22 「一体、どういうつもりなんだよ!」 中庭で……。 僕は、怒鳴った。 マルフォイが一人で歩いていたから……ちゃんと周囲を確認して、いつも隙あらばマルフォイと話をして、マルフォイと仲良くなろうと狙っている、マルフォイの取り巻き達すら居ないことを確認して、僕はマルフォイを中庭の樹の影に引っ張り込んだ。 掴んだ腕は細くて簡単に折れてしまいそうで、引き寄せると軽々と僕の方に倒れ込んだ。 ……抱き合ってるみたいな格好になってしまっているけど、別にそういうことしてるわけじゃないし。 だって、この樹の陰に二人が入るには、くっついてないと無理だし。 マルフォイは、僕に引っ張られて僕の胸に倒れこんだ時に、悲鳴を上げたけど、僕だとわかるとマルフォイは僕を強い視線で睨みつけて来た。慌てて僕から体を離そうとしたから、僕はマルフォイの両の二の腕を引き寄せて、僕の身体に密着させた。 今出て行かれたら、ようやく話せる機会がなくなってしまう。 ようやく決意して、決行に移したのに、今君を離したら、今逃げられたら、もう二度とマルフォイと話なんてできない気がした。 君と、話すことは別に嫌じゃないんだ。そう、わかったんだ。 「何の用だ?」 僕を睨み付けるマルフォイの目は、僕がよく知っていた、冷たくて傲慢な光を持った、僕がマルフォイだと認識していた、いつもの視線だった。 冷たくて他人を見下すことに慣れた視線だ。 僕に笑ってくれたのは、何だったんだよ……。 あの時の君は、一体誰だったんだよ! 「………」 そっちが僕を好きだって言って来たんじゃないのか? そっちが僕のこと好きだって言って、べたべたしてきて、こっちが少しその気になったら、手の平返したように、僕と視線すら合わせようとしなくなって……。 その変わり身の早さは一体何のつもりなんだよ! 「マルフォイ、一体、何のつもりなんだよ」 僕以外には、あんなに楽しそうに笑いかけるくせに。 さっきだって、誰だか知らない他の寮の奴と一緒に歩いていたじゃないか。 僕が好きなんだろう? そう、言ったよね? 「………話しはそんなことか? 僕は忙しいんだ。離せ」 僕は、マルフォイの二の腕を掴む手に力を込めると、マルフォイは握られた腕を見て、少し顔をしかめた。強く握ってるから、痛いんだろうけど。女の子みたいに細い腕で、折れてしまうんじゃないかと心配になったけど、でも、逃げられるよりはいい。逃がすつもりなんてないよって、その意思表示だから、少しぐらいマルフォイが痛がってくれた方がいい。 「僕の質問に答えてくれたらね」 「…………どういうつもりとは?」 「………」 「何かお前が迷惑になるようなことでも僕がしたか? お前の邪魔にならないようにはしているつもりだが」 冷たい表情。 僕を見たのは一瞬で、こんな至近距離なのに、すぐに視線を逸らして、僕の肩越しにどこかを見てた。どうせそこに何があるわけでもなくて、僕を見たくないだけだって、その視線が言ってることはよく理解できるよ。だから、なおさらイライラする。 そりゃ、邪魔にはなっていない。確かに。 確かに僕が望んだ素晴らしき学園生活だ。マルフォイは僕に関わらない。僕に嫌味を言ってこない。マルフォイはマルフォイで僕に関係なく勝手に学園生活を謳歌しているようだ。赤の他人。ハーマイオニーと話ができるようになってマルフォイと彼女の成績はぐんぐん上昇しているようだし……おかげで彼女の知識欲を満たすための不可解な講義の時間が減ったし、いいことだらけだよ、確かに。 ずっと僕が望んでいたことだよ。君が僕に無関心だったらどんなにいいかってね。ずっとそう思っていたよ! だけど、なんだか釈然としない。 「僕の事を好きだと言ってたのは、僕をからかうための嘘だったの?」 からかいたかっただけなの? 僕が本当に嫌いだから、僕を馬鹿にするために一芝居打ったわけだ。プライドの高いマルフォイが、僕のこと好きだなんて言うわけがないとか思っていたから、まんまと騙されたけど、じゃあ、僕は君の事が好きだって嘘ついていた方が、君はより傷ついてくれたわけだ? そんな低次元な嘘がつけないくらい、マルフォイのプライドが高いんだとか思ってたけど、逆だったんだ。その低レベルの嘘をついてすらプライドが傷つかないくらい、僕のこと嫌いだったんだね? ……そう、だよな。 マルフォイが僕を好きだなんて、ありえない。逆立ちしたって、ありえない。 僕達は仲が悪かったんだ。見つけたら喧嘩をしないではいられないくらい。 だから……。 マルフォイが、幼稚な性格をしていることはわかっている。 何を言えば怒って、僕がどういう態度をすれば付け上がるのかとか、僕はよくわかっているつもりだった。だから、マルフォイが僕の事好きだって言ってる時も、嘘じゃないってわかったんだ。そう思ったんだ。けっこう、僕はマルフォイのこと見てるんだ。わかってるつもりだよ、君の事ぐらい。 だけど、今の君はちっともわからないよ。 マルフォイは僕に喧嘩を売ってきて、幼い幼稚な態度で……。 でも、よく見れば僕以外にはそんな態度で接している奴なんて一人もいなかった。今だって、性格の悪さと毒舌は相変わらずだけれど、でも誰に話しかけられても、彼はふんわりと笑うことができて……、マルフォイが苦手そうな奴には、二、三言で話を切るように仕向けていて……。でも全然相手を不快にするような態度ではなくて。まあ、よく言えば大人の対応。あんまり見たくなかったけど、昔からそれは変わってなかった。 あんな、子供っぽい態度をするのは、僕だけだったから……。 その事に気付いて、だから、僕を好きだと言ったマルフォイを信じようと、彼の気持ちを信じようと思ったのに……。 それが本当だったら……仲良くなることだってできると思ったのに……。 「からかうだって?」 マルフォイは下を向いていたから、どんな顔をしているかだなんて、わからなかったけど。 下を向いて、小刻みに震えていた。 「マルフォイ?」 「………誰が、誰をからかうだって?」 急に、マルフォイが顔を上げた。 強い、怒りの表情が溢れていた。 この、顔は何度か見たことがある。僕と君が喧嘩をして、僕が見事に君を傷つけることができた時の表情。 僕はその顔が嬉しかった。 ざまあみろって思うから、僕はマルフォイがその顔をしてくれないかと、いつも思ってた。 ………なんで、今はこんなに苦しいんだろう。 「君が、僕を。からかってたんだろ?」 「なんでそんなことになるんだ!」 「だって、そうじゃないか! 僕に散々嫌味を言ってきて、そうかと思えば、いきなり好きだとか言うし。夏休みが終わったら、手のひら返したように冷たいし!」 「前々から思っていたが、自分のことを棚に上げて、お前は他人を責めるのが好きなようだな! 責任転嫁も甚だしい!」 「なんだよ、それは!」 「自分の胸に手を当てて考えてみればいいだろ。お前の足らない頭でも少しは何か浮かぶかもしれないからな」 さすがに……本気で腹が立ってきた。 僕が何をしたって言うんだ。 「っつ……」 知らないうちに、マルフォイを掴んでいた手に力が入っていた。マルフォイの顔が、しかめられたから。 女の子じゃないんだから、こんなことぐらいで情けない。いつものように、そんな風に思えなかった。 本当に痛そうで、僕が彼に痛い思いをさせてしまった罪悪感でいっぱいになる。 「あ、ごめっ……」 慌てて、でも僕はその手を放すわけではなく、力を緩めるだけに留めた。 離したくなかったから……。 そんな風に、何で思ったかなんかわからないけど、でも離したくないって思った。逃げられたくないし。だってずっとこのまま離せなくなるなんて、今、マルフォイを逃がしたらもうずっと、無理だって思ったから。 理由だけ聞けば、その理由が納得いくものだったら、別にそれでいいって思ってた。 マルフォイはマルフォイで何か考える所があるんだろうし、僕は僕で清々するんだ、それでいい。話を聞くだけだって。 だって、理由を聞かないと……僕の気が収まらない。理由を聞いて納得しないと。そうすれば、後はどうでもいいよ。気になってるだけだから。終わったら君は君で好きにすればいいよ。 そう、思っていただけなのに。 君を、放したくない。 だって、僕のこと引っ掻き回しておいて………。 好きだとか……嘘ついて。 マルフォイは、本当に嫌いな奴にはわかりやすいんだ。 やんわりと、会話を避ける。 僕に対しては、ひどく攻撃的だったのに……嫌いな奴には攻撃すらしない。出来る限りの接触を持たないようにしていた。 嫌味の応酬で君に打ち勝つために僕だって君の事をたくさん見ていたんだから、そのくらいわかっているよ。君に対する観察眼は大したものなんだから。 僕だけには不条理な文句ばっかり並べ立てて、よっぽど嫌われているんだって思っていたんだ……。 好きだって……僕のことを好きだって。僕がマルフォイに、その態度から特別扱いされているのはわかっていたんだ。 嘘だったの? マグルに来てくれた時に、マルフォイは本当に楽しそうにしていたから、僕のことを好きだって言ったその言葉を僕は信じてしまったんだ。 なのに………。 僕の胸が、締め付けられるように苦しくなるだなんて、マルフォイはきっと知らないんだろう? 好きだとか言ってきて、本当はやっぱり嫌いだったから……。 ひどいよ。 「何で………」 マルフォイの声が、震えていた。 「なん、で………キスなんかしたんだ……」 マルフォイは、ようやく顔を上げて僕を睨み付けたその瞳に、涙が浮かんでいた。 080212 誤変換:ざまあみろ→座間亜美……って人名? → |