20(D)















 窓を打つ雨音は次第に強さを増して来ていた。
 今日は朝から雨で、夜になっても止む気配もない。窓に雨粒が叩きつけられた音が室内に響く。明かりを消した室内では、その音が眠りの妨げになる。

 僕は、布団を頭から被った。



 薔薇が、不安だ。
 どうせ僕がいなくなれば枯れてしまうのだけれど。



 夕食の後は、会話が出来なかった。
 その空気の重さに僕達はすぐに自分の部屋に戻った。話したくないわけじゃない。ハリーと笑いたいし、ハリーだってきっと……こんな関係を続けたいだなんて思っていないことぐらいはわかる。
 でも、僕はハリーに上手く笑うことが出来ない。どうしても……好きだって言ってしまいそうなんだ。ハリーが、僕を好きでいてくれて、本当に嬉しいのに……その気持ちに答えてしまいそうになるんだよ。






 ハリーは今日はもう寝てしまったようだ。ハリーは部屋に戻るとすぐに眠ってしまうようだから。
 あまり寝付きの良くない僕と違って、ハリーは寝るとなるとすぐで、布団に入っていつもほどなく寝息を立て始める。

 どうしよう。

 薔薇の様子を見に行きたい。
 雨が溢れると……あのあたりの土壌は土の性質からもあまり水捌けが良くないし……。
 この季節でなければ、雨でもそれほどには負けないが、それでも時期が時期だし。枯らせてしまいたくない。




 布団に入ってしばらく経つが……やはり気になる。


 ハリーは眠ったようだ。さっきまで聞こえてきていた物音が止んだから。ハリーは布団に入るとすぐに眠ってしまうんだ。


 気になってしまい……。





 僕は、家を抜け出した。










 案の定、温室の土はほとんどぬかるみで、その水分を取り除いたり、昨日出来なかったことや……。




 作業が終わる頃には、雨は静まっていた。




























「どこに行ってたの?」


 そっと、玄関を開くと、そこにはパジャマのままハリーが立っていた。


 だいぶ遅い時間だったのに、まさか僕はハリーが起きているだなんて思わなくて、驚いて立ち尽くした。
 明かりは点けられていなかったし。



 暗い室内では、ハリーがどんな顔をしているのかはわからなかったけれど……。

 わかっていた。
 きっと笑っている。

 背筋が凍り付きそうだと思った。





 怖い。


 ひどく、怒っているのがわかった。
 手が震えてしまいそうだ。


「こんな雨の中、どこに何の用だったの?」

「ああ、庭の鉢植えが倒れていないか心配になって見て来たんだ」


 心配してくれたんだろう。

「心配してくれたのか?」

 彼の怒りは怖くて……。


 そして、嬉しい。



 全身が恐怖と歓喜で支配されそうになる。


 ハリーの視線が僕を捕らえているのが、それが嬉しい。


「女性ではないのだし、このあたりは治安も良いんだ。心配なんかは要らない」

 無理矢理に作った笑顔はうまくできていたかはわからない。


 駄目だ、ハリー。
 僕にそんなに強い感情を向けないでくれ。


 しばらく、ハリーは僕を見つめていた。僕は俯いていたけれど、ハリーが僕を見ている事は、その重さからわかった。

「とりあえずシャワーを浴びたいんだ」

 それほどには濡れなかったけれど……だいぶ身体を冷やしてしまったから。暖まりたいのと、ここにいたくないのと。
 軽くハリーの肩を押して、僕は廊下の奥に進もうとした。


「僕の質問に答えてくれてないよね」

 ハリーが僕の目の前に腕を突き出し、壁に手を付いた。それは乱暴な動作で、ハリーの手が壁を打った時に強い音が響いた。
 僕の進路がふさがれた。


「………ハリー」
「ねえ、どこに行ってたの?」



 どうしよう。


 どうすれば良いんだ。


 ハリーは、何でそんな風に怒っているんだ?
 僕の事を心配してくれた。

 それが嬉しいけれど。


 なんでこんなに……。



 ハリーの腕が、僕の身体に巻き付いて来た。


 暖かくて、大好きな腕。
 ハリーに抱き締められてハリーの腕の中にいた。僕はこの場所が大好きなんだよ。

 嬉しくて、涙が滲む。


 このままでいてほしくて。もっと……


「好きだって、言ったよね……」

 好きだと伝えてくれた。


「……ああ、聞いた」
「冗談だと思った?」


 冗談だと思うはずがない。だってハリーは僕が誰だか知っていても好きになってくれたんだ。


「いや」

 冗談なんかで男に手を出さないだろう?
 ハリー、僕もお前が好きなんだよ。


 言ってしまいそうだ。

 どうしようもない想い。溢れる。

「ごめん……」

「……ハリー?」

「泣かせるつもりじゃなかった」


 ああ、僕は泣いてしまったのか。

 鼻の奥がツンとした。

 泣くつもりなんかはなかったんだ。

 涙が止まらない。
 泣いたりしたらハリーが困ってしまうじゃないか。

 そう思うけど、僕で困ってくれるなら嬉しいと思う気持ちもあった。

「ハリー……」


 僕は君が好きなんだ。

 回された腕に力が入ったことが伝わってきた。

 ハリーだって僕が好きなんだ。
 僕が、ハリーに好きだと伝えて、それだけで僕達はまた幸せになれるんだよ。すぐに僕は幸せを手に入れる事ができる。簡単なことだ。言いたいんだし、ハリーは受け入れてくれる。すぐにこんな苦痛から開放されるんだ。


 それでも。



 ハリー、僕はマルフォイなんだよ。











 ハリーはそれからすぐに僕を放し、僕をバスルームに押し込んだ。

 出て来ると、彼は僕にココアを入れてくれた。


 ハリーが、僕に優しくしてくれようとしていた。
 それでも、何を言って良いのか解らないようで、口を開きかけては、僕から視線を外していた。



 僕はハリーに笑顔を返す事すらできなかった。


















070707
↑ゾロメ
眠いので、あんまり修正かけられませんでした。