41(H)















「どこにいるんだよ」


 すっかり暗くなってしまって、空からではよく見えないので、箒を降りて走る。きっとあの彼の明るい髪の色ならば、真っ暗だってきっと見つけることができると思っていたのだけれど、彼はみつからない。



 小さい町だけれど、でもそれなりに家もあるし、人だって歩いている。
 どこにいるんだよ。

 戻ってきてよ。

 また、僕の隣で笑ってよ。
 僕のことが嫌いでも、好きになってもらえるように努力するから。
 僕を許せなくても、君に許してもらえるように頑張るから。



 いなくならないで!






 僕は町中を走った。田舎と呼べるほどに郊外だから、町の人口は少なくても土地は広くて。

 どこを探したらいいのかなんてちっともわからない。

 走ったり、空を飛んだり……僕は出来る限り探した。
 探したんだ。できる限りのことをしたと思う。












 でも、どこにもいなかった。
 君がいないだけで、知らない町のようだった。










 通りかかった公園で、ベンチに座る。

 最近この辺りには来ていないが、この町に引っ越しをしてきた当初はよくここに散歩にきた。この公園は手入れが施されていて、常に花が咲き乱れていた。


 ベンチに腰を下ろす。
 走り続けたから、呼吸が整わない。

 目の前に、円形のガラス張りの温室。


 暗くて、見えないけれど、ここには青い薔薇が咲いていた。
 マグルには咲かない深い青い色合いの大輪の薔薇。
 魔法界でも栽培が難しくて簡単には咲かないそうだ。他の薔薇とは違った成分の肥料が必要らしいし。ああ……これは、誰から聞いたんだっけ……僕は植物に対してあまり興味はないんだ。何で知ってるんだろう。



 僕は、ここに来たことがある。
 よくこのベンチに座った。

 ここは、光に溢れていた。
 いつでも、眩しい思いで僕はここに座っていたことを思い出す。今は夜だけれど、光を遮るように目を細めてしまいたくなる。ここは光で溢れていて、暖かい場所なんだ。






 ずきりと、頭の芯が痛む。






 青い薔薇……。

 花を愛でる趣味はないけれど、それでも僕はよくここに来ていた。
 通年大輪の薔薇が咲いていた。
 別に、花が好きだと思ったことはない。見れば美しいと感じるが、わざわざ見ることもない。それでも僕は良くここに来ていた。この場所に思い入れがある、なぜか。



 暗くてよく見えないから、立ち上がって温室に近付いて、ようやく気が付いた。




 薔薇が、咲いていなかった。


 咲いていたものもむしり取られて、地面に棄てられていた。無残に千切られた茎が、切断面をさらしていた。





 これは……………。


 土の上に、青い薔薇の花が、転がっていた。


 これは一体………。









 彼の、ドラコの涙に似ている気がしたんだ。
































 家に戻ると、だいぶ遅い時間になったのに、ロンはまだ僕を待っていてくれた。

「ハリー……」

「ごめん」

 こんなことになるはずじゃなかった。もっとたくさん笑えるはずだと思ったんだ。
 久しぶりに会えたんだ。
 僕が誰よりも信頼している友人なんだ。
 ドラコは僕が誰よりも大切にしている人なんだ。


「あいつ、ハリーのこと好きだったのかな」

「………」

「キッチンに夕飯ができていたんだ。ハリーの好物ばっかりだよ」




 …………… こんな時にそんなこと言わないでよ。

 また、泣いてしまいそうだ。
 嘘でもいいんだ。
 せめて心だけでも。




 きみがいない





「ハリー……その、」

「彼の……マルフォイ、この辺に住んでるって言っていたよね」

「ああ、そうだけど…」
「教えてくれないかな、ドラコの家」

 縋りつけるものがあるなら、それが藁でも良かった。

「ごめん、最重要機密事項なんだ」

「…………教えてよ。悪用しようだなんて思ってないから」
「それはそうだろうけど、だってそんな機密事項外部に漏らしたら……」




「僕は彼に会いたいだけなんだ!」


 口ごもるロンの戸惑いを砕くように、叩きつけるように、言った。


 ああ、わかっているよ。これは僕の我が侭だって。
 ロンが規律を破ることができないこともよくわかっている。お堅い魔法省の規律を破ったらどんな罰則があるかもわからない。そのことを僕が理解できないわけじゃない、仕事なんだから。


 でも、どこにもいなかったんだ。

 だって



 きみがいない





「………今はわからないよ」
「魔法省に行けばわかるんだ」
「………」

 僕がロンにひどいことを要求していることはわかっているんだ。でも、だっていなかったんだ、どこにも。




 ロンはどこにいるかわかるんだろうっ!


 教えてよ。

 僕はドラコに会いたいんだ。

 口には、出さなかったけれど。僕はロンから目を逸らさなかった。



「………わかったよ」




「ごめん」

 僕が無茶な要求をしている自覚はあるんだ。でも、どうしてもドラコにもう一度会いたい。会わないと。失いたくない。そんなこと、考えたくない。でも今は? 今彼が僕の隣にいないのは事実。


「ただ、本当に今はわからないから、明日出勤したら届けるよ」


「……ごめん、有り難う」



「………じゃあ、今日は帰るよ」
「………本当にごめん」



 こんなはずじゃなかったんだ。





 僕はどうしても彼に会いたいんだ。



 なんだってするから。




 きみがいない



 神様、どうか僕にドラコをください。












070816