32(D) 限界だと思った。 ハリーとこれ以上一緒にいたらいけないと思った。 離れようと決意したのは本当なんだ。ずっと、考えていた。 だって一緒にいられるわけがない。 僕は、罪人なんだ。釣り合うはずがない。初めから一生ハリーといられるなんて考えてもいなかった。ハリーが僕のことを飽きるまで、僕はハリーの隣にいることを許されているだけにすぎない。 あの時……昨日、何で僕はハリーの元を去らなかったのだろう。千載一遇のチャンスだったんだ。ハリーが僕の前で無防備に寝ていたんだ。あの時であれば、僕にだってハリーに魔法をかけることができたに違いない。 僕だって純血の魔法族……最後のマルフォイなんだから、魔力はそれなりに強い。勿論、ハリーにはとても及ばないけれど、それでもあの時ならば、ハリーの僕に関する記憶を消して、そのまま姿を消すことだってできたはずだ。 そうでなくても、僕への想いだけ消すことだってできたはずだ。 軟弱な僕。 情けない僕。 嫌われたくないんだ。離れたくないんだ。 本当に情けない。 気が弱くてなにもできない。 だから、僕は今生きているのだけれど。 僕が何もできなかったから、僕はマルフォイとして死ぬことがなくなったんだ。 生き延びたことですら、僕は屈辱よりも喜びを感じた。家族と一緒にマルフォイとして逝くことが、本当は一番父が理想としていた僕の姿なのだろう。 だけど、死ななくて良くなったことやアズカバンに送られなかったことで、恐怖から解放され、喜びを感じたんだ。 そしてハリーに会った。 僕は幸せを手に入れた。 きっとこんな僕を両親はどう思うのか、想像するまでもない。 本当に、そろそろこの家を出よう。 僕なんかがハリーと一緒にいたらいけない。 魔法省に申請して……手続きは面倒だけれど。そのためにまたあの魔法省の役人と会わなければならない。できれば、ラウス家には行きたくない。あの高慢な他人を見下すことで自らのプライドを保持している純血主義の社会にはもう戻りたくない。飽き飽きしたんだ。 申請して、許可が降りるまで……。薬は公にしているわけではないから。調合次第では劇薬になる薬品も取り扱っているが、それ一つ一つではデリケートなものだが、危険なものは保持していないから、捨てていこう。薔薇の世話を魔法省から宛がわれて、薔薇を育てるのに必要な薬品だと言ってある。 ハリーのそばに居たいんだ。 ここには居られない。 ハリーに、会ったら駄目だ。 ハリーのそばにいたい。 育てている青い薔薇が元気がない。 昨日の夜、中途半端なままにしてしまったので、ハリーが出掛けてからすぐに僕は公園に向かった。一度自分の家に寄ろうかとも思ったが、夕方頃にハリーが帰ってくると言うから、その前までに夕飯の用意をしないと。 この薔薇を育てられる技術を持つ人間は魔法界でもほとんどいないし。マグルには咲かないと聞く。 きっと僕がいなくなったらすぐに枯れてしまうだろう。せっかくここまで大輪の花が咲くようになったのに。 でも、限界なんだ。 僕が限界なんだ。 薔薇を、一輪手折る。 ここまで、育ったけど。 薔薇を摘む。 この間まではきれいに咲いていたのに。 僕なんかが一緒にいていいはずがない。 ハリーを抱き締めて、泣いてしまいそうだ。僕の名前を呼んでって。 僕はニコラスなんかじゃない。 僕の名前を呼んで、僕を抱き締めて。 きっとハリーなら僕を受け入れてくれるだろう。 きっと僕がどこの誰でもハリーは僕を受け入れてくれる、そう信じている。そう、言ってくれたし。 あの時は、魔法省の役人が何時ものように訪問に来て……あの役人は今のラウスの前任の狸のような年輩の前任の若い奴だった。 詳しいことは知らないけれど、家族の誰かをあの方に殺されたらしい。だから、僕に敵意を向けていたのを感じていた。それは仕方ないことだと思っていたけれど、それでも訪問される度に気が滅入っていたから。 『ハリー、もし僕が僕じゃなかったらどうする?』 役人が帰って、ハリーが帰ってきてからもなんとなく笑顔になれずに、ハリーにそんな質問をした。 『何、その仮説は。ドラコがドラコじゃなかったらって?』 『もし僕がホグワーツでなくて、他の学校で、マルフォイでもなくて……ハリーと一度も出会ったこともなくて、それでもこうなっていたと思うか?』 魔法省の役人が来ると、僕が罪人だという事実を目の前に突きつけられて、ハリーと一緒にいる自分が、身分違いだなんて、初めからわかっていたんだし。 それでもこんな時はハリーに安心させて欲しかった。ハリーに僕が隣にいてもいいって言って欲しかった。 『あたりまえじゃん。ていうかさ、ドラコがもしマルフォイじゃなかったり、ホグワーツにいた頃に仲が悪くなかったりした方が僕達の間に障害はなかったと思うよ』 そう、言われて、少し納得したけど、でもまだ足りなかったから。もっと安心したかったんだ。もっとハリーの言葉で、ハリーの口から僕を認めてくれる単語が欲しかった。 『例えば僕がこれからアズカバンに送られることになっている逃走中の罪人だったとしても?』 『だったら、一緒に逃げるよ。僕が一緒にいたら頼もしいでしょ』 『僕は真剣に聞いているんだ!』 こんなふざけた会話にハリーが付き合ってくれているだけでも、あとで考えればハリーが優しかったんだと思うのだけれど、でもその時は不安で。 僕が、そう言ったらハリーは、へらへらとした笑みを消して、しばらく僕を見ていたけど。 ふと、すごく優しい顔で、僕の頬に手を添えて……。 『……でも、やっぱり一緒に逃げるかな。ドラコと一緒に居られないなら……君以外の全部捨てても僕はドラコと一緒にいるよ。ドラコがドラコなら、なんだっていいよ』 それが嬉しくて。 『だからドラコも僕がいきなり空を飛べなくなったりしても、僕を離しちゃ駄目だよ』 嬉しくて。 一緒いていいんだって。 それが、ずっとじゃなくても。 ハリーが僕に飽きるまでは、そばにおいてくれるんだ。 嬉しくて、だから僕は気持ちを込めたキスを送った。 僕の事を忘れてしまっても、ハリーはハリーなんだ。僕の大好きな笑顔で、大好きな声で、大好きな手で。ハリーはハリーのままだ。何も変わってない。 ハリーは僕を好きだと言ってくれた。僕だってハリーが好きなんだよ。お前が一番好きなんだ、僕にはハリーしかいないんだ。 もう、終わりにしよう。 明日、ハリーに伝えよう。 僕はハリーを幸せにできない。 本当は、ハリーの記憶を消すことができればいいと思う。ハリーが悲しくならないように。きっと今でも僕がいなくなったらハリーは悲しくなってくれると思うから。 少しでもハリーに辛い想いはさせたくないんだ。 あの時を逃したから、だったら今のうちに……。 これ以上、ハリーとの思い出が増えないうちに。 今日か、明日。 ハリーに伝えよう。 070725 → |