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 何か得体の知れない化け物が凶器を振りかざして逃げ惑う人々をとても簡単に八つ裂きにしていく。
 人が斬り殺されるたびに痛々しい効果音と、薄気味悪い断末魔の悲鳴と、鮮やかな色の毒々しい血飛沫と……。








 映画館ではべたべたの恋愛物と、ホラー映画と、何やらお子様向けのアニメーションが上映されていた。この中では僕の見たいのはなかったけれど……。


「マルフォイは何か見たいのがある?」
「……………さあ」

 看板を見ながらマルフォイは不思議そうにしていた。何がなんだかわからない様子。そりゃそうだろうね。マルフォイは偉そうにしててもこっちじゃ右も左もわからないんだろうし。僕が初めて魔法界に行った時と同じようにキョロキョロしていた。




 難しい三択の中から僕は消去法でホラーを選択した。

 僕もあまり得意ではないけれど、母親と一緒に来ている子供たちの中で別に大人なわけじゃないけど、こんな年齢の男が二人してアニメーション映画を見るのも気恥ずかしいし、僕が好きだと言っているマルフォイと恋愛物を見る気にはなれないし………そんな消去法。でも、マルフォイの反応を見て見たかったってことも少しはあるけど。
 こいつは怖がりだから。






 地元で一番大きな映画館のスクリーンには、鮮明な血飛沫が……斧を持った怪物が人間の身体を一刀両断。あー、痛そう。見てるだけなのに二の腕にぞわぞわと痛痒感。


 あー、選択を誤った。
 気持ちが悪くなって来る。


 こんなことなら恥ずかしいのを我慢して他のを見ればよかったかもしれない……。今日は夢にあの化け物が出て来てうなされそうだ。

 映画を見ないと言う選択肢も存在したことを失念していた事にようやく気がつき、今更ながらに後悔した。
 人が画面の中で殺される度に僕は隣にいるマルフォイに気が付かれないように目を瞑ったり、顔を背けたりしていたが………。




 そういえばマルフォイは?

 僕はマルフォイが臆病である事をよく知っている。僕じゃなくてもけっこうみんな知ってる。
 いつも偉そうに虚勢を張っているくせに、実は怖がりだと言う事を……。



 マルフォイは……。


 じっと画面を見つめていた。





 表情も変えずに。




 スクリーンの光に照らされた横顔。
 薄暗いから顔色はわからなかったけど、いつも青白いから……。








 こうやって、黙っていれば人形みたいで綺麗なんだよな……。
 見てるだけなら、本当に綺麗だと思う。
 柔らかな光沢をもつ銀に近いブロンドも、同じ色の長い睫毛も、赤い唇も、真っ白に近い色の肌に良く映えて、全部上手に作り上げられている人形みたいなんだ。その分あまり人間らしさがないから、特に笑うと本当に可愛いなんて……今でも思いたくないけど、でも実際可愛い。
 きっと、いつもの仏頂面とか嫌味ったらしい上から目線の不敵な笑顔とのギャップのせいなんじゃないかと思う。


 口を開けばアレだけどね。




 それにしても……怖がってないのか、マルフォイのくせに。
 マルフォイは、瞬きもしないぐらいに、じっとスクリーンを見つめているだけで、人間がが采の目切りになっても、ぺしゃんこに潰されても、画面一面が鮮やかな血の色になってもリアルな作り物の内臓が飛び散っても、目を背けるどころかピクリとも動かない。




 ……なーんだ。
 つまらない。





 それからの映画は、どうやって人が潰されても、僕はどうせ作り物だろ、とか、まあ上手くできてるんじゃない? とか、覚めた目でしか見れなくなってしまった。それはそれでせっかくの映画が勿体ない。



 でも、せっかくマルフォイが怯えた顔を見れるのかと思ったのに。


 でも、僕はマルフォイを怖がらせてどうするつもりだったんだろう。まあ、いい気味だって思えばいいんだろうけど。



















「マルフォイ、終わったよ。マルフォイ………」



 僕は館内が明るくなって、他のお客さんがぞろぞろと出口に向かって流れて行って、人が疎らにしかいなくなったので、荷物を用意をして立ち上がったのに、それでもまだスクリーンをじっと凝視したまま動こうとしないマルフォイの肩を揺さぶった。



 そう言えば、買ったポップコーンもジュースも手を付けていないようだ。ジュースが結露して紙コップが濡れている。僕はとっくの昔に空になっているから、紙コップの外側は全然濡れてないから。







「マルフォイ?」





 ぎぎぎぎぎ、と、軋んだ音が聞こえてきそうなほど、マルフォイの動作はいびつだった。
 それで、僕の方に向いてから、僕に焦点を合わすのに数秒。




「……………………………ポ、ッター………」




「終わったけど」
「………………………あ、ああ」




 どうしたんだろう。
 あんなに真剣に見ていたのに……。




「マルフォイ?」
「…………」






 僕がもう一度声をかけた途端、マルフォイの両目から滝のように大粒の涙が溢れ出した。

 え? ええええ??


 なんだ、一体!
 僕、何かした!?



「ど、どうしたの」
「ポッター! なんだ、今のは!」
「何って、スプラッタホラー映画」
「それはなんだ?」
「いや、映画………」


 そう言えば、魔法界に映画館てあったっけ?
 ホラー映画とかあったっけ?

 怖い冒険小説ぐらいは読んだことあるけど……。


 僕がどうやって説明しようかと逡巡していたが……館内が明るくなってわかったけど、いつものマルフォイの顔色にまた青さが増していた。



「………もしかして怖かったとか………」


「…………」


「とりあえず、外に出ようか?」










 マルフォイはぐったりとして、僕の肩にもたれかかるようにして。




 僕達は





 手を繋ぎながら……












071228