「好きな人ができたんだよね……」 思いきって言うと、ロンは溜め息をついた。その一息の中にはまたか、って意味合いが多分に含まれていることはよくわかってるよ。今度こそ本気で好きなんだ、そう言ったら言うほど真実味がなくなってしまう。何度目かのセリフだから。 それにこれから話すことはきっともっと大きな溜め息を吐き出すこと請け合いだ。 ここは僕の住む町から程近いもう少し大きな町。 僕の住む町はとても郊外だけれど、少し出れば栄えている町もある。待ち合わせということにしたから、僕の町では何も出来ないから、ここの町でロンと待ち合わせをして、食事をしている。ようやく食事も終わり、デザートも食べ終え、紅茶が運ばれてきた所だ。 このまま夕方には僕の家に招待して、のんびり夕飯を食べながらお酒を飲みながら……。 きっと、楽しいと思うんだ。僕は、今から胸が高鳴る。 「また美人?」 ロンが白けた視線を僕にくれた。 親友達に言わせると、どうにも僕は面食いらしい。僕自身もそれなりの自覚はあるけれど……改めて言われると、それほどのことかと思う。 「いや、ロンだって見たら絶対驚くと思うよ」 「そんなに美人なんだ」 「うん……僕が今まで見た中では一番」 僕の中では美人なんて言葉では語り尽くせないよ。本当に綺麗なんだ。僕は彼の笑顔を思い出す。 今朝僕を送り出してくれた時は、柔らかい笑顔をくれた。今日はロンを連れて帰るから何か作っておいてくれるだろう。 「今日、会わせるよ」 「なんだ、わざわざその人を呼んだの?」 「違うよ、一緒に暮らしてるんだ」 「何だ、もう付き合ってるんだ」 「まだだよ」 好きだって言ったけど、返事は貰ってない。返事どころか、僕以外の誰かを好きかもしれないし……。 僕は本当に彼の事を何も知らない。 「あのさ、ハリー……」 ロンはしばらく僕を見た後に机に向かって盛大に息を吹き掛けていた。ああ、言いたいことはわかってるよ。ロンと違って、確かに僕はふらふらとしております。 「最近の若い者はこれだから」 そんな親父臭い愚痴を言えるようになったのか、さすがはお父さんだ。 「何処の誰なの?」 「さあ……」 「さあって」 だって、どういって良いのかわからないんだ。なんて言おう。 「記憶喪失なんだ、僕」 「はあ?」 ロンが僕の会話について来れずにさっきからこの相槌ばかりを聞いている気がする。 まあ、同じ話をロンにされたら僕は相手の正気を疑ってしまうかもしれないが。でも僕は至って真剣だ。 「友達だったみたいなんだ」 「ハリー、あのさ……」 「この間、僕が暴れ玉にぶつかって退場になった試合あるでしょ?」 僕はロンの言葉を遮ってしまう、聞いて欲しいことばかりなんだ。聞いて欲しいことばかりで、それでも何から話していいのかすらわからない。 ロンはもともとクィディッチの大ファンだったし、僕が選手になってからはニコラスと同じくらいに試合に詳しいし、僕の様子をチェックしていてくれている。この間の僕が無様な試合の後もすぐに僕に大丈夫だったかと手紙をくれた。あのあとの僕はニコラスの事とかで、すぐに手紙を送る事ができず、最近になってからようやく近況を書いた手紙を送った。それでこうやって会おうと言うことになったのだけど。 「あの時から、一人だけの記憶がなくなってさ」 「……大丈夫なのかい? 頭を打ったならちゃんと病院に行かないと」 「ちゃんと精密検査してもらったよ。なんでもないってさ。ちょっと混乱しているだけだってさ」 「……ならいいけど」 僕だって、僕が僕だけのものでなくてプロとしてチームの戦力であることは自覚しているのだから、少しの事でも病院にはすぐに行くようにしている。病院の雰囲気はあまり好きじゃないけれど。 「あのあと、帰ったら僕のの家に知らない人がいてさ……そのまま一緒に暮らしてるんだ。僕はその人のこと知らないけど、あっちは僕の友達だって言ってたし」 「……あのさ、ハリー」 ロンが頼んでいた紅茶を危うく吹き出しそうになっていた。慌てて口元を拭っているから、少し、吹いたのだろう。 「大丈夫なの、その人」 「何が?」 「ハリーの記憶がないとかじゃなくて、ハリーのファンで押し掛けて来たとか……。ハリーが引っ越してからなくなったみたいだけど、よく熱狂的なファンの女の子が家まで押し掛けてきたりしてたみたいじゃん」 「ああ……あったね、そんなことも」 あまり思い出したくないけど、選手になりたての頃は女の子に言い寄られる事が多かった。家まで押し掛け来られたことも何度かあった。僕もそれなりに好意は嬉しくて色んな人とそれなりのお付き合いをしました。 でも、彼は違うんだよ。ニコラスは僕のファンで、そこまではあってるんだけど、僕の想いを受け入れてくれないんだ。 「本当にそうだったら嬉しいなあ」 本当にそうだったら、僕の気持ちも受け入れてくれるはずなんだ、きっと。だって、僕を拒絶する理由なんてないじゃないか。 僕がだいぶ締りのない顔つきをしていたのだろう。ロンが盛大に溜息をついたからわかった。まあ、だけど別にいいよね。ずっと誰かに話したかったんだ、僕の好きな人。 「もう、付き合って早く結婚しちゃいな。子供でもできればハリーも落ち着くんじゃないか?」 「ひどいなあ。僕だって早く付き合いたいし、結婚できるなら結婚したいよ」 学生の頃からずっと好きだった人と結婚したロンには僕の女性遍歴などは浮わついているようにも思うだろうけど、僕だってそれなりにお付き合いをする時は真剣な気持ちだったつもりだ。確かにニコラスに会ってからは、他の可愛い人に目を奪われたりはしなくなったから……ロンの言っていることは間違いではないかもしれない。まあ、ニコラス以上綺麗な人なんていないだろうけどね。どうやら僕は面食いらしいし。 「話を戻すけどね、なんか他にも記憶が無いんだよね……帰ってからその人に会ってたんだと思うんだけど……、帰ってからの記憶とかさ。なんかその人に関する記憶が全部ないんだ。僕が忘れてしまった時間があって、そこにニコラスがいるって、それはわかるんだけどさ」 「忘れてるんだろ? 本当にその人と一緒にいたってなんでわかるんだよ」 「そっちの方が嬉しいから」 そう思いたい、っていうのもあるけれど、その無くしてしまった僕の記憶をどう説明すればいいのか、僕にはわからないけど、でもそこに彼がいることだけは確実なんだ。 「じゃあ、やっぱり押し掛け女房ってわけじゃないんだ」 「うん……僕が記憶喪失なのは確実。まあニコラスには掃除してもらったりご飯作ってもらったり、奥さんみたいなことさせちゃってるけど」 彼は、部屋を提供してもらっているから、そう言っていたし、料理は好きだと言っていたし……なにかをした方が気兼ねしないと言っていたから。 「あのさ、ハリー、ニコラスって……その、変な名前だね」 「そうかな」 「あんまり女性でその名前は聞かないから……」 「ニコラスは男だよ?」 ロンは何度か吹き出しそうになっていた紅茶を、今度こそ本気で吹き出した。 070722 → |