1「幸せになりたかっただけなんだ」(最終巻は無かった方向で)









「ただいま」



 僕は、家に帰った。


「ただいま、マルフォイ」






 僕が帰って来たことは、彼は気付いているのはわかっているんだ。部屋は、大して広いわけでもないし。一人、一部屋。あとダイニング。声が届かない範囲なんて無い。

 彼は、いつもダイニングにいた。椅子に座って、暗くなってからもただ窓の外を見ていた。

 それでも、マルフォイは何の反応もしなかった。
 こちらを振り返ることすらなかった。

 窓辺の椅子に座り、ただぼんやりと外を見ていた。


 もう、十一ヶ月、この生活が続いている。

















 マルフォイは、死刑が決まっていた。


 彼の持っていた情報を喋らなかったから。それだけで。もし、彼の持っている情報のすべてを喋れば、それだけでマルフォイはすべての刑から免れる事が出来たのに、それでも彼は、何も喋らなかった。

 プライドだろうか……そんなもの、何の役にも立たないのに。死喰い人に一度でも属した者は、今この世界では何の人権もない。無罪にするくらいなら、殺した方が魔法省には妥当な判断であり、他にも何人もそうやって死んでいった。同情など誰にもされずに、死んでいく。
 ただ、情報を、仲間だった者を売ることができた者だけが、罪を免れた。

 マルフォイは、父親が中核に居たから。それだけで、情報を持っていると判断された。情報を喋れば、無罪にできる。マルフォイは僕と同じ未成年だったし。


 僕の立ち話は、それなりに優遇されているから。どうやら、世界を救った英雄らしいから。

 少しだけなら、我が儘が言えた。


『一年間、時間を貰えれば、僕がその情報を聞き出して見せるよ。別に、殺してしまう必要が無いのなら、試してみる価値はあるんじゃない?』

 僕は、頑張ったと思う。だって必死だったんだ。そんな御託を並べることも出来るくらいに僕の立場は上がっていた。そんなのは何の役にも立たないので、早く死刑にしてしまえばいいという反対の声を押しのけて僕は押し切った。



 一年間の猶予。

 一年間だけ、僕が彼の命を救った。


 彼は何も知らないのかもしれない。それならば、殺されてしまう。生かして置く必然性は、今の世界に見い出せないから。彼の家の地位ももはや失墜し、効力は負の効果だけ。

 本当は何かを知っていて、何らかの理由で喋れないのかもしれない。結局、それでも同じだ。


『一年間のうちに何かを思い出す可能性があるのなら、一年間、ハリー・ポッターの監視で暮らせ。だが、その可能性が無いのであれば、すぐに刑は執行される』

 マルフォイは、一年間の猶予期間を選んだ。



 同情からじゃ、ない。僕は、マルフォイに死んで欲しくなかったんだ。


 あと、一ヶ月。

 僕の予定では、僕達は仲良くなって、マルフォイも、情報を話して、無罪になっている頃なんだ。

「マルフォイ、話があるんだ」


「………」

 マルフォイは、ようやく、僕の方を向いた。

 相変わらず、彼の顔は青白く、僕と同じように赤い血が流れているのか不思議になるような、無機質な肌。

 僕の方を向いたけれど、僕を見ることはなかった。
 伏せられた長い睫毛にも、淡い光が含む。

「何かを思い出した?」
「……僕は、何も知らない」

 そう言って、マルフォイは薄く微笑んだ。



 毎日の日課。

 彼が僕の家で暮らし始めた頃から、僕は毎日この質問を彼に投げ掛ける。
 最近は、良い方だ。まだ返事が返ってくる。ずっと、返事すらしてくれなかった。

 毎日同じ返事が返ってくる。毎日同じなのはわかってるけれど、それでも、今日は彼の気が変わったんじゃないかと、同じ質問を繰り返す。

 あと、一ヶ月しかないのに。


「もうすぐ、だよ」

 何がもうすぐかだなんて解っているだろ?
 君が決めたことだ。

 すぐに死ぬか、一年後に死ぬか。

 何かを思い出す事が出来たのならば、君は殺されずに済むんだ。知っているなら、話してくれさえすれば、君は殺されずに済むんだ。



「もしかして、死にたいの?」

 そう、思ってしまう。

「まさか」
「本当に何も知らないの?」

 そうであれば、僕は、どうやって彼を救えば良いんだろう。

 でも、僕には彼の微笑みには裏側がある気がしてならなかった。そんなものは無いと……マルフォイは言うけれど……。

 マルフォイは嘘を吐くのに慣れていて、彼が僕に嘘をつく時は、ちゃんと僕の目を見て話す。
 逆に、マルフォイが本当の事を話す時は、僕の目なんか見ない。

「………ただ、お前に、借りを作るのが嫌だ」

「何、それ」

「お前に借りを作り、偽善的な欲求を満たす手伝いをするくらいなら……お前のその押し付けがましい好意を踏みにじってやりたいね」

 ………そう。
 そうだよね。

 僕達は、助け合いによって成り立つ関係じゃない。

 いかに嫌われるか、それに心血を注いでいた。
 だから、君は正しいよ。
 君を救いたい気持ちは、君のためなんかじゃない。

「だからだよ。せいぜい重荷に感じてね,、マルフォイ」

 君が苦しめば良い。
 昔と同じように僕は考えるんだ。

 僕の気持ちを知ったら、君はどのくらい、苦しむのかな。驚くとは思うけど。


「なあ、もし僕がプライドを捨てたら? プライドを棄てて、お前に何も知らないけど、助かりたいとすがり付いたら、お前はどうする?」




 そうなったら、全部棄てて、二人で逃げようか。






「僕がプライドを棄てたら、僕はお前の好意を厚かましく感じない。お前の思惑は外れるな」

「君はそんなことしないでしょ?」

 そんなことは、良くわかっているんだ。
 君はそれだけで生きていたって事はよくわかってる。


 だから僕は君に僕の心を知らせない。それが、僕のプライドだ。



 僕達の関係は、僕の気持ちとは裏腹なんだ。



 僕は、君が好きなんだ。


 ずいぶん前から、僕は君が好きなんだ。

 君を手に入れたかった。君が欲しかった。僕のモノになってよ。

 君が、望んでいる僕達の関係は、馴れ合いでもないし、好意とは逆なんだ。僕が助けても、マルフォイはそれを重荷にしか感じない。僕はそれを見て、ざまあみろと言う。僕なんかに助けられて、君はどんなにか屈辱なんだろうね。


 それでも、僕と一緒にいる一年間の猶予を選んだのは、君だ。

 死にたくなかった。
 当たり前だ、誰だって。



 本当は僕が君と一緒に居たかっただけなんだ。

 君を手に入れたかった。



 嫌われてる事なんかわかってるけど。むしろ憎悪に近い感情を、僕に向けていることはわかっているんだ。



 好きだなんて言ったら、どんな顔すんだろう。




 もし、僕がこの気持ちを伝えたら?


 結末など、わかっているんだ。
 僕は、君を好きでいたい。
 嫌われていても、僕は君を好きでいたい。
 伝えてしまったら、気持ちが終わってしまう。

 マルフォイの事だから、僕を拒絶する。僕達だったらそうしなきゃならない、暗黙の了解があるんだ。マルフォイは僕を拒絶して、僕の気持ちを否定して、僕の想いを取り上げるんだ。

 嫌われていても、僕は君を好きでいたい。君をそばに置いて、君を思っていたい。

 君とまだ暮らしてたいから言わないけど、本当は君のためじゃなくて、僕のせいなんだ。




「ねえ、マルフォイ」

 僕が、彼の細い手首を掴んだ。
 彼の指先を、口に含む。

 細くて、冷たい。

「……またか」

 あからさまに、不機嫌そうな顔をして、マルフォイはため息を漏らした。

「昨日もだっただろう?」







 マルフォイを僕の家に向かえてから、僕はすぐに彼を抱いた。抵抗とかは、なかった。ただ驚いた顔をしただけだった。


『お前にそんな趣味があったとは』

 まだ、覚えてる。
 目を丸くして、彼は僕にそう言った。


『実はね。秘密だよ』

 君だけが、欲しいんだよ。

『ここから出ることも出来ない僕には、お前の恥部を吹聴することも出来ないさ』

 彼は、諦念を溜め息で吐き出した。

『君って喋らなければ女の子みたいに可愛いし』

『侮辱と、受け取っておくよ』










「ねえ、恩返し、してよ。一年分の」


 僕は、彼のボタンを一つづつ外す。

 白く、濁りの無い肌は、目眩がするように香る。体臭はほとんど無いのに。

 この前、僕が彼の肌に残した痕が、まだ赤い。

「明日はしないよ」
「また、女か?」

 不自然にならない程度に僕は女の子とも遊んだ。外に対して僕は不自然な振る舞いはしたくなかった。僕の家に、マルフォイがいることを知られたくなかった。誰にも。


「まあね。明日は遅くなるから。その後で君がしたいなら起きていてよ」
「……お前の選ぶ女は香水の趣味が悪くて、嫌だ」
「じゃあ、先に寝てて」
「当たり前だ」


 僕は、彼を自由に扱える権利がある。


 マルフォイも、始めの頃は行為に苦痛しか感じていないようだったけれど、すぐに慣れて自分から腰を振るようになった。


「マルフォイ、僕の服を脱がせて」

「…………ああ」

 この時だけ、は、君は僕のものなんだ。












081123