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 外は眩しい光で溢れていて、世界の空気はどうやら美味しかった。
 僕は空気の味をしみじみと吸い込んで大きく吐き出してみた。身体の中の老廃物と沈積していた暗い物質が少しだけ体外に放出されたような気がした。





 選択を間違えたことは明白。
 選んだ理由は消去法とマルフォイの反応が見たかっただけ。きっと怯えた表情で僕の手を握って来たりしたらあとでからかってやろうとか、怖がって僕にしがみついて来たらあとでからかってやろうとか、思ったけど……。
 失敗したよなあ。




 いや、無理やりに漕ぎ着けられた嫌々ながらのこのデートとやらをぶち壊すための上級テクニックだ!

 と、自分の心を慰めるものの………。

 なんとなく罪悪感。



 あんなに泣いたし。
 真っ青だし。
 僕に預ける体重は軽くて、頼りなくて。


「ごめん」

「いや、ポッターが悪いわけじゃないが……」

 声がまだ震えていた。本当に怖かったみたいで。

 もしかして、目を開けたまま失神するという器用な真似をやってのけていたのだろうか………いや、きっとたぶん……。だってマルフォイだったらあんな怖いの絶対に僕にしがみついてくると思ったんだけど、そうじゃなかったって事は……器用なんだろうなあ。







 近くの公園のベンチにとりあえず座らせた。
 ぐったりとしたマルフォイが、背もたれにずぶずぶと埋まってしまいそうなほどだった。まだ、顔が青白くて……いつも青白いけど、いつも以上に真っ青で、唇まで紫色に近くて、少し貧血を起こしているようだった。
 この公園は緑も多いし、今日は晴天で暖かいし、少しでも気分が良くなってくれればいいんだけど……。

 この公園に来るのは久しぶりだ。小さな頃に何度か従兄弟の散歩に突き合わされて一緒に来たことがあるけど。
 あんまり観察もしたことがなかったけど、のんびりとしていて、広い芝生と茂みと、いい公園だ。




 隣りに座ると僕の了解も得ずにマルフォイが僕の肩に寄り掛かって来たけど……。
 なんか、今はそれについてはいちいち言及したくない気分。まあ、肩ぐらいだったら貸してあげてもいいよ。




「ポッター、今のは一体……」
「ああ、ホラー映画」
「それは………」
「一種の肝試し?」
「何のためにあんな怖いのを………」
「やっぱり怖かったんだ」
「違う! 怖いわけじゃない」

 強がりは、百八十度転回したマルフォイの僕への態度の中でも相変わらず。そんな蒼白な顔色で何を言っても強がりにしか聞こえないんだけど。
 まあ、そこもマルフォイらしいと言えばマルフォイらしいのだけれど。僕への態度を変えたからって、マルフォイがマルフォイでなくなったわけじゃないんだから。確かに何だか、マルフォイは僕が好きだと言って、態度を大幅に変えてすごく従順で純朴で朴訥で素直な面を見せてくれるようになったけれど、マルフォイから嫌味と毒気を抜いても強がりとかは残るんだろう。もしかしたら僕を陥れるための策略なのかもしれないけれど、それでも、もともとこういう性格なんだろう。





「ちょっと待ってて。飲み物買ってくるから」

 とりあえず、マルフォイを落ち着かせることの方が優先だろうと思って僕は立ち上がろうとした。
 だって、本当に……ここが家だったらまずベッドに寝かせてあげた方がいいと思うくらいの顔色なんだ。あー、これからマルフォイに怖いの厳禁だな。

 ……いや、いい気味じゃないか!
 ざまあみろだ!

 とか、本当は思うべきところなんだけど……僕にだって良心はあるんだから、さすがにこれはちょっと可哀想で見てらんないよ。


 とにかく、飲み物。って、思って立ち上がろうとして、だけど、その手をマルフォイが掴んだ。



「ポッター……」
「何?」


 何か、注文でもあるんだろうかとも思ったけど。冷たいのがいいとか、オレンジジュースが飲みたいとか。











「僕を置いて行かないで……」








「………………」






 …………………………………。






 そんな………手を握られて、目に涙を溜めて、上目遣いに、か弱い声で、お願いされたって!!






 一瞬頭が爆発したかと思った。
 その名残か、僕の顔が赤くなってくる。



 そんな可愛くお願いされたって困るよ! いや、別にマルフォイを可愛く感じたわけじゃないと思いたいが……。
 確かにマルフォイは可愛かった、ありえないことに。ありえないありえない、絶対! でも!
 これが女の子だったら僕は二つ返事でお付き合いをしていたのだろう……というより僕の方からお願いしますだ。こんなに可愛い子が僕の事好きだって? ちょっと頬の筋肉緩んじゃうよ!? これが据え膳て奴ですか? それとも食わぬが恥ですか? この場合は抱き締めるべきシチュエーション? 

 が!

 これはマルフォイだ、これはマルフォイだこれはマルフォイだこれは……ぶつぶつ心の中で念仏を唱えて落ち着かせる心よ鎮まれ。
 理性的で冷静でクールな僕を、取り戻さなくては。


「ポッター……怖い顔をして、どうしたんだ?」

 君のせいだよっ! とは言えない。何でだって訊かれたってそんなのには答えられないよ。マルフォイが可愛いだなんて言いたくないし! 言ったら喜んじゃうんでしょうか、この人は。
 いや、でも一応こんな外見でもマルフォイは男だから、可愛いとか言われて喜ぶわけないよな。そんなこと言ったらひかれるって絶対。

 いや、それはそれでアリじゃないか? でも引かれなかったら冗談で済まされるのか?



「な…………何でもない。大丈夫、すぐに戻って来るから、ここにいてくれるね?」


 顔をにやけないように険しくした僕の表情を、聞き分けがないマルフォイに対して怒っているのだと勘違いしてくれたようで、すんなりとマルフォイは僕の手を離した。
 下を向いて頷いたのを見届けて僕は飲み物を買いに行く。
 その間に、僕の頭も少しは落ち着いて。


















 戻ってきた時には、マルフォイはいなかった。


071231