39(D)
















 どうやって家に帰ったのか、覚えていない。



 僕はちゃんとこの足を使って歩いたのだろうか。道を間違えなかったのだろうか。どうやって帰って来たのだろう。僕は指先すら動かせないのに。



 僕の家。僕の小さな家、僕の居場所。ハリーの隣以外で僕が落ち着ける場所。

 気が付いたら僕は僕の家に帰ってきていて、自分のベッドに伏していた。
 よく、覚えていないんだ。

 ただ、もうハリーのそばにいることができないと言うことだけがわかっていた。
 何が起こったのか理解していた。僕が何をしたのか、何を言ったのか、覚えていたけれど。

 切なさだけが胸を埋める。

 どうしようもない激情に流されそうになる。
 ハリーへの気持ちが全身から溢れ出す。

 目から溢れる。止まらない。



 ただ、

       苦しくて




 僕の家は僕が落ち着く場所、狭くて。
 落ち着く場所だった。


 ここにはハリーがいない。



 ハリーが僕の隣にいない。


 枕に顔を押し付けると、枕が涙を吸って温く滲んだ。




 この場所で、ハリーは僕を抱いてくれた。
 隣で眠ってくれた。


 ハリーが隣にいる日は、僕はその体温によって直ぐに寝入ってしまった。普段寝付きはよくないのだけれど。

 裸になって抱き合って、そのまま眠る。



 ここで。



 ハリーは、僕を抱いてくれた。




 ハリーに触れられるだけで、僕は昂る。
 何もしないで、ただ抱き締められるだけで、僕の身体は勝手に熱くなった。

 とても心地よかった。

 ハリーは、僕の額に触れるだけのキスをくれた。

 ハリーのエメラルドの瞳が僕を見て………。










 いい?

 声はなく、ハリーの唇がそう言うのを見ると、僕は堪らなくなってハリーの首に腕を回した。
 ハリーの手が、僕の背に回されて、手のひらで僕の背を撫でる。
 背中にくすぐったいような、不思議な感覚が昇ってくると、僕は身体が熱くなって、その熱を口から吐き出した。
 友人では決して触れない場所まで、僕達は触って、お互いの興奮を高めて、伝え合った。

 中にハリーを感じるのが嬉しかった。




 そうやっていると、本当に愛されていると感じた。





 もう、僕達は交わらない、触れることもない、顔を合わすこともないだろう。




 大きな喪失感。
 虚無感が脱力を伴い襲ってくる。

 胸がつまって痛いんだ。
 苦しいよ、ハリー。


 涙は、溢れるばかりで止まらない。


 ハリーに触れたい。
 ハリーに触ってほしい。

 抱き締めて。
 僕だけを抱き締めて。

 他の人には触らないで。







 ハリーの手を思い出す。

 ハリーの声を思い出す。

 ハリーの体温を、ハリーの声を、吐息を、笑顔を、全部……。

 大好き。







 僕は膨らんだ場所に手を伸ばす。


 思い出すだけで、昂る。





 僕は、自分で触れてみる。



 ハリーに触られるのと全然違う。
 なにも楽しくない。
 とてもつまらない。

 でも……。



 自分ですることはほとんどなかった。ハリーと再会する前も、あまりそういうことはしなかった。気持ちがいいともあまり思えなかった。
 汚いと……。


 ハリーにされると、恥ずかしくて、それでも嬉しかったのに。



 僕は自分で自分のを握って手を動かして、吐き出した。

 何度も、そのまま続けた。

 シーツが汚れるとか、気にならなかった。そんなことはどうでもいい。

 ひどく、汚ならしい。
 呼び起こされる感情は、快感ではなく背徳感と寂寥。




 ハリーが、いないんだ。

 ハリーじゃなきゃ駄目なんだ。

 僕はハリーを失ってしまった。



 まだ笑いかけてくれる気がする。キスをしてくれる気がする。


 ハリー……。







 三度も僕は達したけれど、気分はちっとも高揚しなかった。

 気が紛れるかと思ったけれど、悲しくなるだけだった。





































「お早うございます」





 ぼんやりと、目を開くと目の前に見知らぬ男が立っていた。 焦点が合うまでに少しの時間を必要とした。背の高い男で、黒いローブを纏っていた。目が吊り上っていて、狐に似ていると思った。


 何だろう。


「…………」

「失礼かと思いましたが、ベルを押しても出て下さらなかったので勝手に上がらせて頂きました」

「…………」



 ああ………、今日、魔法省の役人の訪問がある日だったか? ……ここのところあまり家に帰っていなかったから、手紙を読んでいなかった。どうせ僕に宛てて手紙を書く人は限られているのだし、読みたくもなかったから。読もうとも思わなかった。

 初めて僕を訪問する魔法省の役人の顔を見た。見たところで、別に何の感慨も湧いてこない。目と鼻と口が顔についていることを確認した。


 僕は、動きたくなかった。


「なんて格好をしているんですか……」


「………出て行け」



 ようやく動かせた喉からは干からびた声が出た。

 昨日の、あのまま僕は眠ってしまったことを思い出す。





 下着も脱いだままだった。


 手に自分の精液がこびりついて乾いて固まっている。気分は最低だ。




 羞恥を感じることはなかった。

 ただ、重い。



 身体中が鉛のように重いばかりだ。

 動きたくない。


 だって、もういいんだ。だってもう終わりなんだ。


 僕はハリーが全部だったから、僕には何にも残っていない。



 昨日、あんなに泣いたのに……。

 涙は何で枯れないんだろう。僕の悲しみを全部流すまで? どのくらい先のことなのだろう、僕がハリーを忘れてしまえるまで。



「………いなくなりたい」


 僕は世界のどこからもいなくなってしまいたい。

 ハリーのそばにいることができないなら、どこにも存在したくない。





「我がラウス家に来る決意はされましたか?」

「どうでもいい」

 どうでもいい、全部。どうなってもいい。



 予想はしていたけれど……。
 こんなに、苦しいなんて。
















070814