6 「どうやったら、僕は今死ねるんだろう」 珍しく、マルフォイから僕に話しかけてきた。この一年間では、初めての事かも知れない。 それが、この質問だ。 「だったら、知ってる事を話してよ」 それ以外、選択の余地はないんだ。マルフォイが喋った情報を魔法省に流せばそれだけで終わるんだ。君は自由なんだ。 「僕は何も知らない」 彼の顔には微笑みすら浮かんでいた。裏があるのだと、確信できるような笑顔だった。マルフォイは中核にあった。あの頃、彼は実家に何度か帰省していた。何かを見ているはずなんだ。僕は彼の言葉を疑っている。何かを、知っているはずなんだ。何故、喋ろうとしないのか、それだけがわからない。すべての証拠がそれを肯定している。 「死にたいの?」 死なせなくないのは、僕の方。 「それでもいい」 そんな事、言わないでよ。僕と一緒にいて欲しいんだ。そんな事は言えない。僕が彼に対して保てる唯一のプライドで、彼もそんな僕を望んでいる。 「何で?」 だから、死にたいなんて、言わないでよ。 「僕に、価値がない」 マルフォイは、嬉しそうに笑った。 「あるよ」 その顔は卑怯だよ。僕が君の望みをすべて叶えてあげたくなってしまうんだ。 「僕が何もできない事を見て君が嘲笑うことができるからか?」 君が望む僕は、君を好きじゃない。自分の自己満足のためだけで君を気紛れに助けた。そんな僕が君の望む僕なんだ。 「そうだよ」 君が知らない僕は、君を失いたくなくて足掻いて空回りしているだけなんだ。 「……死んだ方がマシだ」 懐かしいね、その台詞。昔、僕に何かで同情されそうになった時に言ったよね。 「そう。ごめん」 ごめんね。君が僕を好きならば、何にも問題は無いのにね。好きになってよ。僕の事を見て。優しくしてあげてるでしょう? 「なあ、もういいだろ?」 マルフォイの目が、僕を誘う。蠱惑的な笑顔は、僕の気持ちを見透かされているようで、怖いんだ。 「まだだよ」 まだ、駄目。 ぎりぎりまで、一緒に居てよ。 僕は、マルフォイの唇に、唇を重ねる。 僕は先日、僕は魔法省に行った。 何も喋らないつもりなのは……その決意が固く、僕では崩せないのは解ってた。僕が聞き出すのは、もう無理そうなんだ。少しでも、彼の罪が軽くなればいい。死なないでくれれば、僕が何としてでも助けてあげるから。 マルフォイは、何も知らないようだ。自白剤を用いても、何も喋らなかった。マルフォイは、何も知らない、だから殺しても意味がないんだ。闇の陣営の中核にいた息子だったとしても、彼は子供だったから、何も知らされていないんだ。与していたとしても、彼の立場ではどうしようもないことだったんだ。今更、彼は何もできないよ。殺す必要なんかはないんだ。彼は危険分子ではない。だから、殺す必要なんかはないんだ。 情でも移ったか? と訊かれたから、僕は否定もしなかった。 彼を殺さないで。僕から取り上げないで。 1年経ったら彼は呼び出されて、判決が下る。 あと、数日。 1年前と同じように死刑か、僕の交渉が成功していれば、終身刑か……。せめて、投獄されるだけならば、僕がすぐに助けてあげるから。 ………彼が持つ情報を全て話せば、彼は無罪になるのに。 マルフォイが何かを、知っているのは、解っている。 1年目が近づいてくる……判決の日が。 「死にたいなら、あと少しの辛抱なんじゃない?」 気怠げな目蓋を少しだけ持ち上げて、マルフォイは僕の腕から抜け出した。さっき僕が付けた跡が、喉元に見えた。 「今、ここがいいんだ」 抜け出したマルフォイを、再び僕の腕の中に戻す。まだ体力は回復していないので、無理はさせられないけど。でも、あと少しでこの身体は僕の手の届かない所に行ってしまう。そう思うと、少しでも離したくないんだ。もっと密着していたい。 「どうして?」 今、ここで死ぬのと、どう違うんだろう。僕から離れていくことには変わりがないのに。 「………」 マルフォイは、僕の手を導いて、自分の首に持って行く。僕の両手はマルフォイの首に回った。彼は、その上から、力を込めた。僕は、彼が何を求めているのか解ったから、少しだけ、少しずつ、彼の細い首を圧迫した。マルフォイは、嬉しそうに笑ったけど。殺してなんかあげないよ。 「君は、断ることだってできたんだ」 死にたいのであれば、一年間の猶予など必要ないと言えば、彼はあの判決の通りにそのまま死刑にされたんだ。死にたいのであればあのまま死ぬ事だってできたはずだ。それなのに、僕の所へ来た。僕を選んだのは、君だ。それなのに、どうしてまた死のうとしたの? 「僕は、幸せになりたかっただけなんだ」 僕が手の力を緩めると、マルフォイはとても機嫌の悪そうな顔をする。また、少しずつ力を入れてあげたら、マルフォイはまた僕に笑顔をくれた。 「……幸せ?」 だったら、知っていることを、全て話せば、君は解放されるんだ。 「だから。もういいんだ、ポッター」 マルフォイの笑顔は、とても完成度が高かった。 「君が、命乞いをして、持っている情報を全て話せば、君は助かるんだ」 そうすれば良いんじゃないの? そうしなよ。それがいいよ。そうしてよ。 「………僕は、なにも知らない」 ……嘘だとわかった。彼が何を知っているのかは知らないけれど、シニカルな笑顔には、彼が言葉に出来ない何かがあった。 「恋で人は死ねると思わないか?」 学生の頃と同じ質問。あれ以来、僕は彼を見るようになった。 「僕は、それで生きていたいと思う」 僕が、学生の頃に答えた答えだ。でも、結局は同じ意味だったと解る。僕のこの気持ちは彼の言葉を強く理解できたんだ。 でも……君を、失いたくない。 だから一緒に行きようよ。 君を手に入れたわけじゃないけど、君がいなくなったら、僕は……。君が好きだ。伝えないから。ずっとここにいて。僕の隣に居て。僕は君の存在によって生きていたい。 抱き締める事で彼に気持ちが伝われば良いのに。触れることで、僕の気持ちが彼の心に作用すれば良いのに。 君に、気持ちは伝えたくない。それが僕と君との絆において、僕と彼とを対等だと示せる唯一の条件なんだ。 死なないでよ。ずっと僕と一緒にいよう。 一年間じゃ、全然、足りない。 → 081217 どうしよう、最終話、変えようかなー。 |