02
何だって!
何だって!?
マルフォイ、君は今自分が言った言葉を理解しているのか? 自分の言葉に責任を持てるのか?
「いや、ほら……」
「ポッター、今までお前のことを馬鹿だ馬鹿だと馬鹿にしてばかりで済まなかった。なかなかお前は賢いな」
「いや、褒められても困るからさ」
「盲点だったよ。まったく気付かなかった。まさか僕がお前の事が好きだったとは……」
「いや、僕はそういうつもりで言ったんじゃ……」
僕の声はマルフォイには届かないようで、彼はあたかも新たに公式を発見したか時の教授のような晴れ晴れと興奮した顔つきで自分の中を口から曝け出していた。その事に気付いているのかいないのか……いないのだろう。どうにもマルフォイは興奮しきっているようだ。
「そうか。そう考える事もできるんだな。まったくコペルニクスだ」
「いや、マルフォイ落ち着いてよ。違うと思うから」
落ち着いてよ、そんなに興奮しないでよ。声がいつもより大きいことに気付いてる? おかげで教室に残っているみんな……というか、廊下から戻ってきた人達も増えている気がするんですけど……聞かれちゃってますよ!? いいの、それでいいの?
「いや、きっとそうだ。何故わざわざこの僕が嫌いな奴に話しかける必要がある? 僕はお前以外の好きでもない奴にはわざわざ話しかけたり何かしたことはないんだ。何しろ僕は好き嫌いが激しいからな。話しかけてきた奴にはそれなりに返事をするが、気に入った相手だろうと僕から話しかけることだって滅多にないと言うのに……。お前を見ると苛々して何か一言を言わなければいけないような錯覚をしていたが、つまり僕はお前の事が気になっていて、お前との接触を持ちたいが為にお前にわざわざ必要もない事を話しかけていたわけだ!」
「いや、ほら。落ち着いて考えようよ」
僕はなんとかマルフォイをなだめようと彼の肩を掴んで揺さぶった。
「そう考えると辻褄が合うんだ! だってそうじゃないか? お前のことを嫌いだから僕はお前に対して嫌味を言ったりしていたが、気に食わない奴を何故僕がいちいち相手にしなければならない? つまり僕はお前に対して意識があり、お前からの反応を期待していたと言うことじゃないのか? そうか僕はお前のことが好きだったと、そう言う事か」
……あの、
まだ皆様方が教室にいらっしゃるのですが……。
「あのさ、マルフォイ……」
「ああ、そうか……盲点だった」
彼は顔を赤くしたまま呆然とした顔つきになって、肩を掴んだ僕の手を軽く払った。
「そうか……僕はポッターが好きなのか」
そう、ぶつぶつと不吉な念仏を唱えながらマルフォイはふらふらとした足取りで教室を出て行ってしまった………。
歩いている間に彼らしくもなく、何度も机や椅子に躓いて最後には扉に顔面を強打していたけれど……。
教室にざわめきが戻って来る。
僕は俄かに正気付いた。
視線が集中豪雨で僕に降り注ぐ。
「………ああ」
これは………。
どんな罵声や嫌味を浴びせかけられるよりも、僕にはキツい言葉だった。
あのマルフォイが僕の事を好きだって?
一体何の冗談だ。
いや、何かの間違いだ。
あいつが新しく思い付いた新たな嫌がらせの趣向だ。僕の嫌味に仕返しをしただけだ。
僕が気にすることはない。
そうやってなんとか自分の心を落ち着かせて、ロンに慰められてハーマイオニーに励まされてなんとか夜にはあの忌まわしい出来事を忘れて安らかな眠りにつく事ができた。
昨晩の夕飯は僕は茫然自失していたので、マルフォイがスリザリンの席にいたのかとかそんなことは覚えていない。とりあえず僕は出された食事は完食しなければ気が済まない派なので、たぶん夕ご飯はちゃんと食べたと思う。寝る時別におなかが空いたって事はなかったから。
マルフォイはあの授業後の様子を思えば僕以上にダメージを受けているようだったので、もしかしたら夕食を摂るために大広間へは来ていなかったのかもしれない。時々食事には来ないこともあったし。どうせ部屋でお菓子とか食べておなかが空いてないとかそういう理由なんだろうけど。
僕は昨日のダメージはなるべく記憶の端っこに追いやって、今日一日動き出すためのエネルギーを供給するために大広間へと向かった。
が。
席に着いた瞬間、スリザリンの嫌味な金髪と目が合ってしまう。
何で僕はスリザリンの方を向いている席に座ってしまったのだろうか。
朝からツイてない。
昨日のことは何かの間違いだった。間違い以外の何者でもない。
きっとマルフォイは女の子の日とか何かでおかしかったに違いない。ハーマイオニーだって月に一度ぐらいは体調不良を訴えて機嫌が悪い時がある。
きっとそうだ。
だから、目が合ったんだから睨まないといけない。僕達の暗黙の了解だ。機能のことはなかったことにして、僕はマルフォイを睨み付けないと!
朝一の睨み合戦で負けては一日気分が悪い。
僕は目に力を込めて………。
マルフォイは顔を真っ赤に染めた。
………。
そして、僕から慌てて目を逸らした。
………。
………。
何だ?
いや、まあ昨日の事は夢で無く事実として存在する限りあの状態で恥を感じるのは僕よりもマルフォイの方なんだから。しかもマルフォイが仕掛けた悪い冗談で無い限り、どこか気が動転していたとしても、あのプライドだけで生きているようなマルフォイが僕に惚れただなん口走った事はかなりバツが悪いに違いない。それだけだ、きっと。
うん。
大丈夫。
昨日の今日だからであって、数日もすれば元通りさ。それはそれで鬱陶しいけど、まあこの気まずい状態が続くならあいつは話かけて来るわけではないだろうから鬱陶しくもないしなかなか快適なんじゃないだろうか。悪いが僕に疚しいところは一つも無くそれなりに清廉潔白な毎日を送っているつもりなのだから。
僕は飲み込むような勢いで朝食を胃に流し込むと、なるべく早めに席を立った。
ちらりとマルフォイの方を見るとまだマルフォイの皿はほとんど手付かずの状態だったから、きっと僕を追っては来ないだろう………いや、まさかあいつが食べ終わっていたとしても、きっと何かの気の迷いなんだから僕の事を追って来るはずがない。大丈夫。
いや、逆に僕は自意識過剰なんじゃないか? あいつが僕を好きだなんて馬鹿な事を言うから僕の気も動転しているじゃないか。あいつが僕の事を好きじゃない事くらいはよくわかっているさ。好きだろうと嫌いだろうと、人としてよくそこまでの悪口が思いつくなあと感心するぐらいの酷いことをたくさん言われているんだ。好きだなんてありえないって。僕を好きで構って欲いから喧嘩を吹っ掛けるだなんてどこのお子様だよ。
いや、あれでいてマルフォイは頭が良いくせにやけにガキ臭い所があるから………。
いやいやいや、そうじゃない。
マルフォイが僕を好きだなんてただの間違いなんだから。
うん。
そうだよ。
大丈夫だよ!
071101
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