25 (H) 僕はソファの上で彼を犯した。 その後、彼はぼんやりと天井を見ていた。 目が見えていないのではないだろうかと思うほどに、彼は反応をしてくれなかった。泣いたり、怒ったり、そんなことはなかった。 こんな事をしたんだ、嫌われてしまうと、そう思った。 嫌われてしまったら、終わりだ。僕の気持ちは跳ね返される。 こんな事をしたのに……。 僕が悪いのに……。 「ごめん………」 ニコラスは、何も言わなかった。 ただ、ぼんやりとどこかに視線を送っていた。天井を見ているようで、でも焦点はあっていなかったと思う。 切なくて。 「好きなんだ、君が」 嫌われたくない。 そう、思った。 こんな事をしておいて、なんて調子の良い事を、とも思った。 受け入れてくれなくてもいいと、ただここに居てくれればいいと……本気でそう思っていたんだ。 とんでもない事をした。僕が我慢さえしていれば、それだけで君はここにいてくれたのかもしれないのに。 苦しい。 苦しくて、涙が止まらない。 彼の細い身体を抱き締めて、僕はどうにかして彼をこの場につなぎ止めたい。どこにもいかないように、誰も触る事ができないように、彼を閉じ込める事ができたらどんなに幸せだろうかと。 「ごめん……」 情けない。 かっこ悪い。 無理にやることだけやったら正気付くだなんて。 呆れた? 呆れてくれるならいい。嫌いにならないでくれればいい。 「好きなんだ」 どこにも行かないで。 「君が好きなんだ」 ここにいて。 もう、どうしようもないくらいに、 「君が好きなんだよ」 しばらくそうやって彼の耳元で囁きに想いを乗せた。 「ハリー、重たい」 しばらくしてようやく聞けた声はいつも通りのものだった。 「……ニコラス?」 「シャワーを浴びてくる。身体中がベトベトだ」 いつもの喋り方。 泣いている僕とは逆に、乾いた声をしていた。僕が寄せていた頬は僕の涙で濡れて髪が張り付いていたけれど。 彼があまりに気安い口調で喋るから。 僕は、彼の上から身体を退けた。 ソファの下に散った服を拾い上げると、彼はシャツを肩にかける。 白い肌に、僕がつけた痕が花びらのようにいくつも散っていた。 こうやって、彼の肌を直に見るのは初めてだ。 白い肌。 細い肢体。 この身体が僕を受け入れてくれた。 そう思っただけでまた……。 「……ハリー」 「あ、何?」 正直な身体を僕は恥じて、慌てて自分の服を拾い上げて膝の上に乗せた。 ただ、その時一瞬だけ、彼の本当の表情を見たと思った。すぐに、いつもの柔らかな笑顔に戻ったけれど。 いつも彼は、日だまりのように柔らかい笑顔か、少し皮肉的に唇の端を持ち上げるような笑い方をしていて、それでも僕といる時にはほとんどずっと笑っていてくれた。すぐにいつもの彼に戻ったのだけれど。 一瞬だけ。 苦しそうに、僕を見た。それは……彼には似つかわしくない、本当に苦しそうな、今にも泣き出してしまいそうな表情だった。 君の苦しみは全部僕が拭ってあげる。 でも……もし彼にその苦痛を与えているのが僕だったら……。 「いや、何でもない。先にシャワーを使わせてもらう」 もし、彼が手に入らないのであれば、僕のものにならないのであれば……僕で困ってくれるだけでも、どんな感情でも、それが例え憎悪であっても………。 君に嫌われたら生きて行けないよ。 僕は布団の中で久しぶりに学生の頃を思い出した。 彼はすぐに出て来て、その身体からはシャンプーの甘い香りがしていた。あまり言葉を交わさずに彼は部屋に行き、僕も汗を洗い流した。 僕が倒した闇とはまた違った嫌悪を表していたはずだ、スリザリンの……名前は……。 とにかく、嫌いだった。あんなに嫌いな奴はいないと思った。僕が嫌悪を出すと、あっちもそれ以上の敵意を示して来た。 なんで、こんな事を思い出すのだろう。今でも嫌いだ、あんな奴。あまり、よく覚えていないのに……顔すら思い出せないのに。でも、言われた言葉とか、やられた嫌がらせとかは逐一覚えているけど。思い出すだけでも腹が立つ。 さっき、ニコラスの気持ちが手に入らないなら……そう思ったからだろうか。あんなに嫌われたのは多分人生においてきっともうないだろう。そのくらいの嫌悪はぶつけられていた。あいつは、それなりの執着を僕に見せていたと思う。 思い出せない、顔も名前も。まあ、そんなに覚えていたいものでもないけれど。いつも奴が連れていた二人のデカブツの顔は朧気にでも思い出せるのに……ニコラスの記憶がなくなった時に、一緒に吹き飛んだのだろうか。まあ、思い出したいわけでもない。 ニコラス………。 まだ、僕の事を嫌いにならないでくれている? もし、僕のものにならないなら………。 ああ、僕はでも、やっぱり、彼に嫌われたら生きて行けない。 070710 → |