05








「ポッター!」


 声が聞こえた瞬間、僕は頭を抱えてうずくまりたくなった。

 クィディッチの練習があったから、一人で歩いていると、マルフォイに声を掛けられてしまった。見つからないように端っこ歩いてたのに。


 しぶしぶ声のした方を見れば、走って来たようで少し息が上がってる。
 走ってまで何の用だろう。マルフォイがわざわざ走るだなんて一体全体何の用だって言うんだ。
 絶対にこいつは何かを企んでいるんだ。だって狡猾なスリザリンなんだから。


「何?」
「君がいるのが見えたから」

 マルフォイは至福の笑顔を僕にくれた。

 …………。

 ああ、これが可愛い女の子だったら………。

 世界は僕を呪っているのではないだろうか。なんで僕にばっかりこんな厄介な事を押しつけるんだ。
 英雄だなんてろくでもない称号を僕に無断で与えた上に僕の可哀想な生い立ちとかのプライベートは無いに等しく、そんなおかげでマルフォイなんて言う嫌味なスリザリンに目を付けられるわ、挙句の果てにマルフォイが僕を好きだと吐かす。なんで僕が男なんかに!

 悪いけど僕は可愛い女の子が好きなんだ。もう一度言うと、可愛いかろうと何だろうと男よりも可愛くなくても女の子の方が好きなんだ! 断然!!


「じゃあ用はないんだ」
「ああ。一緒に歩いても良いか?」


 ……言葉が通じない。

 本当に………。


「何なの?」
「何が?」
「何がしたいんだよ、君は!」

 僕は苛々して怒鳴りつけるように疑問をぶつけた。
 僕だって堪忍袋の尾が長い方じゃないし、だいぶ耐え抜いたと思う。
 わざわざ喧嘩したかったわけじゃないんだから、こっちから怒鳴ったりなんて大人気ない真似はしないようにしようとか、一応思ってたりはしたんだけど、それだってもう限界の限度だ。

「いちいち僕に何の用なのかって訊いているんだよ!」

 限界を超えた僕の怒鳴り声はそれなりに大きかったんじゃないだろうか。いや、今まではこのくらいで罵りあうのは普通だったけどさ。

「……………」



 僕の声に驚いたのか、マルフォイは目を見開いて僕を見ていた。


 いや、ちょっ、待って!!

 ガラスのようなアイスグレーがじわりと滲んできてしまって……。




 泣かせたっ?

 いや泣くはずがない。今まで僕がどんな怒鳴り声をあげようと、どんなに怒ろうと、どこ吹く風で、逆に僕が怒れば怒るほど楽しそうな顔をしてたじゃないか。何か嫌なことがあってもないたふりを装ってたことはあっても、実際泣いてたことなんてこいつにはないことぐらい僕は知っている。
 つまり、嘘泣きだ。
 これは嘘泣きだ!


 ……涙が……

 こんなことぐらいで……だって、今までだってそれが普通だったじゃないか。怒鳴るのだって罵るのだって時には殴りあう事だってあったし……こんなことぐらいで。

 そういちいち思わなければ僕は危うく謝ってしまいそうだった。


 謝らないぞ!
 僕は悪くない!




「僕は………ポッター、君と仲良くなりたいんだ」





「はあ?」

 僕は調子外れの声を出してしまった。声が裏返ってた。



「君のことが好きだと言ったはずだが……」

「あれ、本気だったの?」



 マルフォイは顔を赤くしたまま僅かに頷いた。
 ここは人通りもあるって言うのに………。
 僕達が並んで歩いているので僕達を見た人間が誰しも目を丸くして立ち止まる。きっと僕だってそうしたに違いない。そういえば、ここは人目が多かった。早くこの場から立ち去ってしまいたい。

 嘘を吐いている感じもなかったが、マルフォイは自分が楽しむ為には演技がうまいし、そうでなければ何かの冗談かマルフォイの悪ふざけかこいつの嫌がらせかと思っていたのだが………今までが今までだったし。



 だから僕は絶対にマルフォイを可愛いなんて思わない。
 僕の決意だ!

「今まで僕のこと嫌いだっただろ? 今更態度を反転しても僕だって困るよ」

 実際に嫌いだと言われた事もある。しかも接頭語に超特大の「大」をつけたものをぶつけられた。
 いや、まあお互い様だから別に全然これっぽっちも全く気にしてなんかないけどね。


「人前で恥ずかしくないの?」

 僕達の会話を聞いている人は多くいるだろう。
 それなのに好きだとか……。
 僕の方が恥ずかしくなるよ、まったく。


「恥ずかしいはずないだろう? 自分の正直な気持ちなんだから」

「…………そう」

 やはりマルフォイと僕は言語体系が違うに違いない。思考形態もきっと違うんだろう。
 話が通じない。

 正直な気持ちほど隠したいものでは無いだろうか。花も恥じらう健全青少年男子には、好きだと言う気持ちの中に言葉にすべきでないあれやこれやの正直な気持ちが腹の底……よりもう少し下に渦巻いているものだ。


「あのさあ僕の事が好きってさあ、仲良くなって何がしたいわけ?」

 好きだと言うからにはやっぱりあれやこれやと考えがあるのだろうが……少し想像して青くなる。
 もしや僕が女の子に対して抱いているよからぬ妄想と同じ妄想を僕に対して抱いているとしたら………。
 僕は青くなる。

「……何がしたいって?」

「仲良くなれればそれで良いの?」

 それだけならまあ……できないと思うけどね。
 いままでの僕にされた仕打ちを忘れられるほど僕は寛大にできていない。でもそのくらいなら思ってても自由だよ。僕に押し付けないでくれればね。



「……何がしたいって……」

 少しきつく言い過ぎたのだろうか………マルフォイが言葉に詰まっている。



「それは考えたことなかったな」
「そう」

 ああ、良かった。
 別にそういうつもりなわけではないんだ。
 まあ困るんだけどね、どういうつもりだってさ。ファーストキスは可愛い女の子とだって決めてるし、しかもえっちをするなら女の子とに決まっている。実際男同士でどうすればいいのかなんてわからないし、それに男に入れるのも入れられるのも嫌なんだ!


「次までに考えて来るよ」

「いや、いいよ、考えてこなくて」

 いいよってか、お願い、ヤメテ。
 あああ、考えたくない!
 確かにマルフォイはその辺の女の子より綺麗な顔立ちをしていて、色が白くて、線が細いけど!
 僕はデブは嫌だけどふっくらとしている柔らかそうな女の子が好きなんだ。
 なので困ります。

「じゃあ、練習頑張れよ」

 マルフォイはそう言って僕に赤面しそうなほど可愛い笑顔をくれた。



 ………男であれは反則だろっ!!?









071110