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「こんなことで抜け出せるものなんだ………」

 クソジジイはあっさり僕を手放した。
 庭木の手入れがまだだったのに。まだだったと言うか、何も手をつけてもいなかったのに。明日は外壁の掃除だったけど、一日ずれ込む羽目になる。






 あの後マルフォイは笑顔を浮かべて口調は穏やかだったが、強制力を発していた。立場がマルフォイの方が高いのは明らかだった。

 ああ……確かにこうやって見ると貴族様的な圧迫感は存在して、スリザリン生が下級生から上級生までこぞってこんな細っこい子供に愛想使うのか理解できた気がする。どんなに家柄が良くったって所詮僕達子供には大した影響力なんか存在していないはずだけど、それでもやっぱりそういう育ち方してると、この家柄的な影響力はずしりと来るものなのかもしれない。まあ、僕がマルフォイなんかに愛想笑いなんかをする気はさらさらないけど。


 クソジジイは、こういう場合はわざわざ保護者がしゃしゃり出るよりも加害者本人が謝るべきだと理屈をこねて、マルフォイの機嫌をとろうとして必死に愛想笑いを浮かべながら息子の手前威厳を何とか保とうとする努力をしているのが誰の目から見ても明らかで、滑稽だった。

 とりあえず僕の服に着替えさせて、弁償だのクリーニングだの言っていたマルフォイが着て来た服は丸めてゴミ箱に押し込まれた。持って帰る気はないようなので捨てるしかない。残して行かれても僕が着るつもりはない。着たとしても似合わないし、似合ったとしてもマルフォイに合わせて作ったサイズの服を着れるとは思えない。




 ……と言う事は僕の数少ない服がワンセット減ると言う事だ。




 マルフォイはにこやかにクソジジイに挨拶をし、差し出された握手の手をさりげなく背中に回して拒否し、僕の手をひいて家を出た。



 いつもきちっと、体にぴたりと合う服装をしているマルフォイは僕の服でも大きくて、それが少しも似合っていない。明らかに借り物だ。
 安物の服の上に高そうな顔が乗っかっている、アンバランス。僕の持っている服の中でも、少しはまともな方だけど、それでも。変な感じだ。





 その間僕は一言も口を開いていない。つぶれた顔を潰した顔に僕は睨まれてはいたけれど、いつもの事なので気にしない。



「鮮やかだね」
「ああいうエセブルジョアは虫酸が走るほど嫌いなんだ」
「まあ……」

 確かにマルフォイに言わせればマグルではいい暮らしをしている方である僕の唯一の血縁者の家も貧素に感じる事だろう。あからさまにお坊ちゃんであると思ってはいたが、並んで見るとやっぱり滲み出るオーラが違う。半端な金持ちかお貴族様か見ればわかるものなのだろう。


「それに、ああいった手合いのクソジジイの扱いには慣れている」


 マルフォイはあっさりと僕の叔父さんをクソジジイと呼ぶ。仮にも身内なんだけどね。まあクソジジイだけどね。


 一日でもあの家から解放されるのならば、それがたとえマルフォイと一日付き合わなくてはいけなくなったとしても、まあいいかって、そんな気分。僕の心中とても晴れ晴れとしている。




「で、何かしたいことでもある?」

 別に僕はマグルに対して思い入れは強くないから、この辺りで育っていたとしてもお使いのための安売りスーパー巡りコースしか知らない。


「マグルはどうやって遊ぶんだ?」

「さあ、買い物したり映画見たりとかかな」
「じゃあそれで」
「………」

 それって……。考えることもしないのだろうか。やりたいことがあるなら言えば付き合うのに……。それともやっぱり僕が想像している以上にマルフォイはマグルについての知識がないのだろうか。



 でも、まあいちいち考えるのも馬鹿らしい。それでいいって言ってるんだし。

 じゃあ、映画でいいや。話す必要もないし………何を見ようか。もちろん今何が上映しているのか僕は知らないが。


 派手なアクションを繰り広げるハリウッド系が僕は好きだけど……あんまり見たことはないけど……テレビがついている時に今にいた時にちらりと見る程度だけど、迫力がある派手なものが好きだと思う。べたべたの恋愛物は嫌いだし、異世界と魔法のファンタジーとかは……作り物なのだからチープに感じる事だろうから……。
 マルフォイはどうだろう。どんな話が好きなのだろう。



「ところでお金持ってる?」
 遊ぶにしても先立つモノが必要だ。僕は悪いが先立つモノは与えられた経験はない。魔法界のお金ならあるけど、マグルじゃおもちゃにしかならないから。

「ああ、裏ルートで換金して来たが、これで足りるか?」

 そう言ってマルフォイは鞄の中から財布を出した。

 ………なんかひどく分厚いんですけど……。

「ポッターが持っていてくれ。こっちの通貨は分らないから」

「…………」

 手渡された黒の財布をのぞくと……

 一体何十回映画を見るつもりだろうと思うほどの、僕が未だ見た事がない量の札を見た………。

「………」

「足りるか?」
「…………」
「ポッター?」
「ああ、うん」
「何か問題があるのか?」
「こんなに持って来て大丈夫?」
「さあ。本を買いたいと言って渡されたものだから、気にする額でもない」


 ………世界が違う。本当に違うのだけど、身分が違う。何の本を買う気なんだろう。
 とにかく、僕とマルフォイの間にはとてつもなく大きな溝を感じる。



 埋まることはないような気がしたし、埋めたいとか思わなかったし。
















071225
あたしが埋まっとけ。