26(H) あれから僕達の間にあまり変化はなかった。 ただ、少しだけ、今までのように笑えるようになった。 君がそばにいてくれるなら、なんでもいい。 君が僕に笑いかけてくれるならそれだけでいい。 近くにいてくれるだけで……。 そう、心から思えたわけではない。もちろんそう思っていないわけでもないのだけれど……本当に彼の笑顔を見ているだけで、僕は嬉しくなれるのも事実なのだから。 それでも……。 あの時に抱いた彼の身体は開かれていた。冷静になればなるほど、そう思えて来た。 どこに触れても彼は感じて、嬌声を上げていた。後ろに入れただけで゙は達した。抵抗はなかった。あんなに……ほとんど暴力的な行為だったのに……。 抵抗されると思った。あんな風に……男同士だとか、そういう事じゃなくても、もし思いが通じ合っていたとしてもあんな一方的な行為は受け入れられるはずなんてないんだ。 それなのに……。 彼は、感じていたんだ。 初めてじゃない。 それが、わかった。 誰に、抱かれたんだ? この町にいるの? だから、僕の家にいる? あの時……彼の首に付いた赤い痕。 女性だと思っていた。 だけど……。 あんな風に抱かれて、それで………。 君がここにいるのは、その誰かのためなの? それは、僕じゃない男なんだね。彼の口からその真実を聞いたわけではないけれど、僕の中ではすでにそれは核心の粋に達していた。 せめて、女性ならば……僕には諦めがついた。僕だってニコラスでなければ男を抱こうだなんて、そんな事を考えた事すらない。いまでも考えるだけでも嫌悪感はある。ニコラスだけ。彼だけは、違った。今までに抱いたどんな女性よりも、僕は堅く立ち上がった。この先彼とじゃないともう出来ないんじゃないだろうかと思うほど 僕は、内蔵がぐちゃぐちゃに掻き回されるような気分がした。彼が笑えば嬉しいけれど……それと同じ笑顔を僕以外にも向けていると思うと、どうしようもなく、壊してしまいたい気分になる。僕のものにならないなら……。 それでも、僕は彼に笑顔でいて欲しいと思っているんだ。 なんていう矛盾。 自分でもおかしいことなんてわかっている。 彼が何を思って僕に抱かれたのか、彼は本当は誰を思っているのか、なんでここにいるのか、僕をどう思っているのか。 彼と居る時には、僕の心は危ない綱渡りをしているようだった。ギリギリで不安定。触れるだけで壊れそうなんだよ。 僕はそれを、隠した。 押し込めて、笑顔を作った。 どんどん好きになる。止まらない。止める気も起こらない。もっと好きになっている。初めて会った時から、僕は本当に君のことが好きなんだ。 きっと僕なら……僕が一番君を幸せにできるのに。 でも、君には笑っていて欲しいんだ。 僕が想いを隠すことで、君が笑ってくれるのなら、僕はせめて、このままでいい。 休暇を取った。 昼間、君が何をしているのか。いつも家にいるって……そんな嘘を僕について、どうするつもりなんだろう。何をしているのかは、知らない。でも嘘をついていることぐらいはわかっている。 僕が家にいたら、君はどうするんだろう。 ただ一緒にいたいっていうのもあったんだけど。本当は、ただ一緒にいたいだけで……君のことが知りたいんだよ、何もかも。 いつも僕がいないあいだに君はどこで何をしているの? 束縛する権利なんか僕にはないんだ。君のことを知りたい。 だから……。 「今日から三日間連休なんだ」 僕はわざと晴れ晴れとした顔つきで彼に言った。もし本当に君が嘘をついているわけでなく、ただ家にいるのであれば、僕がいたって構わないだろう? 僕は君を監視する必要だってないんだ。ただ僕が自分の家に居るだけ。 「そう」 今、困ったような顔をしなかった? ねえ、僕といると何か困るの? 彼の顔はすぐに輝くような笑顔に戻っていたけれど、それでも僕はその一瞬を見た気がした。僕の思い込みであればそれがいいのだけれど。 「せっかくだったら、どこか行かない?」 君は僕とだけ一緒にいればいいんだ。誰にも会わせたくない。 そんな、醜い独占欲を見せたくはなかった。だけど、どうしても僕は、彼の気持ちを手に入れたかった。とても不思議な感じだ。不思議だけれどとても僕には純粋な欲望だった。 こうやって束縛して、もし本当に彼が想う人がこの町に居て、それで彼が僕の家にいるのだと、それがわかって何になるんだろう。 僕にはどうすることもできないのに。そんな権利は僕にはない。 好きだと伝えたけれど、その想いを受け取ってもらえてすらいない。 もし僕が考えた事が本当ならば……僕はそんなことを知りたくない。 それでも、彼の事を知りたいんだ。 本当の君が知りたいんだ。 ねえ、君は誰なの? 本当の君は、一体誰なの? 「じゃあ、散歩にでも」 わざと、言っているのだろうか? 「……そうじゃなくて、旅行とかさ」 「出歩くのはあまり好きじゃないんだ。すまない」 それが、本当なのかはわからない。本当はここにいたいだけなんじゃないの? そうならそう言ってくれれば良いのに。 「そっか……」 「三日間はずっと家にいられるのか?」 彼の声は弾んでいたけれど……それが僕には演技なのか本心からなのかわからなかった。 僕が考えた事は全部間違いで、本当は僕と一緒にいることを喜んでくれているなら、どんなにいいかわからない。本当にそれを望んでいるのだけれど、僕の中に巣食った疑心暗鬼は、そう簡単に去ってくれそうもない。 友人として、僕を嫌っていないことはわかった。友人であれば、僕は隣にいてもいいんだ。 あんなことをして……それでも僕の家にいてくれるということだけでも、本当はとても嬉しいんだよ。 だからそれが逆に……期待してしまう。 僕だっていいんじゃないか? 僕のこと好きになってくれるんじゃないかって。 あんなことをして……友人だって許されることじゃないと思う。 僕だって親友にそんなことされたら………考えることすら出来ないけれど、もしそんなことになったら、しばらくの間は顔も見れないと思うけれど、それでも彼は僕のそばでこうやって笑っていてくれている。 嫌って、欲しかった。 もう、僕が立ち直れないくらい、綺麗に僕のことを嫌って欲しかった。二度と触るなと言って出て行ってくれれれば、僕は今こんなふうに期待しないで済んでいた。 ただ……彼に嫌われて、彼が僕の家から出て行ったら……僕はもう何も出来なくなってしまいそうだ。考えただけでも呼吸すら、出来なくなってしまいそうだ。心臓だってきっと動きたくなくなる。 僕は、我侭なんだ。 ただ、僕は彼に好きになってもらいたいだけなんだ。 ねえ、君は誰なの? 君が誰でもいい。僕のそばにいてくれればそれでいい。 君は誰が好きなの? 僕を好きになってよ。 「三日目は友人と合う予定だけど……」 久しぶりにロンに会う。 手紙に、好きな人が出来たと報告してある。 ロンも、今年1歳になる子供のことばかり報告してきて、とても幸せそうだった。 「ねえ……友達、連れてきてもいいかな?」 僕はそう言えばこの家につれてきたことがあるのは、彼だけだ。 つれてきたというよりも気が付いたら僕の家に居るという感じだが……。 この家を買ってから、まだ僕は親友を招待していない。真っ先にロンやハーマイオニーを呼ぼうと思っていたのだけれど……。僕があまり土日に休みじゃなかったり、二人とも子供が出来てからは毎日が忙しくなってしまったといって、あまり時間が取れなかったせいもあるけれど……。 ハーマイオニーはさすがに来れないけれど、ロンは遊びに来てくれるだろう、きっと。僕の新しい家を楽しみにしていると、手紙にも書いてあったから。昼はどこかでランチを取って、夕方家に連れてこようと思う。あまり長い時間お父さんを束縛してしまうと、お母さんはうるさいかもしれないけれど……。 ロンを招待したいと、思っているんだけれど……。 「ここは、お前の家だろう? 僕が良いとか悪いとか言う権利はないからな」 「ああ、うん。良かった。そうだよね。僕の家だ」 それなりに、彼は気を使っているところもあるようで、彼はやたらとモノを買い込んでいた。クッションなど、大きなものをよく買ったといって見せてくれた。全部部屋においてあるのだろう。あの部屋はあまり大きくないのに……。よく大きなものを買っていたけれど、それでも彼は居間にはあまり物を増やそうとしなかった。僕が広い家を好きだと言ったせいだろうか。僕が彼にプレゼントとして買ってきたもの以外は、僕達が顔を合わせるリビングには何かを置こうとはしていなかった。どうやら、気を使っているみたいだ。 君の趣味なら、別に何があってもかまわないよ。あまり君のことは知らないけれど、買ってきた食器とかは、本当に繊細なデザインで、趣味がいい。 君がここで暮らしているという証拠はいくつあってもかまわないよ。 そう、言ってあげたかったけれど。 「もし僕が邪魔であるというのならば一日ぐらいは別にどうとでもなるが……」 ……その間、どこにいるの? 「いや、大丈夫だよ。いい奴だから、君にも紹介したいんだ。美味しいワインを買ってくるからさ、三人で飲もうよ」 僕は、聞くことが出来なかった。 「邪魔なら、僕は部屋にこもっているけど……それならば、美味しいご馳走を用意して待っているよ」 070711 → |