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「だから、すぐに帰るって言ってるだろ。夕方には戻るから!」
「いけません、私が旦那様にお叱りを受けてしまいます。今なら旦那様にも御内密に致しますから、さあ帰りましょう」
「嫌だって言ってるだろ! 帰りたいならお前が勝手に帰ればいい。父上に言いたければ言えばいいだろ」
「それはなりません。どれだけ探したと思っているんですか」
「今日の課題はちゃんと終わってるだろ。放って置いてくれ」
「それは承知しておりますが、今日の夜には旦那様も奥様もお帰りになるのですよ。お迎えする準備も必要でしょう」
「それまでには帰るって言ってるだろ。それにお帰りになってもどうせ僕にはお会いにならない。お前には迷惑はかけない」
「すでに大迷惑ですよ」
「じゃあ今すぐにお前だけ帰れ!」



 僕は、木の陰からこっそりと声のするあたりを覗き見た。

 マルフォイの家の人だろうか…………抜け出してきたんだ、やっぱり。立場的にはマルフォイの方が偉いようだけど……どれだけお坊ちゃんなんだろう、マルフォイは。旦那様ってマルフォイのお父さんのことだよな。マルフォイの家で仕事してる人なんだろうか。




 ………僕はこのまま帰った方が良いのだろうか……。そんな気になってきた。
 そっちの方がマルフォイのためになるだろう。
 僕なんかと遊ぶよりも、彼には彼の日常があるのだろうし、それは僕の世界とは相容れない。
 このまま放って置いて、マルフォイが帰ってくれれば万々歳だ………。
 そう、思った。




 けれど、胸の辺りのもやもやは何なのだろう。




 樹の影からのぞいて見ると、二メートルはありそうな大きな男がマルフォイの手を掴んでいた。後姿なんで、その大きな男がどんな顔をしているのかだなんてわからなかったけど。別にその男の顔がわかったところで僕にはどうしようもないし、別に見たくもなかったし。

 でも。
 なんだろう。



「友人を待たせているんだ! こんな所を見られたくないんだ」
「だから今すぐに一緒に帰りましょう」
「石頭!」
「石頭で結構。帰りますよ。マグルなんかにいても一つも良い事はありません」

 そう言ってぐいぐいとマルフォイの手を引っ張ってマルフォイを箒に乗せようとしていた。


 なんだろう、すごく嫌な気分だ。
 さっさと帰ればいいのにって思ったし、来なくていいって思ったし。


「せめて友人に一言言ってから……」
「駄目です。どうせマグルの生徒なのでしょう? 貴方は由緒正しいマルフォイなのですからマグルなんかと付き合う必要はありません、むしろそんな友人ならばやめてしまいなさい。そんなだらしのない服を着て……」



 そのくらい許してあげればいいのに……どんな服を着たって、誰が友達だってマルフォイには関係ないことじゃないか。
 純血主義の石頭。
 マルフォイがああいう性格になったのも、周りがこれじゃあ仕方がないかもしれない。
 そりゃ、純血の方が優秀な魔法使いが多いらしいけどさ。だからって……。



 渋々、マルフォイが箒に跨がって……。だって、大人と子供じゃ、どうしようもない。力の差だってあるし、マルフォイは魔法使いとしてはかなり優秀な方だけど……頭だって良いし、魔力だって強いし。でも、僕達はまだ学生で、まだ何も知らないし、何も出来ない。



 帰ってしまうのか……。でも、それは仕方がないよな。


 来た時は帰れって思った。

 マルフォイなんかと遊んだってきっと楽しくないと思った。だって、マルフォイなんだ。僕はマルフォイなんか大嫌いなはずなんだ。
 ただ、庭の掃除をしているよりはちょっとだけマシ……。
 それだけなんだ、きっと。そう思っただけ。



 でも。




 なんか、せっかく来てくれたのに、可哀想だと思ったんだ、きっとそれだけなんだ。僕だって人間なんだから良心はあるし、マルフォイがどんなに嫌な奴だって、やっぱり人間なんだから同情したりもするし。


 一緒にいて楽しいとか……そんなこと。思ったわけじゃ、ないけど………




 気付かれないように、こっそりと魔法で、男の足下に木の根で輪を作る。

 初歩のイタズラ魔法。植物を操ったりするのは高等な魔法だけど、こういうイタズラの範囲の魔法は低学年の頃から先輩達に教えてもらったりして、知ってる。


 大丈夫、気付かれていない。
 僕がここにいることも気付かれていない。
 大丈夫、







「マルフォイ!」





 僕の声が、響いた。

 マルフォイが弾かれたように顔を上げた、


 僕の顔を見て、



「走れ!」


 きつく口を結んだまま頷いた。











 男がマルフォイの手を掴むよりも早く箒を捨ててマルフォイが走る。

 男が慌てて走り出そうとして、僕が作ったトラップに引っ掛かって転んだのを見届けると僕もマルフォイの後を追って走り出した。





 走って……





 僕はいつしか彼の手を引いて走っていた。




















080104
駄目だあ。疲れのせいで文章出てこない。いつもだったらもうちょっと長い読み物になる場面だったのに。