40(H)















「………ごめん…」

「ロンのせいじゃないよ……」

 僕は、みっともないことに、彼が出て行ったあとにロンの見ている前で泣き出した。
 本当にみっともないけど、止まらない。
 大声を上げて泣き出した。
 涙が、止まらないんだ。


 胸が潰れてしまうような気がした。潰れたのかもしれない、心臓は涙でできていて、潰れて目から溢れるのかもしれない。

 ロンは困ったような顔をして、ずっと……ずいぶんと長いこと僕の背をさすってくれていた。ロンの表情まで確認する余裕なんか無かったけど、困らせてることはわかっていたし。


「せっかく来てくれたのに、ごめん」

 ロンの前で、親友の目の前でこんな風に泣くだなんで……。

 本当に……考えがまとまらない……。

 なにか、変だよ。
 違うんだ。

 ただ、いなくなってしまった。 彼が、僕の前からいなくなってしまった。

 何なんだろう、この絶望感は。 悲しくて。

 戻ってきてよ。

 僕が好きじゃなくてもいい。
 僕が君の友人で、それ以上じゃなくてもいい。
 すぐに戻ってきてよ、早く戻ってきてよ、僕に!

 そばにいてよ。
 僕の近くにいてよ。

 君が……そばにいてくれないと、僕は………。






 彼がお別れだと言って差し出した手を僕は払った。

 お別れなんて、ひどい、
 と思った。

 そんなのは、要らない。


 君がそばにいてくれれば、何も望まないのに。それで僕は幸せなんだよ。それが一番嬉しいんだ。


「ごめん」

「ロンは何も悪くないよ」

 切なかった。

 辛い。
 辛いんだ、君が……僕を裏切ったんだ。

 彼に裏切られたことじゃない。 彼が僕を好きじゃなかったことじゃない。

 好きでなくていいから……友人でいいから、せめて信頼されているのだと信じていた。
 本当は、僕に憎悪をぶつけたかったんだって、その事が。信頼されていなかった自分自身が。


 絶望なのだろうか。


 彼にではなく、彼に好かれていなかった自分に失望したんだ。


 彼が僕を嫌いでも、それでもいい、近くにいて。僕が君を確認できるところにいて。
 手が届く場所にいて。

 好きなんだよ。


 嫌われていたのか、僕は。

 完璧に失恋したんだ。






 きみがいない










「泣くなよ、ハリー」


 ロンが、僕の背中を撫でてくれている、それだけで僕はなんとかここにいる気がする。
 ロンがいなかったら僕は本当に絶望に呑まれてしまっていたよ。


「なんで、マルフォイなんかと……」

「マルフォイって言うんだね」

 僕は、知っているはずだった。
 魔法界での闇に与した名家。
 知らないはずがない。知っていた。そのはずだった。覚えていなかった。忘れていた。何故か。僕は彼を思い出せなかった。
 僕達は学生の頃ライバルだった、僕達はお互いをひどく嫌っていた。誰よりも意識していた。

 僕が勝利した今ではそれほどにマルフォイを嫌悪しているわけではないけれど……。それでも闇と対峙した時の憎悪はまだ忘れていない。

「覚えていないのか、ドラコ・マルフォイだよ」

 だって思い出せないんだ。

「……ドラコ」

 僕は、その名前を確かに知っていたのに。
 思い出せないんだ。
 どうしても。思い出せない、彼を。






 彼は、光のようだと思った。

 その髪の色合いからかもしれないけれど……、僕は彼が光のように思っていた。彼を想うと心が明るくなる、僕の頭の中でも彼が笑うと、暖かい。春の太陽の光のように……、想うだけで日溜まりのように僕を包んでくれた。




 僕の中に黒い点がある、染みのように。
 黒い。

 太陽の黒点、太陽の表面にある黒い部分。
 でもそこが一番熱いんだ。

 知っている。


 僕の頭の中の黒い部分。
 でもそこが一番大切なんだ、僕のその黒点に君がいるから。






「ごめん、ハリー」
「………」

 ロンが来なければ、僕は彼の真意に気付かずにいられたのだろうかと……そう思ったからか、ロンが僕に謝罪する。
 誰かのせいにしたら気は楽になるのだろうか? 彼がいないのに?


 ロンのせいじゃないよ。

 だって好きだと伝えた僕を受け入れてくれなかったのは事実なんだ。


「ハリーとの間に何があったか知らないけど、でも何でマルフォイの目の呪いを解いたんだ?」

「知らない」

 目の呪いの事なんか知らない。僕は何一つ知らない。

「マルフォイは罰を受けて、視力を封じる呪いをかけられていたはずなんだ」
「覚えてない」

 もし、君の目が見えなくて、それを治したのが僕であるならば、良いと思う。それで君が少しでも喜んでくれていたなら、良いと思う。

 僕は、彼の目の呪いを解いたのだろうか……。

 何で?

 僕は彼をマルフォイだと知っていて、彼の目を治したのか?

 僕は彼を誰だか知っていて………。

 もし、彼の目が見えなかったら、僕はその呪いを解いたのだろう。僕を見てほしいから。

 僕は、確信しているんだ。
 君を好きだったって。


 僕は、ちゃんと君を知って、君が好きだった。

 今だって、彼が何だって関係ない。君が好きだ。

 彼が……ドラコが僕をどう思っていたのか知らないけど。


 どう思われていても、僕の近くにいてくれた。


 彼は何の目的で……本当に僕を苦しめるために? 僕といることは苦痛だった?








 最後に、彼は僕にキスをくれた。

 柔らかい、彼の唇は僕の口の端しに触れた。



「思い出して……」

 僕は最後の彼の言葉を繰り返す。
 思い出したいよ。

 少しでも多くの君を手に入れたいんだ。

「何で、ハリーはマルフォイの目なんかを治したんだ?」


 ………僕はいつから、彼を好きだった?
 本当に彼が僕を憎悪していたのなら何で僕の近くにいたの? 僕はそれを知っていたの?

 思い出して……。

 彼は僕にキスをくれたんだ。

 あんなに優しくて切ないキスを僕はしたことがないよ。










 きみが、いない










「ハリー、本当にあいつのこと……」

「本気だよ。僕は彼を……ドラコが愛しい」

 気持ちは何も変わらない。
 僕にこんな強い感情があったのかと……ただ、君が愛しい。
 そばにいないだけで息がつまって苦しい。


 結論は変わらない。
 僕は、ドラコが必要なんだ。君がいないと呼吸ができないよ。










「ごめん、探してくる!」


 僕は箒を掴んで家を飛び出した。そのくらいしか思いつかなかった。






















070815