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 あれから、僕達の間には何もない。

 別にこれと言って何もない。
 僕に好きだと言う事もなければ、僕に話しかけて来ることもないし、昔のように嫌味を言って来ることもなくなった。
 本当に何もない。すれ違っても、何もない。僕が実験中に鍋を爆発させても、クィディッチの練習中に派手に転んでも、心配するどころか、嫌味一つない。



 あんなに、邪魔だったのに……。


 これが、僕が望んでいた平穏無事な学園生活。
 マルフォイは、刺が抜けたように誰とでも気さくに話す。別にスリザリンの生徒だけじゃなくても、誰とでも。グリフィンドールには友達が少ないようだったけど、話しかけられれば誰とでも普通に話すようになった。
 最近、マルフォイの笑顔をよく見るから。

 別に僕達と何かがあったわけではない。何もない。
 通りすがりに僕達が挨拶をすれば、挨拶を返すし、話しかければその場で立ち話をしたりする。相変わらずスリザリンの取り巻き達はマルフォイの近くにいようとしていたけど……それでも、友達が増えたようだ。よくマルフォイの笑い声を聞くから。おべっかばっかりで、腹の探りあいばっかりで、取り入ろうと努力していた取り巻き連中は、睨み付ける対象が僕以外にも広がってしまって、戸惑っているようだった。
 マルフォイは、別にそいつらにもいつも通りだったし、そいつらにだって話しかけられたら、普通に会話をしていた。



 ……マルフォイが、僕のライバルではなく、他の寮にいる同じ学年の生徒になってしまった。


 そう、僕はこれを望んでいたんだ!

 ずっとこの状況を願っていたんだ。あいつはあいつで僕になんか構わないで勝手にしていればいいんだ。鬱陶しい嫌味も、好きだとかいう好意もただ邪魔だったじゃないか。


 よかったんだ、これで。







 ただ……なんだろう。釈然としない。


 なんか……ずっと嫌味ばっかでやな奴だったんだけど。嫌いだったんだけど、好きだって言われたって嫌いだったけど、いざいなくなってみると………何となくだけど、少し淋しい……ような、気がしないでもない。

 今だって………




「ここの公式は発動呪文の発音から考えると、おかしくないかしら」
「いや、これで正しい。呪文のsの発音はrを打ち消す働きもあるはずだ」
「ああ、そうね……だとすると発動呪文の組み合わせは…」

 僕の横でハーマイオニーとマルフォイがなにやらわけのわからない会話をたのしげに繰り広げている。ロンはその横で再提出課題と格闘している。


 変わった……ように感じるのは僕だけだ。だって夏休み前と同じ光景だから。


 変わったことがわかっているのは僕とハーマイオニーだけ。ロンは有り難いことに気付いていないふりをしてくれている。なんとなく空気が悪いのはわかっていると思うけどあえてそれを探ろうとしないロンの性格は嫌いじゃない。僕が言い出さない限りは無理には訊こうとしない所とか、本当に親友として大好きだ。



 僕達と一緒にいても、マルフォイは僕と会話をすることは、ない。
 話しかけてくることすら、ない。視線だって滅多に合わない。マルフォイと目が合う時は、僕を見たんじゃなくて、視界に僕がいた程度のものだ、どうせ。
 ハーマイオニーとはよく難しい話をしているようだが、マルフォイから呼び止めることはなく、いつも僕の親友からだし……こうやって近くにいるのに、僕と視線を合わせようともしない。ここに僕がいることは理解しているんだろうけど、空気のように扱うわけじゃなく、僕達三人がいる中で、ハーマイオニーとは話が合って、ロンと話すのも嫌いじゃなくて、それだけだ。

 僕は、どうでもいいらしい。





 ………なんなんだよ。



 なんだよ、それ。


 僕だって、別にマルフォイに話すことなんてないから、別に話したいことなんかないし、こっちから話しかけたりなんかしないけどさ……。



 だって……あの時は……仲良くなれたような気がしたんだ。マグルにマルフォイが来て、遊んで。くだらない話をして笑って、触るのだって嫌じゃなかったし……。
 少なくともあの時は嫌いじゃなかった。

 キスしたいって、思うくらい、嫌じゃなかった。




 マグルで会った時は、悔しいけど、本当に可愛いとさえ感じた。あの時はマルフォイからの好意は嬉しいと感じた。




 苛々する。
 僕以外には、楽しそうに笑う。
 僕には視線も向けない。





 何で! 僕がこんな奴にふり回されなきゃならないんだ!
 僕はマルフォイの事なんて考えたくないんだ。勝手に嫌って勝手に好きとか言って勝手に態度変えて。









 好きだって……言ってたのに。




 もう、僕のことなんかどうだっていいんだろ?
 僕は初めからマルフォイなんかどうでもよかったけどね。


 そう、思ってるんだけど、なんだろう、釈然としない。枕を殴りつけたい気分を毎晩押さえている。


 僕以外には、楽しそうに笑うのに。
 嫌味すら、僕には言ってこない。僕と話したくなんかないようだし。僕だってそんな奴とは話したくないよ。



 僕の存在は完全に無視だ。だから僕だって、無視してるけど。





「ハーマイオニー、課題に必要な本があるんだけど、どれがいいか一緒に探してくれない?」

 二人が仲が良さそうで、僕は苛々して口をはさんだ。
 ハーマイオニーは僕の親友なんだよ。仲が良さそうにして……今までずっと彼女にだってマルフォイに喧嘩腰だったじゃないか。



 僕のこと好きだって言ったくせに……。


「いいわよ。どの授業かしら」
「薬学のやつで、傷薬に使われる薬草の成分と効果のやつ」
「あら、それならマルフォイの方が詳しいわよ。この前教えてもらった本もとても役に立ったし。あの時は助かったわ、ありがとう」
「お役に立てて光栄だな。あの著者は分析に関しては秀でているから、何冊か持っているんだ。今度貸そうか?」
「あら、嬉しい。じゃあハリー、マルフォイから借りたらどう?」
「いいよ、人から借りると返却期限がないから返しそびれそうだしさ」
「あら、そんなこと。気にしないわよね、マルフォイ。それに遅くなったら私が催促してあげるわよ」



 ハーマイオニーが、マルフォイに話を振った。
 僕達に会話をさせようとする意図があからさまだ。僕と話したくない奴なんかと僕だって話したくない。







「済まない、用を思い出した。グレンジャー、話せて楽しかったよ。本は後日君に渡すから」


 …………………。



「あら、ありがとう」











 今の会話で、僕とマルフォイは視線をあわせていない。それにハーマイオニーがいなかったら、会話すらない。今ので会話と言えるなら言いたいぐらいだけど。



「本当に、何があったわけ?」
「こっちが聞きたいよ」

 僕は憮然として言い返す。






 本当に……何があったんだ。



 僕が何をしたって言うんだ。
















080211