泣くほどに、僕が嫌だったのかな。
 そんなに、嫌われてるんだ。

 リズのふりしてた時は、僕に二回もキスされて、その時は泣いてなかったよね。
 それとも、僕が気付かなかったけど、泣いてたの?
 ごめん。

 そんなに、僕が嫌なの?
 泣かないでよ。って……思った。
 でも、僕が泣かせたなら、どうやって慰めればいい? 僕が嫌なんだよね? 僕はこんなに君が好きなのに。




 どうしようって。
 ひどいよ。
 僕には酷いことして、君は泣くんだ。

 僕の気持ちはさんざ遊んでも良いって思ってるくせに、君はそうやって泣くんだね……。



 僕は……抱き締めて、頭を撫でてあげたくなった。優しく抱き締めてあげたいって思った。

 でも、僕が、嫌なんだよね?






 それでも、君のその顔は?

 キスは嫌いじゃないの?

 僕達の唾液で濡れた唇が艶めいて、うっすらと吐息が漏れている。涙で濡れた睫毛は、少し震えていた。
 溶け出してしまいそうな、淡い色彩の瞳が、僕を映していた。
 じっと、すがるように僕を見ていた。


 気付いて、ないのかな?

 さっきキスしてる時、君は僕の服を握り締めてたんだ。

 キスが? 好きなの?


 僕を嫌いなのに?





「ハリー、明日は朝練があるんだろ?」
「あ、ごめん。もう寝るから」






 机の上にただ広がる教科書を、僕は閉じた。
 マルフォイが何を思っているかだなんて、どこにも書いてなかった。





 キスは好きなの?


 僕は嫌いなのに?



























 結局朝まで一睡もできなかった。布団の中で、仰向けでもうつ伏せでも丸くなっても、カーテンの隙間が白くなってきても、僕は眠りに落ちる感覚を思い出せずに、とうとう朝が来た。
 僕の心の中がこんなにぐちゃぐちゃになってるのに、勝手に明日は今日になってる。いつも通りに顔を洗って着替えて、朝練があって。

 朝食。
 否が応でも、顔を会わせるから………。

 どうしようかって。思った。

 きっとマルフォイは、僕の事が嫌いだから、今までと同じように僕がマルフォイを嫌いで、マルフォイが僕を嫌いで。出来る限り無視して、それでも嫌悪が勝った時に喧嘩するような、今までと同じ環境に戻りたいんだって思った、きっとそうなんだ。
 マルフォイが僕を嫌いなのは確かなんだから。

 それでもキスは好きなんでしょ?
 キスをした後の、マルフォイの表情は……その、僕を見つめていた表情は、恍惚で……。本当に嫌だったら、マルフォイだって男なんだし、そりゃ僕の方が力は強いと思うけど、それでも本当に嫌だったら、抵抗するでしょ?

 僕が嫌いなら、キスが好きなんだ?


 マルフォイが僕を嫌いなんだ……んな事は知ってたよ、ずっと前から!


 僕は?




 僕はどうなんだろう。

 リズに一目惚れした。
 なんて可愛い女の子なんだろうって思った。

 あんなに素敵な女の子は見たことがなかった。綺麗だし、笑うと華が咲いたように可愛いし、凛としていて。
 

 マルフォイだったから。
 マルフォイは、嫌いなはずなんだ。だから確かめた。
 リズとキスをしたら、気持ち良かったんだ。


 マルフォイとキスをしたら、気持ち良かったんだ。

 同じくらい気持ち良かったんだ。だってマルフォイなのに。

 嫌いなはずなのに。

 僕は、今だってマルフォイの事で、頭が一杯なんだ。

 何で昨日、マルフォイが泣き止むまで、そばに居なかったんだろうとか、あの後抱き締めてあげたかったとか……そんな事ばかり考えていたんだ。

 マルフォイだってわかっても、僕はリズを想うのと同じ気持ちで、君の事を考えていたんだ。







 結論。





 僕は……マルフォイが好きなんだ。好きになったのはリズだったけど、マルフォイじゃなかったけど……でも、忘れられないなら、同じだよ。



 僕は好きなんだ。マルフォイが。


 笑って欲しいんだ、僕に笑顔を向けてくれない? 僕のモノになっちゃいなよ、何でもするから、君のして欲しいことならなんでもしてあげるよ、僕の力の及ぶ限り、僕は君の願いを叶えてあげるから。

 そう。

 マルフォイの涙を見て思った。
 リズに向けるのとと同じ気持ちだった。


 だから……嫌いにならないでよ。






 大広間で、明るい髪の色を見た。

 マルフォイ。


 今までは、見つけたら、まずは視界に入れないように気をつけてたんだけど……。


 どんな顔で合えばいいのかわからなかったし、今までと同じように、存在してることにわざと気付いてないフリをする事が、最良の選択なのだろう。
 大嫌いなライバルとしての関係が、僕達には一番落ち着いた関係だったんだ。


 でもさ、でも、その関係を崩したの、僕にだって責任あるけど、君もでしょ? 僕だけのせいじゃないよね?

 だって、僕は気づいてしまった。

 君が好きなんだって、気づいた。ずっと、一番嫌いだった。
 でも、好きだったからさ。同じくらいの強い気持ちで好きだって、言える。

 もう、遅いよ。


 昨日、本当は諦めようって思ったんだ。昨日、夜通し起きてて、ずっと考えてても、何にも結論なんか出なかった。結局何にも解らなかった。


 でも、一つだけ。

 リズが君なら、僕は君を好きなんだ。


 忘れられないんだよ、そこに大好きな人がいるんだ。



 君を、見て、今、結論、出たよ。





 大きく深呼吸。


「マルフォイ、お早う!」


 僕は、いつものごとくデカブツを引き連れているマルフォイに近付いて、当たり前のように、僕が友達に挨拶するように、気軽に。




 ……勇気が、必要だった。
 いや、うん。今まで、マルフォイに声をかけるのに、こんなに大変だなんて思ったことないよ。



 マルフォイの目の下に、僕と同じようにパンダみたいに大きな隈が出来てる。腫れぼったい目。
 昨日……あんまり寝てないのかな。
 ねえ、それってさ、僕の事、考えてたの? 僕みたいに一晩色々悩んでくれたのかな?
 ずっと、僕の事を考えてくれてたの?




 結論。



 僕は君を諦めないよ。
 だって、嫌いが好きに変わっただけじゃないか。ずっと君の事見てたのは同じだよ。

 君に僕を好きになってもらうまで、僕は君を諦めないよ!



 さて。


 どうやって、君に好きになって貰おうかな。





















とりあえず、リバーシブルは、ハリーが好きだって気付くまで。
こっからプランて話に続いていく予定です。
が、プラン……すごく、頑張って設定を立ててみたのですが……まとまんねえ……し、長い。一気に書いちゃおうと思ったのに、無理だったからとりあえず、ここまでー。で、7000ヒットでリクエスト有難う御座いました!
まだ書いてもいません。
が、いつか書きたい!

絶対楽しいよね!?
ドラコに好きになってもらうために、あの手この手で頑張るハリーって!!



090302