19














 世界が赤く染まり、マルフォイの白い肌や、銀色の髪が夕日の色に染色される。
 きっと僕もそうなってる。
 さっきから僕達の口数が少なくなっていたのはきっと、僕が言ったこの言葉を言いたくなかったから。マルフォイも、僕も。



「ああ……わかってる」

 そのくらいは見れば分かるんだ。


 帰るって、言って欲しくなかった。
 まだ一緒にいようよ。なんて……

 そんなことしたらマルフォイが家の人に怒られるだろうから、僕が引き止めることなんかできないけど……。


「困った……」

「どうしたの?」

「帰りたくないんだ」



 ………なんとなく、君が僕と同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくなる。
 まだ遊びたいって思った。まだ、一緒にいたい。


 素直にそう思った。

「でも、帰らないといけないんでしょ」

「だから、困った」

 真剣に悩んでいた。その横顔が、可愛いって……思ったら、おかしいだろうか。可愛いって、素直に今なら思える。


 僕のことを好きでいてくれてるんだと思ったら、なんだか無性に……。



 僕は軽く触れるだけだけど……彼の唇に。




 夕陽のせいだ。
 色彩感覚がおかしくなって赤と黒のバイカラーコントラストが僕の感覚までおかしくしたんだ、きっと。



 それしか考えられない。



 だって僕がマルフォイに、あのマルフォイだぞ。
 陰険で高慢で狡猾でスリザリンの代名詞みたいな嫌味で生意気で、しかも同性のマルフォイに!








 僕がキスをするだなんてっ!




 ありえない。

 感覚がおかしくなったんだ。

 夕暮れ時が一番事故が多発する時間だけど……だから、事故なんだ、きっと。



 柔らかくて、今まで触れた何より柔らかくて。
 僕の神経が全部底に集中してしまったようになって。

 自分からしたくせに、僕は自分でびっくりした。


 キスを……マルフォイにして……。


 一瞬だけだけど。



 すぐに、離れて、マルフォイの顔を見た。



「あ、のマルフォイ?」



「………」

 マルフォイは、この赤い世界でも分かるほど顔を赤くして、僕がキスをした頬を片手で押さえて……。 真っ赤に……夕日のせいで?



 大きな瞳をさらに大きく見開いて……。



 可愛いって………。

 思うのは、諦めた。素直に認める。マルフォイであっても。


「あの、マルフォイ、別に変な意味じゃないからね」


 いや、どういう意味だろう……。
 なんだか無性に愛しい気分になったのは本当なんだし。

「いや、好きだとかそんな意味じゃないからね」

 こんな僕の言い訳は通用するのだろうか。
 好きとか……よくわからないんだ。
 ただ、その唇に、気がついたら……。
 

「……………」


 マルフォイは何も言わないで、僕を見ていた。
 視線が、そらせなくなってしまって。
 僕はマルフォイをじっと見つめた。


 本当に、綺麗。長い睫毛も、青い瞳も。



 何で、僕なんだろう。

 何でマルフォイは僕だったんだろう。
 僕は、何も持ってないのに。あるのは嫌がらせじみた英雄って称号とか、カワイソウな生い立ちとか、ロクなもんじゃないし。
 マルフォイは何でも持ってるのに。

 家族もいるし、頭もいいし、こんなに綺麗だし、確かに性格は良くない気もしたけど、育ってきた環境からしたら仕方がないかもしれない。
 何でも持ってるし、望めばなんだって手に入る、きっと。

 何で、僕なんかがいいんだろう。
 僕は、何も持ってないのに。




 ふと、髪が揺れたな、て、思った。


 ふわりといい香りと……マルフォイがつけているコロンの香り。

 暖かい………。


 マルフォイが僕をぎゅって抱き締めて。


 …………………。


 今度は僕が赤くなる番。

 心臓がドクドクしてるのがわかる。

 マルフォイが僕の顔を覗き込んで。

 さっき僕がしたように、触れるだけだけど。



 一瞬だけだけど、マルフォイからのキス。






「僕はそういう意味だからな!」




 そう言った時にはマルフォイはもう僕から離れて走り出していた。
 あっという間。

 走り出して、走りながら箒を呼んだらしく、ふわりとマルフォイに細い影が近付いて、マルフォイと一緒に飛び去って行った。








 あっという間。



 僕はさようならの挨拶も言えなかった。




 僕は………。



 なんだろうか、この喪失感は。









080131