35(H)
















 どういうことだ? 僕はまだロンの名前を教えていないはずだ。写真でロンを見せたことはあったけれど……その時にロンの名前を教えていたとしても……。
 初めて会うのだから。
 初対面でこの反応はないはずだ。



 わかるのは、ここの空気が凍っているということだけ。


 僕には、指一本すら動かすことができないくらい。僕の周囲を包んでいる空気が、固いから。
 ニコラスが、笑顔のままで……表情すら変えることができないでいる。


 ……何だ?




「マルフォイ……」



 ロンが、呆然とした表情のまま、彼を見て……。



 マルフォイ?



 それは?



 何か、僕はそれを知っているはずだ。
 彼は、ニコラスだよ?
 ニコラスのファミリーネーム?
 僕はニコラスのファミリーネームを教えてもらったことはない。訊いても、棄てたからないと言って教えてくれなかったから。


「なに? 二人とも知り合い?」


 知り合いなのだろうか。

 僕は、ロンの友人を全部把握しているわけでもないから。ロンは僕と違って人見知りをせずに、すぐに心を開いてくれるから、誰とでもすぐに仲良くなるから、僕の知らない友人なんかたくさんいるだろう。

 だけど、ニコラスに、僕はロンの写真を見せたこともあるのに。
 その時に名前も教えたはずなのに……。
 その時にはこんな反応ではなかった。
 ロンと知り合いだって隠していたの?
 でも、何のために?


「知り合いって……何を言ってるんだ、ハリー。こいつはドラコ・マルフォイじゃないか! なんでお前がここにいるんだよっ!」

 ロンはニコラスの襟元を掴んでニコラスに怒鳴り付けた。


 ドラコ・マルフォイ………?



 さっきも、ロンにその名前を聞いたはずだ。すぐに忘れてしまったけれど。

 ニコラスはロンに揺さぶられながら………さっきの笑顔を消して、表情を失った表情を……その顔からは何も読み取ることができない顔をしていた。ただ、それでもその顔からは血の気が引いて、真っ白な彼の肌は青白くなっていた。

 ロンが僕の好きな人を乱暴に扱っているのに、それを止めることすらできないほど、僕は混乱していた。


 ドラコ………?
 さっきロンに聞いたのは、学生の頃に僕が大嫌いだった奴の名前として……。
 あいつは、闇だったんだ。
 僕の敵なんだ。

 情状酌量で生き延びたときいたけれど……。僕はそんなことすら忘れていたんだ。



「……ニコラス?」


 だって、そいつは、僕が大嫌いな奴なんだ。


 ニコラスは、僕に軽く視線を送ると、いつものように口の端だけを持ち上げるシニカルな笑顔を……でも、いつもの彼の表情ではない。
 もっと冷たい。

 とても冷えている、




「ニコラス?」

「僕は、ドラコ……マルフォイだ」




 ドラコ……。



 僕は声には出さずに、その名前を唇だけで刻んだ。
 不思議とその名前は僕の口によく馴染んだ。


 ドラコ?

 でもそれは、学生の時に僕が大嫌いだった奴の名前でしょう?
 そいつは、嫌味で、陰険で、狡猾で……敵なんだ。僕の両親を殺した奴に与して……だから、敵なんだ。


 ドラコ?



 誰が、嘘をついているの?

 君は僕の大好きな人なんだ。





 君は、誰?


「マルフォイ、お前、ハリーに取り入って何を企んでいるんだ」

「さあな」


 彼は、笑っていた。
 とても冷たい顔で。
 笑っているのに、どうしたらこんな風に冷えた顔ができるのだろうか。


 あいつも、確かこんな風に僕に笑っていた。人を不快にさせる笑顔。僕はそれが大嫌いだった。


 さっきから、頭が痛んだけれど、でも今は……。





「お前、まさかマルフォイが潰されたのはハリーのせいだとか思い込んで、ハリーを陥れる算段でもしていたんじゃないのか? ハリーはお前のライバルだったし、それ以上にお前は僕達魔法界全体の敵なんだから」


 ロン、何を言ってるんだ。

 敵?
 彼が?
 彼は僕の好きな人なんだよ。
 僕の一番大切な人なんだよ。



「ウィーズリーのくせに勘がいいな」




「ドラコ……」



 僕は、彼の名を読んでみる。

 とても素敵な響きだね。
 君は本当はドラコなんだ?

 僕の敵?

 覚えている。
 僕はあの時の憎しみを覚えている。


 君は?

 だって君はニコラスなんだろう? 君がそういったじゃないか。

 知っている、ドラコ・マルフォイ。敵、大嫌い、嫌悪、憎悪。

 あいつの顔を思い出せない。

 君は僕の好きな人なんだよ。

 君の事ならなんだって受け入れる。どんな君でも好きなんだよ。

 ロンが嘘をつくはずがない。
 ロンはばか正直なんだ。

 それに、親友の僕には常に誠実でいてくれる。
 だから、親友なんだ。



 君が、どうしようもないくらい好きなんだよ。

















 君は、誰?




















070802