3(D)

















 僕は速報に書かれた大見出しを読んで凍りついた。




 …………。


 怪我?
 怪我をしただって?


 なんで。
 慌てて記事を読み進める。


 試合開始十分で、スニッチに気を取られたハリーが暴れ玉にぶつかり落下したらしい。

 馬鹿!
 何をやってるんだ。
 そんな初歩的なミス!
 怒鳴りたいのにまだハリーは帰ってこない。帰って来たら怒らないと。怪我なんて。

 ……退場するほどの怪我。



 なんで僕に連絡がないのだろう。



 いつもなら、ハリーは少しの怪我でもすぐに僕に連絡を入れる。
 例えば「怪我をしました、帰って来たら優しくしてください」とか、練習中に少しの怪我をした時でも僕に連絡を入れる。
 こんなふうに試合中に記事になるような大怪我をした時でも「大丈夫だから心配しないで」って、すぐに連絡をくれたのに………。
 馬鹿らしいようだがハリーからもらった手紙は全部残してあるから。

 でも………、

 その手紙はまだ届かない。
 手紙を送ることを忘れたのだろうかとも思ったが、ハリーが僕のことを忘れるはずなんかないから………。

 なんで手紙が来ないんだ?

 もしかして、僕に手紙を送ることができないほどの大怪我をしたのだろうか。
 チームはハリーが退場以降惨敗。ハリーのチームの補欠のシーカーはあまり優秀じゃないから……よっぽどの事がないと使わない。

 よっぽどのことだったんだろうか。

 大丈夫なのだろうか、ハリーは。


 なんでもいいから、連絡が欲しい。

 ハリーに手紙を送ろうかとも思ったが、僕達の関係を明るみに出すわけには行かないから、僕はハリーに手紙を出せない。

 ハリーは英雄で僕は罪人だ。あと少しでアズカバンに送られる所だったほどの。もし僕がハリーに手紙を送ったら、きっと僕からの手紙は喜んでくれると思うけど、でも……ハリーは英雄なんだ。本当は僕なんかと一緒にいていい人間じゃないんだ。僕はハリーと違って、罪人なんだよ。その事実を告げてもきっとハリーは僕の事を嫌いになったりはしないだろうけど、そのくらい、僕はハリーからの愛情を信頼している。
 それでも、ハリーは英雄なんだから……ハリーの側を離れるつもりなんかはないけれど……でも、周りがきっといい顔をしないと思うから。
 だから、ハリーの周囲にある僕はできる限り薄い存在にしておかなければならない。


 だから、どうしていいのかわからない。手紙も、送れないし。
 ハリーは帰って来ない。

 不安で、鼓動が早くなる。



 速報が届いてからどのくらいの時間が経ったのだろう。
 僕はソファに座ったまま、何もできない。何か気が紛れる事を思いつくことが出来ない。
 だからこんな広い家は嫌いなんだ。
 空間が広いほど、僕の不安が充満する気がする。空気に僕の不安が宿り僕を圧迫する。物で埋まっていれば、空間が狭ければ僕の不安の許容量も小さくなるんだ。







 ハリーは………。







 僕は、薄いクィディッチの速報を抱き締める。今、現時点では僕とハリーとを繋ぐ唯一のものだったから……。くしゃくしゃになってしまって、それでも離すことができない。読み返すのも怖い。

 待っていることが無駄になることの恐怖。



 ハリー、早く帰って来て。
 早く僕を安心させて。


 僕はソファの上でできる限り小さくなる。広いリビングの空気が僕を押し込めるように。
 なんで帰って来ないんだ。
 早く、連絡を。
 顔を見せて。

 大丈夫だって言って笑って。




 不安、置いて行かれるように不安で、一人になってしまうような不安が、僕に重圧となって心臓を押し潰すように、潰れた心臓から出て来た涙が頬をぬらしているのがわかった。



 どのくらい時間が経ったのだろう。待っているのに、ハリーは帰って来なくて……。もしハリーが怪我で入院などになったとしたら、すぐに速報が号外で届くだろう。この前はそうだった。入院といっても一日だけだったが。大丈夫、ハリーはきっと大丈夫。大丈夫だと言われたわけではないが、クィディッチ界でも英雄なんだ、ハリーに何かがあればすぐに速報が届くから。何か、僕に連絡出来ない事情があるんだ、心配ない。僕は言い聞かせる、そうしないと不安を含めた空間に押し潰されてしまいそうだった。

 大丈夫。
 大丈夫。大丈夫大丈夫。僕は呪文のように繰り返す。








 玄関の方で、音が聞こえた。
 扉が開いて、閉まる。

 いつもは暖炉を使っているのに……。


 何か、あったのだろうか?

 不安な、気配はしなかった。
 この気配と足音はハリーのものだから……姿がまだ見えていなくても、それでも……

 近くに来ればすぐにわかるんだ、ハリーは。
 魔法使いでも、本当に強い魔力を持っていて……ハリーが近くにいればすぐにわかる。玄関から、ハリーが帰ってきた。



 心配したんだ。
 早く帰って顔ぐらい見せたらどうだ。



 僕は、本気で頭にきて……それでも、足音はしっかりしていたから……

 大丈夫だったんだ。

 良かった。

 そう思って……安心して。


 ハリーを見たら、微笑んでしまいそうだった。嬉しくて。
 でも、僕は怒りたかったんだ。
 心配かけないでくれって。
 心配したんだ。不安だったんだ。
 早く顔を見せて、大丈夫だって言って笑って欲しかったのに……こんな遅くまで。

 僕は、怒りたかったから……。
 それでも、やっぱり安心して嬉しかったから。





 僕は照れくさくなって、寝たふりをした。
 目を閉じて、ソファに横になって。


 ハリーが、部屋に入ってくる気配。
 気配でわかる。ハリーが帰ってきた。


 目が見えなくても、わかるんだよ。僕はずっと目が見えなかったんだ。ハリーなら、目が見えなくても近くに来ればすぐにわかる。


 ハリーが僕の近くに来る。
 僕の、近くに来て……。


 ハリーの視線を感じた。
 僕を見てくれている。

 僕は、でもやっぱり目を開けた。

 ハリーの顔が見たかった。


 心配したんだ。

 本当に心配したんだ。


 僕は、目を開いて、ハリーの顔を確認する。
 ハリーの顔。
 緑の瞳。
 丸い眼鏡。
 黒のちょっと硬質の髪。

 ほら、ハリーだ。



「ハリー……」

 良かった。何でもなくて。元気そうだ。本当は顔を見たら怒ろうと想っていたんだ。なんて無茶なことをしたんだ。心配してたんだって。
 良かった。
 安心した。

 僕はやっぱり微笑んでしまって、そっと手を伸ばす。
 いつもハリーは僕が笑えば笑い返してくれる。暖かくなるような笑顔。僕はハリーの笑った顔が好きなんだ。
 そっとハリーの頬が指先に触れた。
 中指にはめたハリーからもらった指輪。



 ハリー、一緒に暮らそう。

 良かった、無事で。ほら大丈夫、ハリーはちゃんと帰ってきてくれるんだ。なかなか怖くて決心できなかったけれど、一緒に暮らそう。





 それでも、ハリーは、なかなか僕に微笑みを返してくれなかった。



「ハリー?」


 しばらくの間。

 なんだろう、ここに僕とハリーがいて、いつもはそれだけで柔らかい空気が出るのに。
 何か……冷たい。
 固い。

 変な感じだ。


 ハリーが、笑ってくれないから?
 

 もう一度、呼びかけようと思い口を開きかけた。





 そして、発せられたハリーの言葉に僕は心臓まで凍り付いてしまった。




















「君は、誰?」
























070516
昨日、更新したかったけれど、後半半分書き直しのため予定外に時間がかかりました……

誤 ハリーの顔が見たかった ⇒ ハリーのか拝みたかった。